第101話 枢機卿の動揺
「ローキンス達が消えただと?」
カーライル=セインハルの声は明らかに動揺していた。ローキンスはエアルドの販路拡大のためにガルヴェイトで活動しており、自分が教皇の地位に就くために必要な資金を運ぶ存在だからである。
「はい。ガルヴェイトの官憲に捕縛された可能性があり調べてみたのですが、大司教達の行方は一切不明です」
「ガルヴェイトに捕縛されたのではないのか?」
「可能性は高いです。ですがガルヴェイトの官憲達からは一切の情報はございません」
「ローキンスが取引をしていた子爵はどうした?」
カーライルは秘書にそう尋ねるが、秘書の返答の声は固いままである。
「それがカルマイス子爵も一緒に姿を消しています。カルマイス家も慌ただしく子爵を探しているようです」
「……」
「それにお伝えづらいのですが」
「なんだ?」
カーライルの声に明らかに険が含まれる。秘書のもったいぶる言い方に不愉快になったのである。
「実は取引の日に大司教達は娼婦を教会に呼んでいたそうなのです」
「なんだと」
「残念ですが売春宿のオーナーから裏取りをした結果事実のようです。その娼婦達も姿を消しています」
「あの……クズ共が」
カーライルの怒りは決して聖職者が娼婦を金で買うなどあってはならないなどと言うことではない。娼婦を教会に派遣しその娼婦が行方不明になったとなれば教会の恥以外の何ものでもないからである。
増してローキンスはカーライルの派閥の一員と言うことは周知の事実である。いくらカーライルが否定したところで「はいそうですか」となるわけはない。もちろん、表だって言うものは少ないだろうが、同格の枢機卿達が自分を追い落とす手段として使うことを警戒するのは当然のことである。
「クソ……ローキンスは一体」
「現在、調査中ですがエアルドの販路拡大を喜ばない組織がいるのかもしれません」
「ルノシュラーとでもいうのか?だが、ルノシュラーはガルヴェイトでの活動はほとんどなかったはずだ」
カーライルは思い当たる組織のルノシュラーという犯罪組織を口にする。麻薬密売だけでなく人身売買、殺人、強盗などあらゆる犯罪行為を行う組織と言われている。
ガルヴェイトではルノシェラーがかつて活動していたのだが、ジオルグが徹底的に潰し、ガルヴェイトで活動していた幹部達や末端の構成員達はすでにこの世に
「はい。しかし、ルノシュラーは巨大組織です。ガルヴェイトへ勢力を伸ばそうとしている可能性はあります」
秘書の言葉にカーライルはしばし考え込む。
(一理ある。もし官憲による捕縛であれば必ず情報が入るはずだ。それが一切ないと言うことは……ルノシュラーのような犯罪組織に拉致されたか)
ここでカーライルは一つのことに思い至った。
「おい、取引に遣われた教会の争った形跡はあったのか?消えたと言ったな」
カーライルの問いかけに秘書はあっという表情を浮かべた。消えたという報告をしたのにそこに思い至らなかったというのは迂闊というものである。
「いえ、荒らされた形跡は
「一切ない……か」
「は、はい」
「十人以上もの男を捕縛するのにまったく…形跡がない」
カーライルの言葉に秘書も異常さに身震いする。もしローキンス達が拉致されたとして相手は成人男性が十人以上いて何の抵抗も出来なかったと言うことであり、その実力の高さが恐ろしい。かといってローキンス達が単に失踪したというのもあり得ない。これから姿を消そうというのにわざわざ娼婦を呼ぶなどあり得ないのだ。
「枢機卿……ガルヴェイトからは手を引いた方がよろしいのでは……」
「何を莫迦な!!」
その瞬間カーライルは激高する。秘書の提案はガルヴェイトから逃げ出す事であり、勝ち続けてきたカーライルにとって敗北を受け入れるには精神が未熟であるともいえる。増しては誰に負けたかも分かっていない段階で逃げ出すなど、顔も知らない人間に嗤われ、見下されるなどカーライルには耐えがたいのである。
「私はこの世の人間をよりよく導くために教皇にならねばならんのだ!!その私が敗北すればこの世の民達の救済が遅れるのだ!!」
カーライルの激高に秘書は小さくうつむいた。
「ローキンスの行方を探せ!!」
「は、はい」
秘書はほうぼうの体でカーライルの前から慌てて逃げ出した。
「どいつもこいつも愚図ばかりだ。私の足を引っ張ることしかできんのか」
カーライルは苛立ちを隠しきれなかった。しかし、言いようのない不気味さも感じていた。
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