第100話 閑話~娼婦達の処世術~
ザーフィング邸に案内された四人の娼婦達は客室に案内された。ザーフィング邸の客室は豪奢なものではなかったが、落ち着いた雰囲気であったし、平民の家と比べれば雲泥の差である。
「皆様方、湯浴みをなさいますか?」
四人に声をかけたのはアイシャである。
「え?湯浴みって入浴のこと?」
娼婦の一人が驚いた様子でアイシャに尋ねる。
「はい。ジオルグ様が客人として扱うように命令を受けております」
アイシャの返答に四人は互いに顔を見合わせた。
「あ、あのそれではよろしくお願いします」
「はい。それではもう少々お時間をいただきますがよろしいですか?」
「はい」
返答を受けるとアイシャは一礼して客室を出て行った。
アイシャが扉を閉めてしばらくしてから四人は一斉に息を吐き出した。
「一体何なのよ。あの貴族様」
「怖すぎるわよ。あんなに美男子なのに見とれるよりも命の危険感じるなんて」
「それにお付きの二人もそうよ。年上の方は冷たそうで怖いし、年下の方も軽薄そうなのに怖いし」
「みんな落ち着いて誰が聞いてるかわかんないわよ」
一人の言葉に三人は慌てて手で自分の口を塞いだ。注意喚起をしたのは地下牢でジオルグに質問した者であり、名をジョアンナという。年齢は24歳であり、近辺の娼婦達の相談役のような立場の女性である。
「私達は試されていると思った方がいいわ」
ジョアンナの言葉に三人は不安そうな表情を浮かべた。自分達は単なる娼婦であり、貴族が求める事などできるわけはないという思いであるのだ。
「違うわよ。あの貴族様は別に私達に難しいことなんか求めないわ。あの貴族様が私達に求めているのは今日見たことを誰にも話さないという事よ」
ジョアンナの言葉にさきほどまでの恐怖の体験を思い出したのか全員の顔が青くなる。
「あの貴族様の信頼を得られなければ私達はローキンス達のような目に遭うわよ」
「ひ……」
「じょ、冗談じゃないわ。あんな風に殺されるなんて絶対嫌よ」
「私もよ」
ジョアンナの言葉に三人は顔を青くしながらいう。今回ジオルグがローキンス達に行った苛烈な行為はジョアンナ達の目には、何の理由もなく振るわれたようにしか見えなかった。特に部下の四人を殺害した理由が『選別中に油断する間抜けなど必要ない』というものであり、ジョアンナ達にとっては完全に理解不能な基準である。理不尽にも程があると言うものだ。
「ええ、あの貴族様がどういう基準で殺す相手を選んでいるかはわからないわ。だからこそ怖いのよ」
ジョアンナの言葉に三人は頷いた。
「私達が生き残るためにはあの貴族様のいいつけを守る事よ。絶対に取り入ろうとか思っちゃダメよ。籠絡しようとしているなんて判断されたらローキンス達のような目に遭うわよ」
「う、うん。わかったわ」
「リズリアはわかったようだけど、ココとグロリアはわかったの?」
ジョアンナの問いかけにココとグロリアは慌てて頷いた。別に二人はジオルグに取り入ろうなどと思っていたわけではない。ジョアンナの言葉に納得して余計な事はしないでおこうと思っていただけなのだ。
「う、うん。もちろんわかってる」
「私もよ。ジョアンナの言っている事はもっともだと思っていただけよ」
ココとグロリアはそう言ってジョアンナの意見に賛同する。
「あの貴族様は私達が裏切らない限り約束は守るタイプだと思うわ。だから、私達が約束を守り、身を慎んでいる限りは身の安全は保障される。命が惜しかったらウソをつかない事よ。家族とかの面倒見るって言ってたじゃないあれも正直に答えるのよ。多く請求した結果、貴族様の怒りを買ったりしたらシャレにならないわ。少しのお金のために命かけるなんてバカバカしいわよ」
「うん、わかった。死にたくないもの」
「私も」
「もちろん、私もわかったわ」
三人の返答を聞いてジョアンナはホッとしたような表情を浮かべると静かに頷いた。
「とにかくあの貴族様に嘘をつかない。取り入ろうとしない。これを徹底するわよ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「どうやらジオルグ様の狙い通り、彼女たちは身を慎むようです」
アイシャの言葉にジオルグは満足そうに頷いた。
「そうか、彼女たちが賢くて良かったというものだ」
「はい。ジオルグ様の意図を完全に把握していたのはジョアンナという女性です」
「ほう。地下牢で私に意見した女性かも知れんな」
「可能性は高いと思われます」
アイシャの返答にジオルグは小さく頷いた。
「アイシャ、とりあえずあの四人を殺す理由はなくなった。増長しない限りは自由にさせておけ……ただし、監視を怠るな」
「はい。わかりました。それではお客様の湯浴みをしていただきます」
「ああ」
ジオルグの命令をアイシャはニッコリと笑って返答する。その後一礼して執務室を出て行った。
(これで彼女たちはこちらの足を引っ張ることはないな)
ジオルグは心の中でそう呟く。ジオルグは敵に対しては殺害も何ら躊躇はないし罪悪感ももたない。敵を殺すことを躊躇えば結果として自分の主君や部下、ガルヴェイトの民達が被害を受けることになる。ジオルグの戦いとはそういう戦いだ。故にジオルグに敵を葬ることに躊躇などあろうはずはない。
だが今回のジョアンナ達のように仕事でたまたま居合わせただけの者達を殺すというのは抵抗があるのだ。彼女たちが自分達の欲を満たすためにこちらを利用しようというのならばジオルグは一切の容赦もなく始末することだろう。
だが、そうでないのならば巻き込まれた、たまたま見たという者を殺害する事はどうしてもジオルグは嫌なのだ。
暗殺や暴力という手段を使用する生き方であるからこそ、ジオルグはそれをしないというのが彼なりの矜持である。
(彼女たちを早く解放するためにも枝を落とさねばな)
ジオルグの胸中での呟きは誰にも聞かれることはなかった。
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