第95話 枢機卿
「これが今回のガルヴェイトからの収支報告書になります」
カーライル=セインハルは秘書から受け取った書類へと目を通す。
「ふむ、ガルヴェイトでは摘発が続いた結果、収益が下がっているか」
カーライルの声は不機嫌さが含んだものである。
カーライル=セインハルは今年38歳であり、怜悧な印象な容姿をしており、事情を知らなければ高級官僚に見られる。
若くして頭角を現し、38歳の若さで枢機卿という位に達している。枢機卿の上は教皇であり、カーライルは将来史上最年少の教皇となると目されている人物だ。
「は…誠に許せぬ事であります」
「摘発を行っている者は誰だ?」
「ジオルグ=ザーフィングでございます」
秘書の言葉にカーライルは鋭い視線を向ると秘書は体をすくめた。
「ザーフィング?あの簒奪されそうになった間抜けな侯爵か?」
カーライルの声に露骨な軽蔑の響きが含まれた。
「はっ、そのザーフィング家にございます」
秘書の声も嘲りを含んだものであった。
ジオルグとジルヴォルの会談で、ジオルグの正体が知られてしまったのであるが、それは一部の者達の間でしか広まっていなかった。それはもちろんジオルグが出来るだけ情報を操作しているからである。
リゼルトス教会にはジオルグは諜報機関が集めた情報を使ってザーベイル王国との国交を構築したという事で伝わっているのである。
「ふん、無能の分際でこの私の邪魔をするとはな」
「まったくです。どうなさいますか? すぐに
秘書の言葉にカーライルはしばし考え込む。
「いや、ここはひとまず置いておくこととする。侯爵が暗殺されれば大規模な捜査が行われることになる。それは得策ではない。それにジオルグ=ザーフィングという男はアルゼイスかイルザムのお気に入りであろう。その捜査も徹底されるであろうしな」
「は、確かに」
カーライルの言葉に秘書は静かな返答を行う。
この会話をジオルグが聞けば残念に思ったことであろう。もし直接的な方法でジオルグに手を出せばその手を切り落とし、喜々としてカーライルの喉を斬り裂いてであろう。そちらの方がよほど手っ取り早いと言うものである。
「ローキンスにもっと収益を上げておくように伝えておけ、貴族を取り込むことも忘れるな」
「承りました」
秘書はそう言うと一礼して支持を伝えるためにカーライルの前から退出していった。
「まったく世の中の人間は愚か者ばかりだな。穢らわしい」
カーライルはそう吐き捨てた。
教皇になるためには十三人いる枢機卿の中から選出されなければならない。その選出方法は枢機卿だけでなく大司教、司教の投票の結果である。
カーライルがエアルドを密売するのは次期教皇の座のための選挙工作であるのだ。その事に対してカーライルに罪悪感はない。自分が教皇になる事で
「私の崇高な理念を理解することもできぬクズ共が黙って私のために働けばよいものを」
カーライルの声が明らかに険しくなる。
カーライルを獲物として狩る準備をしている危険な存在がいる事をまだ知らなかった。
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