第92話 第3部序章③
「ほぅ……アルガスめ」
ジオルグは冷たい笑みを浮かべて言う。
ジオルグはカルマイス家に潜り込ませている部下からの報告書を読んだ上での言葉である。
ジオルグの執務室にはジオルグのほかにロイとアイシャがいる。ジオルグの言葉に二人はジオルグの心情を尋ねたいのだが主に対して不躾であるという意識から切り出すことはできなかった。
その気配を察したジオルグは小さく笑うと二人に言う。
「カルマイスにいるブレントからの報告だ」
「カルマイス…」
カルマイスの名を聞いたロイとアイシャから冷たい殺気が漏れ出す。ロイとアイシャは護衛としても諜報員としても優秀であるのは間違いないのだが、カルマイス家がどれほどジオルグの矜持を踏みつけてきたかを知っているためについ冷静さを欠いてしまったのである。
「ふ、二人ともカルマイス
「申し訳ございません」
「失礼しました」
ジオルグの言葉にロイとアイシャは己の未熟さを恥じる。二人は優秀ではあるが、若干十七歳でしかないのである。
「いや、それで良い。お前達の実力を考えればその程度のことは欠点にはなるまい」
ジオルグのフォローに二人は頭を下げた。
「ロイ、どうやらアルガスは
「あのガキがですか?」
「ああ、ガーゼルを処刑した時に見苦しい醜態を晒したあのガキがだ」
ジオルグの言葉にロイとアイシャは視線を交わす。
「ジオルグ様、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
アイシャの言葉にジオルグは頷いた。
「アルガスの評価を覆すだけの報告があったのですか?」
「ああ、アルガスは商家から縁談を断られたことでカルマイス家を自分の代で終わらせることを決心したらしい」
「確かにザーフィング家を簒奪しようとした一族である以上、そんなところとよしみを結びたい貴族はいないと思われます。貴族どころか商家にまで縁談を断られたのですか?」
「ああ、商家にすらな」
ジオルグの言葉にアイシャは首を傾げる。ジオルグの話では単にアルガスがカルマイス家の存続を諦めただけに過ぎないからだ。
しかし、ここでアイシャは頭を回転させて、ジオルグの思考を読もうとする。
「あ、まさかジオルグ様はこの時を待っていたのですか?」
アイシャの言葉にロイは目を細める。ジオルグにとってカルマイス家など潰すことを前提とする存在であったと思っていたからである。
しかし、ジオルグは首を横に振る。
「いや、私としてはアルガスなどになんの期待もしていなかったし、放っておいてもカルマイス家は断絶すると思っていたからな」
ジオルグの言葉は本心であることを二人は察していた。
「ところが思いがけず使えそうな存在になったため使うと言うわけですか?」
「ああ、切り捨てるのに何ら遠慮しないで済むというのは都合が良いものだ」
「切り捨てる……」
アイシャが小さく呟く。アイシャの言葉はジオルグを責めるものではなく、捨て駒を使うべき案件が直近であるかどうかを思い浮かべたための言葉である。
「あ、ひょっとして
アイシャの言葉にジオルグは口角を上げる。
「しかし、出来ますかね?なんだかんだ言ってもアルガスは十三とかその辺りでしたよね。その年齢で話を持っていっても相手にされないのではないですか?」
ロイもアイシャの言葉にジオルグが何をさせようか察したようで疑問を呈した。
「言っただろう。やつは捨て駒だ。いや、カルマイス家自体がな」
「うーむ、すると財政的に追い詰める必要性がありますね」
「そういうことだ。だからこそ、駒として都合よく動かすことができる」
ジオルグの言葉に二人は頷いた。経済的な恐怖感は人を操るのに非常に有効なのだ。経済的困窮により犯罪に手を染めるものがいることなど当然すぎることなのだ。
「しかし、話ではアルガスは自分の代でカルマイス家を終わらせることを決心したと…そんなアルガスが財政的に厳しいということで例の件に引き込めますかね?」
「アルガスは自分の代で終わらせると言ったのは緩やかに終わらせるつもりなのだ。子爵位を返上した後は穏やかに市井で生きていきたいと考えているはずだ。そこに多大な借金を背負って困窮のまま生きるという選択肢は持ってはいまい」
ジオルグの言葉にロイは静かに頷いた。口角が上がっているのはアルガスの覚悟が足りないことへの皮肉な感情が出ているに他ならない。
「それではジオルグ様、アルガスをどこまで追い詰めるおつもりでしょうか?私としては今後のことを考えましても重い十字架を背負わせるべきと思いますが」
アイシャの言葉にジオルグは冷たい笑みを浮かべながら口を開く。
「そうだな。ブレントに任せるとするか」
「はい。承りました」
一礼するアイシャを見てジオルグは小さく頷いた。
(さて、アルガス……お前は役に立つ男かな)
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