第90話 第3部序章① ~枝落とし~
「ふむ……やはり許せんな」
ガルヴェイト王国国王であるアルゼイスの言葉に王太子であるイルザムは静かに父であるアルゼイスの顔を見る。
「イルザム、ザーフィング侯の報告書だ」
アルゼイスはイルザムにたった今まで目を通していた報告文書を手渡した。報告文書へと目を移した。
読み進めていくうちにイルザムの表情に不快な感情が浮かび上がる。
もちろん、アルゼイスもイルザムも感情を表に出すような事は滅多にしない。だが、ここにはアルゼイスとイルザムしかいない以上、表情を取り繕う必要はないために、不愉快な感情を遠慮なく表に出したのである。
「まさか、ここまでガルヴェイトを
「ふ、まさにそこよ」
イルザムの言葉にアルゼイスも皮肉気な返答をする。もちろんイルザムに向けたものではない。ガルヴェイトの首脳の不快さを刺激した者への皮肉である。
心の弱い者であればアルゼイスのこの皮肉に震え上がるのは間違いないであろう。実際に自分に向けたものではないことを知っているイルザムですら背筋に走るものがあったくらいである。
「ザーフィング侯の報告文書では物的証拠は今だ抑えてはおらぬという話であるが、ほぼ間違いはあるまい」
「ええ、私もそう考えます」
「我が国への敵対行為か……十分な報いをくれてやらねばなるまい」
「同感です。では報復の対象はどこまで?」
「流石に皆殺しというわけにはいくまい……だが中途半端で終わらせるわけにはいかぬな」
「はい。では……?」
イルザムの言葉は固い。アルゼイスの言葉には相当な量の血が流れることを示していたからである。「皆殺し」はないと明言したが、それは下っ端のことであり、間違いなく指導者層は報復の対象となっているのは明らかである。
「やれやれ、アホウ共が調子に乗ってくれたおかげで余の
「仕方ありますまい……。排除を決定した以上避けられぬ事態です」
「わかっておる。だが、お前も背負うことが一つ増えることを忘れるなよ」
「御意」
イルザムの返答にアルゼイスはニヤリと笑う。
「それでは、ザーフィング侯を?」
「うむ、すぐにザーフィング侯を呼べ」
「はっ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「失礼いたします。ザーフィング侯ジオルグ参りました」
ジオルグはそう言って一礼する。その所作は機能美の極致とも言うべきものであり、ジオルグの身体能力の高さを示している。
「よく来てくれた。ザーフィング侯」
「いえ、陛下のご命令とあらば当然のことにございます」
ジオルグの返答にアルゼイスは少しばかり口角を上げると口を開く。
「早速だがこの報告文書についてだ」
アルゼイスの言葉にジオルグは静かに頷いた。
「そうか、やはり事実か」
「御意」
ジオルグの簡潔な返答にアルゼイスもイルザムも静かに頷く。ここまでは報告文書の確認作業である。
「
アルゼイスの言葉にジオルグはゾクリとしたものを感じた。枝とはもちろん報復対象の者達であり、死を与えることを示しているのである。
「陛下、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「許す」
「感謝いたします。幹は切り倒さなくてよろしいのですか?」
「必要ない。。枝を切り落とす理由を公表すれば幹を世話する者達は減るのでな」
「御意……それでは陛下が
ジオルグの言葉にアルゼイスは静かに頷く。
「不本意ではあるが、それしかあるまい。これ以上彼の者共に好き勝手されれば我が国の土台が腐るゆえな」
アルゼイスの声は静かであるが、アルゼイスの怒りが凄まじいものであることを示していることをジオルグは位階している。
「ザーフィング侯、卿のすべきことは理解しているな?」
そこにイルザムがジオルグへと声をかける。
「御意、近日中に枝の一本を落としてご覧にいれます」
「卿がそう言うのだ。小枝ではあるまい?」
「はい。【カーヴァー=ローキンス】でございます」
「ほう…側近の一人か。思った以上に太い枝だな」
「彼の者は大口の取引であれば必ず顔を出します故、切り落とすには手頃かと」
「そうか」
イルザムはそれだけ返答するとアルゼイスへを視線を向ける。イルザムの視線を受けたアルゼイスは頷くことで了承の意を示した。
「ザーフィング侯、彼の者共は我がガルヴェイトを舐めた。報いをくれてやらねばなるまい」
「御意」
「枝を切り落とすのに躊躇はいらぬ。多少間違えたところですぐに生えてくるだろうし、そもそも我が国には別の木が立つ故不要となった」
アルゼイスの言葉にジオルグは静かに一礼する。
アルゼイスの言葉は『邪魔者を消せ』という意味である事は明白であった。
「卿の手腕、期待しておるぞ」
「お任せください」
ジオルグの冷たい言葉が響いた。
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