第87話 墓標の前で③

「ジオルグ=ザーフィング、卿は私に唯一土をつけた男だ」


 ジルヴォルの言葉にジオルグは目を細めた。その様子にジルヴォルは小さく笑う。


「意外そうだな」

「ええ、私とすれば逆の感覚でしたので」


 ジオルグの言葉は謙遜ではない。本心からのものである。実際にジオルグはソシュアを即位させることで、フラスタル帝国の侵攻を早めた。その侵攻のタイミングに合わせて国交樹立の会談で「ガルヴェイトを舐めるなよ」というメッセージを叩きつけるつもりであったのだ。

 だが、実際にはジルヴォルはフラスタルを短期間で撃破した。フラスタルの短期間での撃破はジオルグが積み上げたものを完成直前で崩されたに等しい。


「私の元々の計画ではソシュアとルクルトは反目し、互いに醜い争いを繰り広げさせるつもりであった。権力を奪い合う様を見せつけギルドルクの民達に旧支配者への失望を植え付けるのが目的だった」


 ジルヴォルの言葉にジオルグは答えない。それは先を促すための沈黙であった。それをわからぬジルヴォルではない。


「ルクルトは自分の権力欲からフラスタル帝国という強大な敵を招き入れると言う売国奴としてザーベイルだけでなくギルドルクの民からも軽蔑されるのがやつに与えた役目であったわけだ」

「ルクルトの役目はわかりました。それではソシュア嬢は元々は殺す計画だったのですか?」


 ジルヴォルはまるで当然かのように容赦のない計画であったことをジオルグに告げる。ここまでルクルトの人格を否定するかのような計画を淡々と語るジルヴォルに対してやはり戦慄せざるを得ない。

 だが、それを告げられたジオルグの心も一切の同様がないことを考えれば、他者から見ればこの二人はやはり怪物とみられることだろう。


「いや、ソシュアを殺すつもりは元々なかった」

「それでは王弟殿下と婚姻させる予定ではなかったのですか?」

「いや、最終的にソシュアはユアンと結婚させるつもりだった」

「?」


 ジルヴォルの言葉にジオルグは目を再び細める。ジルヴォルの言葉通りならば最終的にはジルヴォルの計画通りの結果になっているのだ。

 ルクルトの評価は現在最低と称しても構わないものとなっているし。ソシュアも当初の計画通りにユアンと婚姻することでギルドルク支配の正当性も得ることになった。そう、何も計画は狂ってはいないのである。


「その顔では私の計画通りにことが運んだという表情だな」

「ええ、違うのですか?」

「表面上だけ見ればな」

「どういうことです?」

「先ほども言った通り、ソシュアは権力を巡ってルクルトと相争い、ギルドルクの者達にギルドルク王家の失望を与え、それをユアンと結婚させる。そうすることでザーベイル王家の懐の広さ・・・・を示すはずであった」

「ですが……ソシュア嬢はあなたの想定を超えてきたということですか?」

「ああ、卿の策のおかげでな」


 ジルヴォルから不愉快な様子は一切見えない。


「卿がソシュアを即位させたことによって、ルクルトとフラスタル帝国は焦り、二人は相争う間も無くザーベイルに侵攻してきた。それでルクルトは消えた。そしてソシュアは堂々とした態度によりギルドルクの民達に失望を与えることはなかった」

「しかし、それにより最も利益を得たのはザーベイルですよ?」

表面的には・・・・・と先ほど言ったろう?」

「ええ」

「そう表面上は私の計画通りいった。だがそうではないことがわかっている者達・・・・・・・・がいるだろう?」

「……あなた・・・もそのうちの一人だ」


 ジオルグの返答にジルヴォルは口角を少し上げた。


「そう、一番の問題は私の計画が歪められた…いや、違うな……乗っ取られた・・・・・・ことを認識したことだ」

「……」

「卿の今回の策略により最終的にザーベイルは利益を得た。それは事実だ。だがそれはザーベイルとガルヴェイトの利益がたまたま・・・・相反しなかっただけのことだ」


 ジルヴォルの言葉にジオルグは頷かざるを得ない。ジオルグがガルヴェイトの利益を優先したのならば、ソシュアはガルヴェイトへと連れていったことだろう。そして亡命政権を樹立させ、ガルヴェイトがそれを支援し、ギルドルクを取り戻させ、ソシュアを傀儡にして利益を得ていくことになる。

 それはフラスタル帝国の戦略と何も変わらないが、フラスタルよりも成功する可能性が高いのは、ジルヴォルの危険性を認識しているからである。

 それをしなかったのは、ザーベイルと友好関係を築く方がガルヴェイトの利益であると判断したからに過ぎない。


「私が土をつけられたという主張も納得できるだろう?」

「ええ、ですが私をここに連れてきたのは敗北を告げるためではありますまい?」

「ああ、前置きが長くなりすぎたな。卿をここに連れてきたのは誓う・・ためだ」

「誓う?」

「ああ、今回の戦いは私の敗けだ。だが二度の遅れは取らぬ」


 ジルヴォルは言い終わると墓標を見る。


(亡きフェリア嬢の墓前に誓うか……これはジルヴォル=ザーベイルにとって最も神聖な儀式というわけか……そして、フェリア嬢に私を見せたいと思ったのか)


 ジオルグはそう考えた瞬間に自分の心に火が宿るのを確かに感じていた。ジルヴォルがジオルグを好敵手と定めたように自分もまたジルヴォルを既に・・好敵手と定めていたことに気付いたのである。


「ほう……そちらもやる気になったようだな」


 ジルヴォルの声が弾んだものとなり、猛獣のような獰猛な笑みが浮かぶ。


「ええ、私もあなたに二度も・・・敗けるつもりはない」


 ジオルグの返答にジルヴォルは獰猛な笑みを浮かべたままだ。ジオルグの言葉にジルヴォルもまた相手に敗北を与えていたことを確認したのだ。


「私はあなたのせいで正体をバラされてしまった。これはあなたが思うよりもはるかに私にとって大きな瑕疵きずとなる」


 ジオルグもまたそういうと獰猛な笑みをジルヴォルへと向けた。


「ジオルグ=ザーフィング……私の在位は十年・・だ。この言葉の意図を卿ならば正確に理解すると期待してよいな?」

「ええ、もちろんです。しかし、よろしいのですか?手加減はできませんよ?」

「それはこちらも同じ事・・・だ」


 二人はそう言って互いに笑う。


 ジオルグ=ザーフィングとジルヴォル=ザーベイルの間で戦いの火蓋が切られたことを墓標だけが見ていた。


 

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