第83話 ギルドルク併合⑨

「どうぞ」


 文官に案内されたソシュアは開けられた扉から入室した。その部屋の中央には長大な机があり、両側に六名ずつ男性が座っている。


「こちらにおかけください」


 文官が指摘した席は、ジルヴォルの真正面である。長大な机の対面である以上、相当な距離があるのだが、ソシュアはジルヴォルの正面に座ることに緊張せざるを得ない。


 ソシュアが着席したところで、ジルヴォルへ出席者の視線が集中した。


 ジルヴォルの両隣には、父エクトルと王弟であるユアンが座っていた。


(うわぁ……怖すぎる)


 ソシュアは着席したところでゴクリと喉を鳴らす。ジルヴォルから放たれる威圧感は凄まじいものであり、ソシュアは歯がガチガチと鳴るのをグッと噛み締めることでようやく堪えた。


「久しぶりだな。ソシュア王女殿下……いや、女王陛下・・・・


 ジルヴォルの女王陛下という言葉にソシュアは身のすくむ思いであった。


「は、はい……ジルヴォル王におかれましても……ご機嫌麗しゅう」


 ソシュアは緊張のあまり声がわずかに震えていた。


「そう怯えるな。この場はソシュア女王を断罪する場ではない・・

「え?」

「断罪する場ではないと言ったのだよ」


 ジルヴォルの発言にソシュアは呆気に取られた。


(どういうこと? 断罪の場でないということは……私を殺すつもりはないということ? いやいやいや、落ち着いて…油断しちゃダメよ)


 ソシュアはジルヴォルの言葉に生存の可能性を見出すが、それは甘い考えであるということで心の中でその考えを打ち消した。


「どういうことです? 私は亡国の君主ですよ?」

「確かにな。だが、利用価値・・・・はある」

「……!!」


 ジルヴォルの発言にソシュアは面食らってしまう。さすがに真正面から利用価値があるというのは二の句が告げないという感じであった。


「そう驚くな。君自身も心のどこかで自分の利用価値を考えただろう?」

「う……」

「その中で自分の利用価値を使えば生き残れるということを考えなかったか?」

「そ、それは……」


 ジルヴォルの問いかけにソシュアは口籠った。実際に、ミレスベルスまでの道中で考えなかったといえば嘘になる。だが、それを正直に伝えて良いものか判断がつかないのである。


「その利用価値がある限り・・・・、君を殺すようなことはない」

「……私の利用価値とは…ギルドルク併合の際に民の支持を得ることですか?」

「そういうことだ」

(ここが勝負の時ね!! ジルヴォル王にとっては猫が威嚇しているくらいなんでしょうけど、死にたくない!!)


 ソシュアは心の中で死にたくないという自分の心情に対して向き合うと覚悟を決めた。


「わかりました」


 ソシュアはジルヴォルの言葉に何ら嫌悪感を示すことなく返答した。


「お聞きしてもよろしいでしょうか?」

「許す」

「ありがとうございます。私の利用方法ですが……やはりジルヴォル王との婚姻なのでしょうか?」


 ソシュアの言葉に出席者達から感嘆の雰囲気が立ち上った。ソシュアが婚姻を言い当てたことではない。自分の立場を考えれば婚姻という手段が選択肢に上るのは当然の帰結である。出席者達が感嘆したのは、ジルヴォルが利用すると宣言したにも関わらず、一切の動揺、怒りを示さなかったからである。

 ソシュアの立場にしてみれば家族や親しい者達を殺され、自身も謀略の道具として使われ、さらに利用しようというザーベイルに憎悪を向けるのは当然というものである。だが、ソシュアはそれを全く表面に出すことはなかった。それはソシュアが完全に制御していることの証明であった。

 最初はソシュアはジルヴォルの威圧感に体の震えを中々止めることはできなかったが、勝負の時と覚悟を決めた故の態度であった。


「婚姻は正解だ。だが相手は私ではない・・・・・

「え?」


 ジルヴォルの返答にソシュアがつい呆けた返答を行った。


(誰も驚いていない……これは既定路線・・・・というわけなのね)


 ソシュアは出席者達に一切動揺が見られないことに内幕を察した。


(いつから…愚問ね。最初からに決まっているじゃない……)


 ソシュアはこの流れが最初からジルヴォルの計画であることを察すると戦慄せざるを得ない。一体、どこからどこまで私を掌の上で転がしていたのかと思うと薄寒くなった。


「君の婚姻の相手はユアン・・・だ」

「正気ですか!?」


 ジルヴォルの告げた名前を聞いた時、ソシュアはつい叫んでしまった。ジルヴォルが婚姻の相手ではないと告げられたことで、自分の婚姻相手がユアンしかあり得ないことは察していた。だが、それを重鎮達の前で言葉にすることの意味をジルヴォルが知らないはずはない。


「もちろん、正気だ。君は君を神輿に担いで私とユアンを仲違いさせようという勢力が現れることを指摘したいのだろう?」

「は、はい」

「その程度のことは織り込み済みだよ。それで受けるかね?」


 ジルヴォルの自信たっぷりの宣言にソシュアはゴクリと喉を鳴らした。だが、ソシュアに拒否権はないのは確実である。


「はい」

「よし、だがユアンを婚姻相手とするのだ、相応の対価は払ってもらう」

「対価ですか?」


 ソシュアは対価という言葉に即座にジルヴォルの意図を察した。

 

「ギルドルクの王位ですね?」

「そうだ。もはやギルドルク王国は完全に滅亡した。実質的には権力の裏付けにはならない。……がギルドルクの元民達にとっては意味があるのだよ」

「わかりました。ギルドルクの王位を差し出します」


 ソシュアの返答にジルヴォルは満足気に頷いた。


「これで契約は成立だ」

「はい。……ジルヴォル王、最後に一つお伺いしたいことがあります」

「なんだ?」

「もし私が王位を譲ることを拒否していればどうしましたか?」

殺した・・・


 ジルヴォルの端的な返答が脅しでなく本気であることをソシュアは理屈抜きに察したのである。


「私は利用価値がある限り、殺さないと言ったろう? 拒否するというのならば利用価値はない。この意味はわかっていただろう」

「……はい」

「自分の立ち位置をきちんと把握できない程度の能力なら利用価値はないからな」


 ジルヴォルの声にソシュアはゾクリとしたものを感じた。ソシュアは命が助かったのではない。今後も利用価値がなくなればいつでも処分されることを察したのだ。


(調子に乗れば殺すということね……身を慎まなきゃ)


 ソシュアは心の中でそう呟くとジルヴォルがニヤリと嗤う。まるでソシュアの考えなど手に取るように分かっているというようなそんな嗤みであった。


「ユアン、お前も異存はないな?」

「兄上……やはり考えは変わりませんか?」

「ああ」


 ジルヴォルとユアンはそう短い会話を行う。ユアンは重鎮達の顔を見ると重鎮達は静かに首を横に振った。それを見たユアンは静かに目を閉じる。数秒後に目を開けるとジルヴォルへ一礼した。


「承りました。ソシュア女王と婚姻いたします」

「そうか、良く決断したな」


 ジルヴォルのユアンへの声かけは優しいものであった。


「皆も聞いたな。我が弟ユアンとソシュア女王の婚約は成立した。この時より、わがザーベイル家とソシュア女王は縁戚となった。以後それに相応しい態度をせよ」

「承りました」


 ジルヴォルの宣言に出席者達は一斉に返答する。


(……これで名実共にギルドルク家は滅亡ね)


 ソシュアはそう考えると小さく自嘲する。


(お父様やお祖父様達が地方をいたずらに制激しなければ…いえ、ジルヴォル王の想い人を殺すような事をしなければ滅亡しなかったかもね)


 ソシュアは自分達に起きた凶事は結局の所自業自得であると結論づけていた。積もり積もった愚行のツケが自分達に返ってきたという認識である。


(それでも私は生き残った。あとはザーベイルと中央の確執を少しでも取り除かないとね。私に出来るかしら……いいえ、やらなければならないのよ)


 ソシュアはそう心に誓った。それは殺されたくないという一心から来るものだったのかも知れない。だが、ソシュアは自分だけが生き残った事に対して忸怩たる想いはあれど絶望していなかった。それは自分のやるべきことを見定めた結果であった。



 ギルドルク王位のジルヴォルへの禅譲とユアンとソシュアの婚約が発表されたのはこの会議の三日後であった。


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