第82話 ギルドルク併合⑧
レオス=マーケイン達はギルドルク王国の
王都の民達の軽蔑と憎悪を一身に受けたレオス達は
『鋸引き』とは罪人の処刑方法としてザーベイル地方で行われていた。
罪人を穴に埋め、首だけ出したところでノコギリで首を引くのである。この処刑で使われる鋸は金属製のものではなく、木製のものが使用されている。当然、木製のために切れ味は悪く、中々致命傷まで至らない。
レオス達は一週間の長きに渡り苦しみながら死んでいくコトになったのである。しかもその間、ソシュアを裏切ったことで罵詈雑言を浴びせられ続けており、五日ほどで心が壊れてしまった。
レオス達に迎合しなかった城に残っていた者達も、厳しい評価がなされた。簡単に言えば『何故女王がレオス達に捕まって引っ立てられているのを黙ってい見ていたのか』というものであり、完全に中央貴族達は民達の支持を失ったのである。
ユアンはレオス達の処刑を支持するとソシュアを連れてミレスベルスへと出発していた。
同時にザーベイル軍の大部分も帰国することになり、残った軍により旧王都の治安維持を徹底的に行い、ザーベイル軍が駐留した旧王都の治安は一気に良くなった。しかし、それはザーベイル軍が駐留している間であり、レオス達が絶命し、片付けたところで残っていたザーベイル軍も帰還すると再び旧王都の治安は悪化することになった。
このことが知れ渡ると民衆の中にはザーベイルによる救済を待ち望むようになっていった。
ソシュアが恭順したことはギルドルク王国の滅亡を知らしめるものであり、それが治安維持の担い手としてザーベイルに縋る心情になるのは当然の流れであると言えるだろう。
(はぁ……気が重いわ)
ソシュアは馬車に揺られながら心の中でため息をついた。
ミレスベルスまでの道中のソシュアの扱いは決して悪いものではなかった。食事も士官と同等レベルのものが出されているし、寝床もきちんとしたものが用意されているのだ。
それは捕虜として扱っているわけではないという何よりの証拠であるが、ソシュアとすれば落ち着かないことこの上なかった。
ユアンとの会談でソシュアの去就はジルヴォルが決定するということを聞かされたのがソシュアの気を重くしているのである。
ソシュアにしてみれば、ジルヴォルに相対するのは正直怖い。ジルヴォルの憎悪を身にぶつけられるというのはソシュアにとって精神的負担が大きいというものである。
「正直、処刑か助命か判断つかないのが一番嫌なのよね」
ソシュアはため息をつきながら言う。死を覚悟というよりも生を諦めていた時は向こう見ずな行動をとることもできたのだが、生存の可能性を見出してしまったときに、死の覚悟が消えてしまったのをソシュアは感じていた。
「こういうところが私の駄目なところよね……でもしょうがないじゃない!!」
ソシュアはそういうと自嘲してしまう。いくら王族として生きてきたと言っても怖いものは怖いのである。それを嘲笑うことのできる者は想像力が欠如しているものでしかない。
「今にして思えば投降の時は完全に狂ってたわ。レオスに向かって殺しなさいはないわよね。もしあいつが小心者でなかったらあのときに私は確実に死んでたわ」
レオスに啖呵を切った時のことをソシュアは思い出すろ今でもブルリと震えがくるというものであった。
「考えようによっては私は運が良いわ。ジルヴォル王に会うのは正直怖くてたまらないけど、死ぬことが確定していた状況よりも生存の可能性が一割か二割にまで上がったんだからね。助命されたとしても普通に考えれば自由になれるなんて旨い話があるわけないわよね」
ソシュアはそう言って考え込んだ。ソシュアという少女は実は相当な生きたがりなのである。理性では死を受け入れたりしたつもりであっても、心の底では生きたいのである。だからこそ、色々と考えて行動をするのである。その意味ではレクリヤークが包囲されたときに諦めた発言と行動は一種の気の迷いであったとも言える。
「でも死ぬのは怖いし生きたい。レクリヤークに集まった民達もほとんどが生き残ることができたし、今更ユアン王弟殿下が約束を反故にするわけないわよね。となると私が生き残るために行動しても良いわよね」
ソシュアはそう考えると急に活力が湧いてくるのを感じた。
「まずは状況確認っと……私はギルドルク王国女王よね……私が逃されたのはギルドルク王国内の反乱分子を一箇所に集めるため」
ソシュアはこうして、ミレスベルスまでの二週間の道のりをジルヴォル王との会談に向けて考えることに費やすのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「兄上、ただいま戻りました!!」
ジルヴォルの姿が見えた時、ユアンは破顔してジルヴォルの元へと駆け寄った。
「よく無事で帰ってきた。さすがはユアンだ!!」
「ありがとうございます!!」
ジルヴォルに褒められて嬉しいのだろう。ユアンの返答は喜びの声に満ちていた。
「皆もよく無事で帰ってきてくれた。ユアンをよく助けてくれた」
ジルヴォルは幕僚達に労いの言葉と礼を告げると幕僚達は皆一斉に跪いた。
「皆誠にご苦労であった。祝宴は後日行うゆえ今日は家族や友人達に無事な顔を見せてやれ」
ジルヴォルの気遣いに将兵達は感謝すると各部隊ごとに点呼をとり解散という流れになる。
その様子をジルヴォルは楽しそうに眺めている。ジルヴォルにとってザーベイルの民達の笑顔は復讐心によって荒んだ心を癒してくれるものであったのだ。
「さて、ユアン。
「はい!!」
ジルヴォルがユアンに声をかけるとユアンはそれに快諾した。
ジルヴォルの執務室に入るとそこには既に父エクトルがいた。
「おお!!ユアンよくやってくれた!!」
エクトルは立ち上がるとユアンの元に駆け寄り肩をバンバンと叩きながら言う。その様子をジルヴォルはまたも楽しそうに見ていた。
「父上、痛いですよ!!相変わらず馬鹿力なんだから」
「鍛え方が足らんわい!!」
「まったく……」
ユアンは肩をすくめながら言う。本気で怒っているわけではなくありふれた親子のやりとりである。
「さて、二人ともそろそろ」
ジルヴォルは席に着くと二人に言うと二人は表情を引き締めた。
「ああ、これで第四段階は終了だな」
エクトルが先ほどとは打って変わった表情で言うとジルヴォルとユアンは頷いた。先ほどまでの緩みなど一切ない。この辺りの切り替えの速さは驚嘆するしかない。
「はい。ソシュアの元に集った反乱分子達はもはや何の力もございません」
ユアンの言葉にジルヴォルは満足そうに頷いた。
「よくやってくれた。命は助けたが、軍資金と参加した貴族の残党共の財産没収とここまで手早くやってのけるとはさすがだ」
「とんでもございません。兄上の計画に従った上でのことです」
「ユアン、そのような謙遜はするな。計画を立てる苦労と実行する苦労は全く別物だ。お前の処理能力は間違いなく高い」
「ありがとうございます!!」
ユアンの返答はジルヴォルに褒められた喜びで満ちている。もしこの光景をジオルグが見たならば離間策が何の意味をなさないことを確信していただろう。
「ユアン、お前はきちんと中央貴族達の評価も落としていた。実に見事だった」
「ご存じでしたか!?」
「ああ、きちんとソシュアを裏切ったことを喧伝しただけでなく、命を助けた者達の評価が落ちるように喧伝していた。そこまで気を回せるものはいないぞ」
ジルヴォルの言葉にユアンはまたしても嬉しそうな表情を見せつつ一礼した。
ユアンがやったのは噂を流したことである。流した噂は、『裏切ったレオス達は卑劣であるが、止めなかった連中は卑怯だ』というものである。この噂は瞬く間に広がり、処刑されなかった者達への風当たりは厳しいものになった。
「お前の一手のおかげで中央貴族達はギルドルク王国で一切の支持を失った。今後、奴らが何を企もうとギルドルクの民衆の支持は得られない」
「はい。とりあえずはこれで……」
「ああ、よくやってくれた。貴族の名ではギルドルクの民は動かない。当然、周辺国もな」
ジルヴォルはそう言って冷たく嗤う。金もなく民衆の支持も失った以上、中央貴族の残党にもはや手を差し伸べる者など存在しない。実際に残党とは言っても元々中央貴族の傍系も傍系であり残り滓のような小者達である。それで身の程知らずにも再び歯向かえば潰せば良いだけである。
「それでは最終段階だな」
「はい……兄上」
「なんだ?」
ユアンの声にジルヴォルは返答する。その声と表情にはユアンの次の言葉がわかっているようであった。
「ソシュアの件ですが……やはり当初の計画を変えるつもりはないのですか?」
ユアンもそれを察したのだろう。質問形式であることがそれを表している。
「ああ、それだけは譲るつもりはない。お前の言いたいことはわかる。だが、それだけは聞けない。お前の気持ちを汲んでやれない不甲斐ない兄を許してくれ」
「兄上……わかりました」
ジルヴォルの言葉にユアンは小さく返答する。その様子をエクトルは静かに見守っていた。
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