第81話 閑話 ~侯爵の考察~

「レクリヤーク城が陥落したという情報です」

「そうか」

「驚きませんね」


 ガルヴェイトに帰国したジオルグの元にロイがレクリヤーク城の陥落の報を持ってきた。


「まぁな」

「やはりジオルグ様の想定通りというわけですか?」

ここまではな・・・・・・


 ジオルグの返答にロイは少し意外そうな表情を浮かべた。それを見たジオルグは苦笑を浮かべた。


「ロイ、当たり前だが俺は全知全能ではない。単なる人間にすぎない。予測できないことなど、この世に無限に存在するぞ」

「それはわかってますよ。だからこそ我々がジオルグ様を支える必要があるんです」

「そこまでわかっていながら、意外そうな表情を浮かべるんだな」

「ジオルグ様がソシュアの即位を仕組んだのだから全て見越していると思ってたんですよ」

「確かにな」


 ロイの言葉にジオルグは再び苦笑を浮かべた。ソシュアの即位はジオルグの策によるところが大きいのは確実だ。そのために全ての流れをジオルグが想定しているとロイが考えたところで不思議ではないのである。


「ジオルグ様の見立てではこの後どうなると思いますか?」

「ん?」

「いや、ジオルグ様の予測は俺なんかよりも遥かに正確なので、忠実な部下としては主人のすごいところを再確認したいなと思いまして」


 ロイは戯けながらジオルグに言う。要するに『教えてほしい』ということなのだが、ロイは時々このような回りくどい表現をすることがあるのである。ジルヴォルとの交渉という一大事を終えたジオルグは、現在通常業務であり、ジオルグの実務能力であれば、この辺りの事務処理など容易であるため、わりかし余裕があるのである。


「まぁ、いいだろう。もちろんこれは私の推論だが、おそらくソシュアは処刑されないだろう」

「処刑されない?」


 ロイは首を傾げながらジオルグの言葉に対し返答する。


「ジルヴォル王というのはギルドルク王家に対して並々ならぬ憎悪を持っていたと思われますが……それでもソシュアの処刑を行わないのですか?」

「ああ、ジルヴォル=ザーベイルという男は憎悪に決して凝り固まっている男ではない。必要とあればいくらでも柔軟な姿勢を決定をとるだろう」

「しかし、それではザーベイルの民が納得しないのではないですか?」

「その辺りはジルヴォル=ザーベイルならば確実に手を打ってくるだろうよ」


 ジオルグの言葉には確信めいた響きがある。ロイとすればそれだけで頷かざるを得ない。


「ロイ、ザーベイルの狙いは旧中央貴族領の掌握だ。そのためにはソシュアをうまく使う必要がある」

「それは俺も考えました。ですが、それはソシュアを処刑することも十分にあり得ると思ってましたが、ジオルグ様はその可能性を排除しております」

「ああ、根拠は簡単だ。ソシュアを殺さない方がジルヴォルにとって、いやザーベイルにとって都合が良いからだ」

「都合が良いですか?」

「ああ、ソシュアを処刑すれば間違いなく旧中央貴族領で反乱が立て続けに起こるだろう。それをいちいち鎮圧していけばいかに精強なザーベイル軍とはいえ疲弊していく。そうなれば周辺国の介入という事態に陥るだろう」

「なるほど……しかし、ジルヴォル王は周辺国の干渉を望んでいたのではないですか? だからこそ、ガルヴェイトやフラスタルに王子を送り込んだのではないでしょうか?」


 ロイは首を傾げながら問いかけてきた。


「確かに干渉を望んではいた。だが、それはあくまでも自分の制御下にあることが前提条件だ」

「制御下ですか?」

「ああ、デミトルやルクルト、そしてソシュアには自分の部下をつけていた。いわば自分の制御下で周辺国の干渉を望んでいた。だが、中央貴族領の掌握がほぼ達成した以上、周辺国の干渉はもう必要ない・・・・

「確かに、ジオルグ様は周辺国の干渉はそれを撃破することで支配権の確立を目論んでいると言われてましたね。そっか……それが達成するような状況まで達したので干渉は求めていないというわけですね」

「そういうことだ」


 ジオルグの返答にロイは納得のいくように頷いた。


「それでは、ジオルグ様が読めないというところはどこなんですか?」

「ソシュアの扱いだ」

「ソシュアは処刑されないという推測……では、ソシュアの使い道ということですね」

「ああ、ソシュアの処刑はないというのは私の出した結論だ。ではソシュアをどう扱うのかということだ」

「普通に考えればソシュアは女……しかも女王となれば普通に婚姻を結ぶということですよね」


 ロイの言葉にジオルグは頷いた。ロイの言った通り、ソシュアと婚姻を結び生まれた子を次代の王にすれば両王家が統合されることになる。そうすれば旧中央貴族達の領民も納得しやすいというものである。


「普通に考えればそれが一番あり得る。だが……あの男がその案を採用するかどうかというのが引っかかっているんだ」

「引っかかる?」

「ジルヴォル=ザーベイルの最初の婚約者の件だ」


 ジオルグの言葉にロイは納得の表情を浮かべた。


「確か……オルタス2世に暗殺されたのでしたよね」

「ああ、それがジルヴォル=ザーベイルの憎悪の始まりだったと私は見ている」

「そこから五年の時間をかけて準備を整えるなんてすごい忍耐力ですよね。その間厚遇されていればまだしも、実際はかなり軽視されていたんですよね」

「ああ、この辺りの自制心は本当に恐ろしい。五年もの間、その隙を一切見せなかったのは驚嘆するしかない」

「……」


 ジオルグの言葉にロイは何かを言いかけるがそれを飲み込んだ様子であり、それがジオルグには疑問であった。


「何だ?」

「いえ、何でもありません」


 ジオルグの問いかけにロイは即座に返答する。


(本当にジオルグ様とジルヴォル王って似てるよな。報復をきちんと行うところとか、計画を成功させるために細心の注意を払う……その間にどのような屈辱的な扱いを受けたところで意に介さない)


 ロイは二人の共通点を考えると何やら運命めいたものを感じてしまう。


「しかし、ジルヴォル王がソシュアと婚姻を結ばないとザーベイル王国は安定しないのではないですか?」

「ああ、ジルヴォル=ザーベイルがソシュアを娶らなければ、ソシュアの結婚相手はユアンというコトになる。だが、それでは国王派と王弟派にザーベイル王国が二つに割れる可能性がある。あの男がそんな馬鹿なことをするかな」

「考えづらいですね。ジルヴォル王はそれを嫌うでしょうから、やっぱり自分で娶るんじゃないですか?」

「まさにそこだ。あの男は徹底した現実主義者だ。だが同時に自分の感情を優先するという矛盾するところがある」

(そこもジオルグ様と一緒だな)


 ロイは即座にそう思う。ジオルグも徹底した現実主義者であると同時に、部下のために計画を変えることも多々あるのである。ただ、その人間らしさがジオルグが部下達を単なる駒と見ているわけではないということで部下達の敬意を集めているのである。


「そのためにソシュアを娶るという行動をとるかというのがどうしても引っかかるのだよ」

「それでジオルグ様が迷っているというわけですね」

「そういうことだ。全く厄介な男だ」

「確かに厄介な御仁ですね」

「達?」

「あ、いえ、失言でした。忘れてください」

「ふむ……まぁいいだろう」


 ジオルグは少しばかり怪訝な表情を浮かべるが、ロイに尋ねても答えることではないと考えて流すコトにしたようである。


「それでは仕事に戻ります」

「ああ」


 ロイはジオルグに一礼すると執務室を出ていった。


 扉を閉めるときにジオルグは次の仕事に取り掛かろうとしている姿が見えた。


(なんか……ジオルグ様とジルヴォル王ってまたすぐに会いそうだよな)


 ロイはどことなく二人の再会が近いことを感じていた。


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