第80話 ギルドルク併合⑦

「お、王弟殿下!! なぜでございます!?」


 組み伏せられたレオスが力の限りに叫ぶ。


「なんだ聞いてなかったのか? レオス=マーケイン」

「人身御供とは何のことだ!? なぜだ? 我々は首魁ソシュアを捕らえた功労者だぞ!! なぜこのようなことを!!」


 喚くレオスに対しユアン達は冷笑で返した。


「そのセリフは昨日の一戦で勝った時に言うべきだったな。負けた後に言ったところで命惜しさに主君を裏切った裏切り者でしかないだろう?」

「く…そ、それは……」

「それにソシュア女王は我らがレクリヤーク城を包囲した時に降伏の旨を発言した際、それを止めたのはお前達

「な、なぜ……それを……?」


 ユアンの断言にレオス達は困惑の表情を浮かべた。その様子にユアンはさらに冷たい嗤みを浮かべて問いかける。


「私が名乗ってもいないお前の名を知っていたことに何の違和感も感じなかったのだ?」

「え……あ」

「鈍いな。レクリヤークには既に我々の手の者が入り込んでいるというわけだ。お前達の行動など最初から筒抜けよ」


 ユアンの言葉にレオス達はガタガタと震え始めた。


「ソシュア女王は我らの手の者が誰だかわかっているだろう?」

「はい」


 ソシュアの返答にレオス達は驚愕の表情を浮かべるとそのまま視線を向ける。


「リョシュア、ジュノーク、ネイス、レオックの四人は確実ですね。他にもいるかもしれませんが、その四人は間違いないと思っています」

「さすがだな」


 ソシュアの返答にユアンは称賛で返した。


「それで敵であるリョシュア達を殺さなかったのはなぜだ?」


 ユアンの問いかけにソシュアは少しだけ笑みを浮かべて答える。


「なぜ殺すのです? 貴重なザーベイルとの連絡役をね」


 ソシュアの返答にユアンと幕僚達は感心したような表情を見せる。


「それに私はジルヴォル王の手引き・・・・・・・・・・でここに逃れてきたんですから、その部下を殺してしまえば間違いなく皆殺し・・・になると思っただけです」

「なるほどな」


 ユアンは納得したように頷いた。ユアンはソシュアの発言で彼女が求めているものを察した。


(報告通り、ギルドルク王家の中でソシュアだけはまとも・・・というわけか)


 ユアンはリョシュア達の報告が正しいことを認めざるを得ない。


「ソシュア!! 貴様は敵を見逃していたのか!!」


 会話を聞いていたレオスは大声でソシュアへ糾弾の言葉を叩きつける。しかし、その声は大きいが力が明らかに欠けている。組み伏せられているという状況もあるのだが、何よりも自分の死が間近に迫っていることに対しての恐怖が力を失わせているのだ。


 ユアンがギロリと睨むと組み伏せている武官がレオスの顔面を蹴り付けて黙らせた。十分に手加減をしたものであるが、効果は抜群でありレオスだけでなく他の者達も声を止めた。


「ソシュア女王、君の言いたいことはわかっている。降伏の条件は他の者達の助命だな?」

「はい。私の命一つで城にいる者達・・・・・・の助命をお願いいたします」

「いいだろう」

「もちろ……え?」


 ユアンの即答にソシュアは呆気に取られた。まさか即答が来るとは思っていなかったのである。


「もちろん、それは我々が保護することを意味するものではない」

「……はい」

「我々に敵対せぬものをわざわざ始末する気はない。ただし、次に歯向かえば容赦はしない」

「わかっています」


 ソシュアはしっかりとユアンの目を見て返答する。一度見逃してもらって、それを感謝することなく再び愚かな行動するというのなら救いようがないといわざるを得ない。ソシュアとすれば既にこの世にいないためにそこまで面倒見きれないというのが本心だ。


「それからソシュア女王」

「はい」

「君を処刑するかどうかは私の一存で決めることはできない」

「え?」


 ユアンの言葉にソシュアはわずかばかり動揺を示した。てっきりここで処刑されて、首だけ持っていかれると思っていたのだ。


「我々が陛下より受けた命令はあなたを『ミレスベルスへ連れて来い』というものだ。あなたの去就は陛下の判断だ」

「わかりました」


 ソシュアは一瞬、生き残ることができるのではと考えたが、ジルヴォルの名が出た瞬間にそれが間違いであることを思う。

 ジルヴォルの王家に対する憎悪を目の当たりにしているため、命が助かるとはとても思えないのである。


「あ、ありがとうございます!!」

「感謝いたします!!」


 そこにレオス達が再び声を上げた。武官が再び殴りつけようとしたところで、ユアンが手で制止した。


「それほどお前達は嬉しいか? まぁお前達のおかげで旧ギルドルクの支配確立は容易になる。お前達の功績と言えるな」

「は、はい!! ありがとうございます!!」

(どこまでも愚かな……都合の良い解釈をまだやるのね)


 ユアンとレオス達の会話を聞きながらソシュアは呆れてしまう。レオス達がユアンに礼を言ったのは間違いなく自分達が助かったと考えたからに他ならない。だが、そんなはずはない。もし、助命が決定したというのならば、拘束が解かれるはずだ。未だに拘束が解かれていないということは処刑が覆っていないことに他ならない。


「これからお前達はギルドルクの旧王都で処刑されるわけだが、その際にソシュア女王を裏切ったことを大々的に喧伝する。そのためにお前達にはかなりの罵詈雑言が投げかけられることになるし、できるだけ残虐な刑が科されることになるだろうが両国の融和のための尊い犠牲だ。心から礼をいうよ」


 ユアンの言葉にレオス達は凍りついた。


「な、なぜ……?」

「何を言っているんだ? 両国の融和のために犠牲になりたいという心意気を汲んだまでだ」

「先ほど城にいる者達は助命すると言ったではないですか!!」


 レオスの言葉にユアンは冷たく嗤い言い放った。


「ああ、確かに城にいる者・・・・・の命は助けると言った。お前達は城にいるのか?」


 ユアンの言い放った言葉にレオス達は二の句が告げないという感じである。実際にユアンの論法は悪意以外の何ものでもない。


「ふざけるな!! そんな詐欺まがいのことが許されるはずはない!!」

「そうだ!! ザーベイルには正義というものはないのか!!」


 だが一瞬の自失の後にレオス達は喚き始めた。ここで黙ればユアンのいうとおり悲惨な最後が待ってるとなれば回避するために沈黙と言う選択肢をとるはずがないのだ。


「ふざけてはいない。私はまじめな話をしている。お前達は女王を裏切り、こちらにすり寄ってきた。しかも敗色濃厚な状況でな。これほどわかりやすい悪役・・を利用しないはずはないだろう?」


 激昂するレオス達とは正反対にユアンは冷静に淡々と告げていく。その冷静さが少しずつレオス達の心に絶望という毒を流し込んでいく。


「ソシュア女王、言っておくがこいつらの助命は許さん。もし、こいつらの助命をするというのならば城の者達は皆殺し・・・だ」

「承知しております。助命嘆願は致しません」


 ユアンの厳しい口調にソシュアは一礼して答えた。


「そ、そんな!! 女王陛下!! 我らを見捨てるのですか!!」


 レオスは裏切ったソシュアに向かって縋る。常識的に考えて受け入れられるはずなどない。それでもレオスとしては縋るしかないのである。


「レオス=マーケイン、お前達はザーベイルとギルドルクの融和のために死になさい。できるだけ苦しみ、無様にね。それがザーベイルの憎悪を多少なりとも和らげるし、ギルドルクの中央の者達がザーベイルに恭順する心理的な抵抗が下がるわ。お前達の死は無駄にはならないわ」


 ソシュアは何の感情の起伏を見せることなく淡々と告げた。


(これでいいわね。ユアン王弟の気遣い・・・は有難いけどギルドルクの民のために私の責任においてやるべきことよ)


 ソシュアは心の中でそう呟くとユアンに視線を向ける。ユアンはソシュアの意図を察したようで静かに頷いた。


「ふ、ふざけるな!! こ、こんな事で終わってたまるか!!」

「離せぇぇぇ!!」

「助けてくれ!! 助けてくれ!!」

「ヒィィィィ!!」


 縋るべきもの全てを絶たれたレオス達は錯乱状態に陥ったが、組み伏せている将兵達を押し退けることはできない。


「もう、いいだろう。連れて行け。絶対に自害させるな。そいつらは王都で死んでもらうのだからな」

「はっ!!」


 ユアンの命令を受け兵士がレオス達に猿ぐつわを行うとレオス達は『うーうー』とうめき声を上げつつ引きづられていった。


「王弟殿下、ご配慮感謝いたします」

「ああ、別に構わん。ソシュア女王、あなたはこれからこちらの指示に従ってもらう」

「承知しております」


 ソシュアの返答にユアンは頷くと視線を兵士に向けた。


「こちらへ」


 視線を受けた兵士がソシュアを促し、退出していく。


「中々の胆力ですな」

「確かに、あの年齢で全く取り乱さない胆力は見事と言えますな」

「ユアン様も中々気に入ったようですな」

「ああ、ユアン様の配慮をきちんとわかっていたようですな」


 幕僚達がソシュアが退出した後にソシュアの態度に好意的な評価をしていた。


「ふむ、今日のことを軍内に広めておけ。裏切り者達に憎悪と軽蔑がいくようにな」

「はっ!!」

「それではカイゼイン子爵、レクリヤーク城の開城を任せたい」

「承りました」

「リョシュア達と連携してことを進めよ。ただし抵抗があった場合は容赦するな」

「はっ!!」


 ユアンは投降した者には寛大な対応をする方針であるが、それはあくまで抵抗しないものが対象であり、抵抗する場合は容赦するつもりは一切ない。ザーベイル軍にもその姿勢は徹底しているのである。


 ユアンは部下に指示を出すとソシュアのことを考える。


(優先すべきことをきちんとわかっているというわけか。感情だけでなく論理的な思考を持っているというわけか)


 ユアンがソシュアに感心したのは、レオス達の処断に対して何ら異議を主張しなかったことである。自分を裏切った者達への報復を冷静に行ったのである。このような状況になれば喜びの感情を表すのが普通なのであるが、ソシュアは淡々とレオス達へ告げた。

 ソシュアは自分が感情で行動することで、城の者達に危害が及ぶ可能性を下げようとしたとユアンは思っている。

 それにレオス達の憎悪がユアンに向くようにしたことはユアンなりのソシュアへの配慮であった。ユアンはソシュアに対してレオス達の憎悪が向かえば、心に傷を負うかもしれないと思ったゆえである。

 しかし、ソシュアはその配慮を知った上で、さらに自分のやるべきことを行ったのである。


(思った以上に心も強いな)


 ユアンはソシュアの心の強さに感心していた。やるべきことをするためとはいえ憎悪を受けるのを承知で行動するというのは心に大きな負担をもたらす。それをためらうことなく行ったソシュアの心の強さは決して軽視すべきではない。


(全く……惜しい・・・な)


 ユアンは心の中でそう呟く。ユアンの考えはジルヴォルと全く同じではない。もちろん造反など微塵も思っていない。だが、ソシュアに関しては考えが異なる・・・のである。





 レクリヤーク城降伏の報はすぐに旧ギルドルク国内を駆け巡った。

 

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