第78話 ギルドルク併合⑤

 ザーベイル軍は半包囲体制をとっていく。


 そのことに気づいた残党達の中に動揺が広がった。今の今まで残党達は自分達が圧倒的な立場であり、ザーベイル軍を反撃もできない弱者であると思っていたのである。

 だが、横槍が入り、後ろの部隊が壊滅したことを受けて一気にそれが間違いであることを思い知らされたのである。


 そして周囲を見た瞬間にザーベイル軍が周囲をぐるりと取り囲み始めることに対して一気に恐怖感が残党達の心を満たし始めたのである。


「そろそろ、いいぞ!! ギルドルクの阿呆共に戦というものを教えてやれ!!」


 ハルトス子爵の言葉に後退を続けていたハルトス隊が猛然と反撃に出た。


「ウォォォォォォォ!!」


 ハルトス隊の反転攻撃に動揺を示していた残党達は一気に飲まれてしまう。


「うわぁぁ!!」

「ヒィ!!」


 残党達の恐怖の叫びはすぐに絶叫へと変わる。激突はすぐに殺戮へと変わる。


 ザーベイル軍は残党達を次々と討ち取っていく。ザーベイル軍は全く容赦なく残党達に手にした武器を振り下ろしていく。その度に血と絶叫が撒き散らされ命が失われていく。


「さぁ!! もの共狩れぃ!!」


 ザーベイル軍の指揮官達から兵士たちへの檄が飛ぶ。その檄に応えるように兵士たちは残党達を殺戮していく。


「ぎゃああああああ!!」


 戦場のあちこちで絶叫が響き渡った。発せられる絶叫は圧倒的に残党達が多い。いや、そもそもザーベイル軍は絶叫など発してない。発せられるのは圧倒的な咆哮のみである。


「そ、そんな…馬鹿なあァァァ」


 レオスの叫びが戦場に響く。その響きは咆哮の中ですぐに消えてしまう。


「あいつも将だ!! 殺せぇぇぇえ!!」


 レオスに向かってザーベイル軍が殺到する。レオスは自分に向かってくるザーベイル軍の将兵達の表情を見た時に自分が狩られる立場であるという現実を突きつけられた。


「ヒィィィィぃ!!」


 レオスは音程を乱高下させた叫び声を上げ一目散に逃げ出した。もはや指揮する兵を置いての逃亡であった。

 せめて退却の命令を出していれば少しは犠牲が抑えられたのかもしれない。しかし、レオスは指揮官として最低限の義務を果たすことなく逃げ出したのである。


「追えぇぇぇぇえ!!」

「逃すなァァァ!!」


 殺意が十二分に込められた言葉を背にしながらレオスは一目散に逃げる。


 指揮官であるレオスが逃げ出したことで兵達も四方八方に逃げ出した。もはや軍としての体裁も何もあったものではない。


 残党軍は文字通り壊滅し、レクリヤーク城へ帰還することができたのは5,000の兵のうち、わずか二千人程度であり、損傷率六割という記録的な惨敗と言って良いだろう。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


(やはり……こうなったわね)


 ソシュアはこの敗北を見て、時が来たことを悟った。


「あ〜あ、やっとか〜」


 ソシュアの言葉に周囲の者達は怪訝な表情を浮かべた。ソシュアは妙に清々しい表情を浮かべており、顔を青くする周囲の者達と対称的である。


「じょ、女王陛下?」

「何?」


 ソシュアに周囲の者達が恐る恐る声をかける。その問いかけに対して、ソシュアは何でもないかの様に返答する。


「あ、あの……やっとか……とは?」

「ああ、この間も言ったでしょう。勝ち目がないから私の命一つでどこまで救えるかわからないけど私が投降するのよ」

「な、なりません!!」

「どうして? もう勝ち目がないのよ? というよりも元々なかったのよ。私ができることは私が処刑されることであなた方の命が助かる可能性が高まるわよ?」


 ソシュアは真っ直ぐに部下達の目を見て静かにいう。その様子は完全に死を受け入れたものであり、周囲の者達は絶句せざるを得ない。ソシュアが何を考えていたかをこの時初めて知ったのである。


「さて、それじゃあ。行くとしましょう。それじゃあ降伏の使者に誰かたってちょうだい」


 ソシュアの言葉に全員が視線を交わした。この状況では使者であっても即殺される可能性が高いのだ。その予感がある以上迂闊に声を出すことはできないのだ。


「恐れながら私が……」


 そこにリョシュアが声を上げる。


「そうね、あなたなら適任・・ね。それからジュノークとネイス、レオックもね」

「……御意」


 ソシュアに名指しされた者達はゴクリと喉を鳴らしつつ一礼する。ソシュアがあげた者達はザーベイルから送り込まれた者達であったからである。ソシュアが名指ししたということはリョシュアたちの正体に気づいていた事の何よりの証拠であった。

 そのことに気づいたリョシュア達は戦慄せざるを得ない。ソシュアは決して愚鈍ではない。それどころか聡明であるのは間違いなかった。


 バタン!!


 扉が乱暴に開け放たれるとレオスを筆頭に十人ほどの男達がズカズカと入ってきた。


「マーケイン卿!! あまりにも無礼であろう」

「黙れ!!」


 リョシュアの言葉にレオスは血走った目をリョシュアに向けて一喝した。


「マーケイン卿、もはやここまでです。私の命で皆を救いますので、あなた達は兵達に武装解除を命じなさい」

「お断りですな」


 ソシュアの命令にレオスはニヤリと嫌な嗤みを浮かべて言う。


「それならどうするのです? ここから戦局をひっくり返すことなどできませんよ?」

「そんなことはわかってる!!」

「それでは何をしにここへ? 生き残りたければ私の助命嘆願にかけるしかないのよ」

「いや、それでは俺たちがザーベイルで重用・・されなくなる」

「はぁ?」


 レオスの言葉にソシュアはついつい芸のない返答をしてしまう。ソシュアにしてみればギルドルク王家についたものをザーベイルが重用などするはずはない。ザーベイルの中央への憎悪を肌で感じたソシュアにしてみれば重用など夢物語でしかないのだ。平民として生きることができればそれだけで十分というものである。


「ザーベイルがあなた方を重用なんかするわけないわ。いい、私の首を差し出したところであなた方の先はないわ。まず間違いなく処刑されるわよ。それが嫌なら私をザーベイルの元に行かせてユアン=ザーベイルに殺させるのよ。そうすれば、あなた方は少なくとも命が助かるわ」


 ソシュアの毅然とした言葉にレオス達はたじろいだ。それを見たリョシュア達はレオス達に飛びかかろうと身構る。


「駄目よ。ここで殺し合うことは許さないわ」

「く……」


 しかし、ソシュアの制止の言葉が発せられるとリョシュアは唇をかみしめて思いとどまった。これにはリョシュア自身も驚いていた。ソシュアはリョシュアにとって主人ではなく、それどころか敵の立場である。だが、この時なぜかソシュアの命令を素直に聞いてしまったのだ。


(なぜ、俺はソシュアの命令に素直に従ったのだ……?)


 リョシュアの困惑は先ほど名指しされた者達も同様であった。自分がなぜ素直に命令を聞いたのか自分自身でわからなかったのだ。

 それは死を受け入れた者、部下のために命を捨てる覚悟を持った者への敬意であったのだろう。


「はっ、何を言っているんだ。お前を連れて行けば間違いなく俺たちはザーベイルに重用される。俺たちは貴族としてザーベイルで暮らすんだよ!!」


 リョシュア達と違ってレオス達はソシュアの覚悟がわからない。レオス達にしてみれば元々国を救うとかの志ではなく出世欲、権勢欲という我欲に突き動かされてのことである。完全に欲に振り回されている状態なのだ。


「わかったわ。それじゃあ私を殺して処刑される道を選ぶということね」


 ソシュアはそう言って立ち上がると全く恐れを見せることなくレオス達に向かって歩き出した。


「女王陛下!!」

「動いてはなりません!!」

「く……」


 ソシュアを庇おうとしたところでソシュアの命令が発せられるとリョシュア達は動きを止める。


「さぁ、早く殺しなさい」


 ソシュアがレオスの間合いに入ると真っ直ぐ目を見据えて言い放った。


「く……」


 ソシュアの気迫に押されたのかレオスの頬に冷たい汗が一筋流れる。いや、レオスだけでなく、この場にいる全員がソシュアの気迫に完全に飲まれていた。


「どうしたのです?」


 ソシュアがさらにずいと一歩踏み出したきた。


 バキィ!!


 レオスがソシュアの右頬を思い切り殴りつけた。ソシュアはグラっとよろめいたがグッと力を入れると倒れ込むことはせずにレオスを睨みつけた。殴りつけた衝撃で口の中を切ったのだろう。ソシュアの口から血がこぼれてきた。


「殺すのにわざわざ撲殺を選ぶの? 時間の無駄だわ。その剣は飾り?」


 ソシュアの言葉にレオスはゴクリと唾を飲み込んだ。死を全く恐れていないソシュアの態度にレオスは気味が悪くなったのだろう。


「く、こいつを捕らえろ!! ザーベイルへ引き渡す!!」


 レオスは結局、ソシュアを殺すことを断念した。ソシュアの態度に気圧されたというのもあるが、ソシュアの言葉がもし正しかった場合に処刑される。それならば、引き渡すことで最悪の展開を避けれると考えたのである。


 レオスの命令に男達がソシュアを縛り上げる。


(ま、いっか。ザーベイルの方がこいつよりは剣の腕は確かでしょうしね)


 ソシュアは縛りあげた状態でも心が折れることはなかった。


 こうして、ギルドルク王国の最後の女王であるソシュアはザーベイルと再び対峙することになった。


 

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