第70話 最凶と最凶⑦
「この書状を買え……だと?」
ジオルグの提案にジルヴォルは少し考え込む仕草を見せる。その他の文官達はジオルグの意図を図り兼ねているのだろう困惑しつつ視線を交わしていた。
「中を確認するくらいは許してもらえるのだろうな?」
「もちろんです」
ジオルグは快諾すると四通の書状をジルヴォルへと差し出した。書状を受け取ったジルヴォルはそれらを開封し目を通した。
(俺にギルドルク王の即位を認める……か。
ジルヴォルは一つ目の書状に目を通したことでジオルグの意図を確信し、苦笑してしまう。
(字は確かにデミトルのものだ。そう
ジルヴォルの苦笑を見た文官達はまたも視線を交わしあう。ジルヴォルの読んでいる書状には何が書いてあるのか気になって仕方がない。
「陛下、その書状には何が?」
「読んでみろ」
ジルヴォルは文官へ手渡すと文官達が書状へ目を通していく。目を通した文官達は例外なく驚きの表情を浮かべていく。
「へ、陛下!! これは!!」
「し、信じられん!! デミトルがこのような書状を!!」
「これがあれば我らの正当性が!!」
書状に目を通した文官達は色めきたった。驚きの時間が過ぎると今度は喜びの感情を抑えることができなかったのだ。
(こっちはギルドルク王位をガルヴェイト王に譲る。そしてこちらはハルトレイム港をザーベイル王国へと割譲する……なるほどな。自分の失言がこの事態を招いたか)
三枚目の書状を見る事なくジルヴォルは
ジルヴォルはこの四通の書状がジオルグによって偽造されたものであることを既に確信している。真逆の内容の書状が同時に出されたのが何よりの根拠である。このような支離滅裂な内容の書状をデミトルが自分の意思で書くはずはない。
ではこれを誰が書いたのか?
もちろんジオルグ以外あり得ない。ジオルグが偽造した書状は偽造を見抜くことは限りなく困難であると言える。何しろ実の妹のソシュアですら偽造に気づくことなく即位してしまったのだ。
「デミトルはよくこのような書状を書いたものだな」
「さぁ、当方は内容を把握していませんのでお答えしかねます。ただ、ルクルトとソシュア王女殿下へ向けて出された書状の方はデミトルに添削を頼まれましたので
(今のでこちらの意図は伝わったはず……)
ジオルグはジルヴォルを過小評価などしない。ジルヴォルならば今のやりとりだけでこちらの意図を察したはずという確信があった。
ジオルグの返答にジルヴォルは苦笑する。
ジオルグがどうしてここでこのような事を発言したのか、その意図を察したのだ。
(なるほど……その書状で
ジルヴォルはそう判断するとジオルグをじっと見つめる。その視線にジオルグはわずかであるがゾクリとした感覚を味わうことになった。
「特使殿、一つ聞きたい」
ジルヴォルの言葉に色めきたっていた文官達は自分達の立場を思い出したかのように慌てて席に着く。
「何でしょうか?」
ジオルグの返答は静かなものである。これは勝利を確信しているゆえの余裕ではなく余裕を装っているに過ぎない。
「ここまでの流れ、全て見越していたのか?」
「まさか、この手札をここで切ることは
「そうか……やはり
「あれがなければこの手札を切るわけにはいきませんでした。フラスタル帝国をこの短時間に破った。この事でこちらは一気に追い込まれましたので」
ジオルグの返答にジルヴォルは苦笑を浮かべた。周囲の文官達は二人の会話の意図するところがわからず互いに視線を交わしている。それは陣営を超えてである。
「特使殿、それではこの書状は買い取らせてもらう」
ジルヴォルの発した言葉にガルヴェイト側から期待のこもった雰囲気が発せられた。
「はい。それでは国交樹立は成立したという認識で間違いございませんか?」
ジオルグの返答は平静そのものである。だがこの返答により周囲の文官達も書状の代金が国交樹立であることを察した。
「ああ。我がザーベイル王国とガルヴェイト王国の友誼が永遠に続くことを心から願っている」
「全く同感でございます」
ジオルグとジルヴォルはそう言ってにこやかに笑う。二人の様子を見て周囲の者達の間にもホッとした雰囲気が流れた。
「だが相互不可侵条約は結ばぬよ。その意味はわかるだろう?」
「はい。
「へ、陛下?」
「ザーフィング侯?」
しかし、次いで発せられた二人の会話に緩んだ雰囲気は一気に緊張感が高まった。当然、文官達は困惑する。
「騒ぐな。相互不可侵条約は今後の両国の付き合い次第だ。徐々に信頼関係を高めてからの方がよかろう?」
「全く持ってその通りです。まずは友誼を深めることを第一にする。その結果の相互不可侵条約締結の方がはるかに強固なものになる事でしょう」
二人の言葉に文官達は静かになった。ただ、これにはジオルグの配下の者達も驚きを隠せないでいるようであった。
ロイ達はジオルグが不可侵条約の締結まで目指していた事を知っていたため、その方針転換に戸惑わざるを得ない。
「さて、国交樹立の文書の方は用意するので調印式は後日、日を改めてということになる」
「はい」
「ああ、そうそう」
ジルヴォルはそう一声発するとハンドサインを出す。ハンドサインを受け取ったエルヴィスに疑問の表情が浮かぶが、即座に行動に移すと一つの金属製の平皿を持ってきた。
「ご苦労」
ジルヴォルは平皿を受け取ると机上の燭台を手に取り、書状に火を着け平皿へと置いた。
「へ、陛下!!」
「一体何をなされます!!」
ザーベイル側の文官達が戸惑いの声を上げる。
「騒ぐな」
ジルヴォルの言葉に文官達は一斉に沈黙する。ジルヴォルはジオルグに視線を向けて口を開いた。
「何か問題はあるかな?」
「いえ、何も」
「特使殿ならばそう言うと思っていたよ」
ジルヴォルはそう言って笑う。その笑みに共感するようにジオルグも笑った。ジルヴォルは『今後、必要があればデミトルの書状を作成すれば良いだろう?』という一種の皮肉が込められており、ジオルグも『必要とあらば遠慮なく作成する』と返答したにすぎない。
二人の笑みを見て、周囲の者達はゴクリと喉を鳴らした。自分達が見えてない何かをこの二人は見えているという思いが周囲の者達の心に生まれた。そしてそれが間違いでないことも確信したのである。
「本日は有意義な会談であった。ガルヴェイト王国特使殿」
「それはこちらも同様にございます、ザーベイル王国国王陛下」
最凶と最凶の邂逅はこの言葉で終わりを告げた。
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