第65話 最凶と最凶 ~第三次フランギスク会戦(裏①)~
「いよいよだな」
「ああ」
ガロムとミユムが力を込めて声を掛け合うのを、ルクルトは傍目に見てニヤリと笑う。
(ククク、ザーベイルめフラスタルの半分しか兵を出せぬか。そうだろうな。ソシュアの勢力に対しても注意を向けねばならないのだからな。所詮は一勢力にしか過ぎぬわ)
ルクルトは心の中で現在の状況を楽しんでいた。いや、より正確に言えば勝利の
(ジルヴォル、エクトル、ユアンはどのように殺してくれようかな。そうだ、あの謀反人共の前で民達を殺戮し、自分達の無力さを理解させてから四肢を切断して顔面を踏み抜いてくれる)
ルクルトの脳裏にはザーベイル一族の無残な最後の姿が浮かんでいる。そのためであろうルクルトの表情はひどく歪んでいる。秀麗な容姿をしているルクルトの笑みは本来であれば不快さとは無縁の印象を持たれるはずなのに、この時の笑みは見るものをひどく不快にさせるものであった。
(そして……フラスタル帝国も愚かだ。所詮は私の掌の上で踊るだけの能無し共だな。私が王になった暁にはフラスタル帝国も滅ぼしてくれよう)
ルクルトは自分の思惑通りにことが進んでいる事にどんどん気が大きくなっていく。
「いっそのことガルヴェイトまで攻め落としてしまうか」
「は? 何かおっしゃられましたか?」
ルクルトの呟きにガロムが尋ねた。
「ザーベイルを滅ぼし、ギルドルク王国を再建した後のことだ」
「殿下はガルヴェイトと仰ったように思いましたが……?」
「ああ、そうだ。私が王になった暁にはガルヴェイトを制圧してしまおうと思ってな」
「どう言うことです? なぜいきなりガルヴェイトを?」
ルクルトの言葉にガロムもミユムも首を傾げざるを得ない。なぜいきなりガルヴェイトの名前が出たのか二人には当然意味不明であったのだ。
「知れたことだ。ガルヴェイトは許されざる大罪を犯したからな」
「大罪ですか?」
「ああ、我が王家が危機に陥ったのに何ら救いの手を差し伸べなかったという大罪だ」
ルクルトの言葉は到底正気と思えない。ガルヴェイトがギルドルクに干渉しなかったのは、ガルヴェイトなりの理由があったからであろう。それなのに自分に尽くさないのは悪だと言うような傲慢な思考に対して二人は軽蔑の念を強める。
「なるほど、そう言うことでしたか。確かにガルヴェイトは許せませんな」
「確かに本来であれば頭を下げてルクルト殿下を出迎えるべきでしたな」
二人の返答にはこいつに話しても無駄だという心情が過分に含まれている。元々ルクルトを正しい方向に導こうなどという意思など皆無である二人にとって、どうでも良いことだった。
「殿下!!」
そこにシャリスがルクルトの元へと駆け込んできた。シャリスの背後には十人の兵士達が付き従っている。この十人はシャリスが戻ってきた時につれていた傭兵達である。
もちろん傭兵というのは表向きであり、実際はザーベイルの兵達である。
「どうした?」
「はっ!! そろそろ戦いが始まります。殿下も出陣を」
「何? 私も前線へ出るのか!?」
シャリスの申し出にルクルトは分かりやすく狼狽えた。この戦場に来ている段階で既に十分に責を果たしているという気持ちであったのだ。
ある意味、ルクルトにとってこの戦いはザーベイルの者達が無惨に殺されていくのを高みの見物をするつもりであったのだ。
「はい。ギルドルクの王はここいるという宣言をしてもらいませんと……」
「確かにそうだな」
「はい」
シャリスはそう言って頭を下げる。その姿はまさしくルクルトに忠誠を誓う忠臣そのものである。
「行くぞ。案内せよ」
「はい」
シャリスは冷たい声で答えた。
その声を皮切りにシャリスの背後に控える十人の傭兵達が抜剣すると周囲にいるフラスタル帝国の兵士たちに襲い掛かった。
「が……」
「ぐ……」
「な、何を……」
フラスタル帝国の兵士達はあまりの事に全く抵抗できずに切り伏せられた。
「き、貴様ら一体何をす」
ルクルトが言い終わる前にガロムとミユムがルクルトの口を塞ぎ羽交締めにした。
(貴様ら一体何のつもりだ)
ルクルトは大声で叫ぼうとするが、口を塞がれているために声を発することができない。
「ルクルト、お前の役目は終わりだ」
シャリスの冷たい声にルクルトはガタガタと震え始めた。命の危機に接したことで妄想から覚めたのだ。
傭兵の一人が殺したフラスタル帝国の兵士から剣を奪うとシャリスへと手渡した。シャリスの意図は明らかであり、ルクルトは体の震えが止まらない。
ザシュ……ザシュ……
近づいてくるシャリスに恐怖の目を向けていたルクルトの目が突然大きく見開かれた。
強烈な苦痛がルクルトの両脇腹に発したからだ。
(がぁぁぁぁ!! ガロム!! ミユム!! なぜだぁぁぁぁ!!)
ルクルトの叫びは音声化することはない。恐怖、苦痛、混乱がルクルトの心の中で荒れ狂っている。
「ジルヴォル様より伝言だ」
シャリスの口から出た名にルクルトの受けた衝撃は計り知れない。シャリスはそのルクルトの反応を無視して続きを発する。
「お前は自分が権力が欲しいという理由でギルドルクをフラスタルに売ろうとした売国奴として喧伝する」
「……!!」
「ジルヴォル様はお前に礼を言っていたぞ。お前がフラスタル帝国にギルドルクを売ってくれたおかげでギルドルクの民達はこちらに寝返りやすくなる。全てお前のおかげだありがとうとのことだ」
シャリスの明らかな嘲笑にルクルトの表情に絶望が浮かんだ。
「なんだ? その絶望の表情は? お前は元々フラスタルに送り込まれた駒ということくらい当然理解していると思っていたがな」
「まさか俺たちもお前がフラスタルに旧ガルスマイス公爵領を割譲しようという条件を提示したときは呆れたぞ」
ガロムとミユムの言葉にルクルトは体を震わせた。二人の声があまりにも冷たいものであったからだ。
ギシュ……ズシュ……
突き立てられた刃を引き抜かれるとルクルトはそのまま崩れ落ちた。もはや大声を出す余力がないという判断からである。
「た……たす……けて……」
ルクルトはかろうじて声を絞り出す。それはルクルトの命の終焉を思わせるものであるほど弱々しいものである。
「元々、お前はフラスタルを招き入れたところで、捕らえられザーベイル本国で処刑される予定だった。ここで死ななくてもどうせ結末は変わらぬよ」
「そ……んな」
「さて、ご苦労だったな。ルクルト……ゆっくり休め」
シャリスはルクルトの髪の毛を掴むと片手でルクルトを持ち上げると腹部に何の躊躇いもなく奪った剣を刺し込んだ。
「が……あぁ……」
シャリスは剣を抜き取るとルクルトは再び崩れ落ちた。
「さてと……そいつをこっちにもってきてくれ」
シャリスの指示に従い既に事切れた兵士を傭兵に扮したザーベイル兵が連れてくるとシャリスはルクルトを貫いた剣を握らせた。あまりにも杜撰な工作であるが、ザーベイル軍との戦いまでバレなければ良いのである。
「ルクルトも死んだな」
「ああ」
ガロムの問いかけにミユムはルクルトの呼吸と脈を確認して簡潔に答えた。
「それでは仕上げだ」
ガロムの言葉に全員が頷く。そして一斉に叫んだ。
「ルクルト殿下が殺された!!」
「大変だぁ!! ルクルト殿下が殺された!!」
「ルクルト殿下ぁぁぁぁぁ!!」
ルクルトの訃報がフラスタル軍内に伝わっていき混乱が広まっていった。
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