第64話 最凶と最凶 ~第三次フランギスク会戦(表)~

「総大将!! フランシス帝国がやっと陣形を整えつつまりますな」


 ザーベイル軍総大将エクトル=ザーベイルの元に幕僚の一人であるカークゴル子爵が好戦的な笑みと共にエクトルへと奏上する。

 ジルヴォルと共にギルドルクの王城で中央貴族達を撫で切りに参加した剛の者である。


「やはり遅い・・な。待ちくたびれたわ」


 対するエクトルの返答もまた好戦的なそれである。若い頃より戦場を共に駆け抜けてきた者達であり、気心は知れているのである。


 侵攻してきたフラスタル帝国と迎撃に出たザーベイル軍はフランギスク平原にてぶつかる事になった。

 このフランギスク平原はフラスタル帝国が侵攻してきた際に戦場となったのは今回で三度目である。


「しかし、ここまで予定通りに動いてくれるとコードランスはこちらと内通してるんじゃないかと思ってしまいますなぁ」

「はは、確かになぁ」

「ユアン様もそろそろ配置につきますし、ジルヴォル王の予定通りですな」

「この戦いは残念だがすぐに決着がつく」

「総大将、決着がつくではなく既についてますぞ・・・・・・


 カークゴル子爵の苦笑まじりの言葉にエクトルもまた苦笑を浮かべた。


「そうだな。ジルヴォルの策は本当に恐ろしいものだ。人の心理や油断などを上手く衝く。そして……ありとあらゆる手段を使う。儂にはできぬことだ」

「総大将というよりも誰も真似はできぬでしょうよ。だからこそ、儂も息子の仇を取ることが出来ました」

「ふ……確かにな。儂では仇を取らせることができなかったであろうな」


 エクトルはそう言ってほろ苦く笑う。


「そう言われるな。総大将はザーベイル家の家訓に従ってギルドルク王家に働きかけておったこと我らは皆知っております」

「その家訓が結局のところ……地方の皆を苦しめることになった」

「いや、儂はそうとばかりは思っておりませんぞ。その家訓は我らの行動に正当性を与えてくれました。それに応じる器量のなかった中央貴族共こそ責められるべきと思います」


 カークゴル子爵の言葉にエクトルは皮肉気に嗤う。


 エクトルの言うザーベイルの家訓とは『初代辺境伯から三代まではギルドルク王家に忠誠を誓うべし』というものであった。エクトルはその三代目であり、それまでは王家へ忠誠を誓うと決めていたのである。

 しかし当の王家がその気持ちを踏み躙った。ジルヴォルの婚約者であるフェリアを殺害したのだ。もはや王家を許すことはできない。しかし、先祖の遺言を無視することはできない。そこで自害して、初代の遺言を完遂し、ジルヴォルにたつことを託そうとしたのである。

 それを止めたのはジルヴォルであった。ジルヴォルはエクトルに対し五年の準備期間をかけて、王家のみならず中央貴族を滅ぼそうと進言してきたのだ。

 暴発しようとする地方貴族達に五年後に蜂起することを伝え、その手で復讐させることを確約したのである。そこから地方の者達は完全に中央貴族達を敵と見做し、細心の注意を払ってきた。それが効果を発揮して、子供が虐待の結果死亡すると言うことは一気に減っていくことになったのである。エクトルが間に入り、時には中央貴族達に頭を下げて、子供達を庇った。その姿に地方の者達も耐えに耐えたのである。


 その溜まりに溜まった憎悪はジルヴォルがザーベイル辺境伯を継いだことを合図として爆発したのである。

 ジルヴォルは地方貴族達に一つの条件・・・・・を確約させた。その条件に地方貴族達は反発の声を上げようとしたが、ジルヴォルの顔を見て、その反発の言葉を発することはできなかった。

 ジルヴォルの無念さが握りしめた拳から滴り落ちる血を見ることで察してしまったのだ。ジルヴォルは既に中央を滅ぼしたのことを見据えており、そのために条件を出さねばならなかった事に思い至った地方貴族達は自分達よりもはるかに年若い少年に背追い込ませようとしている自分達の行いを恥じたのである。


「そうだな。感傷に浸るのは死んでからにしよう」

「儂はカジネルト一族を族滅して、イアンの仇を打つことができましたからな。むしろあの世でイアンに胸を張れると思えば、いつ死が訪れようとも後悔はないですわい」


 カークゴル子爵はそう言って狂気が含まれた笑みを浮かべた。


 カークゴル子爵はカジネルト侯爵夫婦を王城で殺害した後、カジネルト侯爵の家族を皆殺しにし、その後合流した自らの軍を持って、カジネルト侯爵領へと攻め込みカジネルト一族を殺戮していった。それだけでなくカジネルト侯爵家に仕えていた者達も同様に容赦なく報復を行なって言ったのである。

 復讐が終わった時、カークゴル子爵は妙にすっきりしたような表情になり、その後は理性を取り戻したように落ち着いた態度へとなった。

 しかし、その落ち着きはあくまで平時であり、戦時になっては狂気をのぞかせる事もある。


「さて、それでは……ルクルトを処刑・・するか」


 エクトルの声にカークゴル子爵ら幕僚達は一斉に立ち上がり指示を出す。


 全員がフラスタル帝国の様子をじっと見ていると、フラスタル帝国軍内部・・からいくつかの光が見えた。


 その光を見た時、全員がニヤリと嗤う。それは肉食獣が獲物を見定めた時の者に似ている。


「皆のもの!! 今、この時をもってフラスタルの大義名分は崩れた!!」

『応!!』


 エクトルの言葉に将兵達が一斉に答える。


「フラスタルのアホウ共に思い知らせてやろうではないか!! 誰の庭先に土足で上り込んでいるのかをな!!」

『応!!』

「さぁ、皆のもの……蛮勇を誇るがいい!! 我らの土地を踏み躙ろうとするアホウ共に今一度思い知らせてやろうではないか!! 我らザーベイルの恐ろしさを記憶ではなく魂に刻んでやれ!!」

『応!!』

「全軍!! 突撃!!」

『うぉォォォォぉぉぉ!!!!』


 エクトルの号令が発せられるとザーベイル軍が堰を切ったように突撃を開始する。ザーベイル軍は濁流と化しフラスタル軍へと襲いかかった。


 通常では、ザーベイル軍はこのような突撃は決して行われない。だが、この時エクトルは迷わず全軍突撃を命じたのである。


 この突撃にフラスタル軍は奇妙に迎撃の動きが鈍い。部隊によっては対応が早いものもあるが、奇妙に遅いもの、そして全く動かないものなどフラスタル軍内部で全く統制の取れてない動きが見えた。


 そのような状況では勝負になるはずもなく最初の激突、いやザーベイル軍が与えた痛撃がそのまま伝わり、フラスタル軍はあっさりと総崩れになった。


 戦いが始まってわずか三時間後に第三次フランギスク会戦はザーベイル軍の勝利が確定した。


 

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