第63話 最凶と最凶③

 ジオルグ達がミレスベルスに到着して二日後に会談が行われることになった。


(フラスタル帝国の侵攻に対して、ザーベイル軍は国境沿いで迎え撃つということだが……フラスタル軍七万に対し、ザーベイル軍は三万。普通に考えれば勝つのは難しいし、勝ったとしても相当な損害が生じるな。そして最も重要なことは、会戦が長引くのは間違いない)


 ジオルグは自分の計画通りに自体が進行していることに対して笑みが溢れるようなことはなかった。ジルヴォルが何かしらの手を打っており、この状況をひっくり返すのではないかという考えがどうしても消すことができないでいたのである。


 その思考が部下達にも伝わっているのであろう、会談に臨む者は誰も気を緩めるようなことはしない。


 唯一の例外はデミトルである。デミトルはジオルグとの取引によりジルヴォルに助命嘆願が行われることになっており、すでに自分の身の安全が確定していると捉えているのである。


「さて、それではいくぞ」


 ジオルグの言葉を受けて配下の者達は一斉に一礼する。随行員達は顔をこわばらせて歩き出したジオルグへ付き従う。


 今回、連れてきた者達全員を引き連れて宿舎をでたジオルグ達はそのまま王城の会談の場へと向かう。

 ザーベイル王国の文官達がジオルグ達をみるたびに一礼していく。ジオルグを見た時の文官達の表情は皆まず驚きの表情へと変わる。あまりにもジオルグが若いために驚いているのであろう。


(侮る様子はないか……ちっ)


 ジオルグは文官達の様子から驚きはあるが、その表情に侮りがないことに、相手の油断はなさそうであることを心の中で舌打ちする。若干17歳の若造が特使としてこの場にきたことに対して、油断してくれればそこをつくことができるというのに、これではそれはできない。


(ジルヴォル王は俺がいくつかの手を打ったことを気づいていると見るべきだな)


 ジオルグはそう判断する。部下達の油断が感じられないのは、ジルヴォルがそのように言明したからであろう。もしくはジルヴォルの会談に臨む姿勢を部下達が感じ取り、油断とは対極の心境を作り上げたのかもしれない。


「こちらにございます」


 案内役の文官が扉の前で告げると躊躇なく扉を開ける。ジオルグの目に会談の席が目に入る。


 15メートルほどの長さの巨大なテーブルがあり、その中央に豪奢な椅子があり、そこを中心に幾つかの席が並べられている。状況から考えてその席がジルヴォルの席であるのは間違い無いだろう。


 その対面上に席が設けられている。それがジオルグの席であることを察した。


 使用人と思われる男性がジオルグの席を引いて着席を促したことでジオルグの考えが正しいことが証明された。


 ジオルグはその席に着席すると文官達がジオルグの左右に分かれて着席する。


(武器のチェックは無し……信頼と取るべきかな? 油断……余裕……どれだ?)


 ジオルグは着席して武器の有無の確認がなかったことに対して考えを巡らした。もちろんジオルグ達は武器の使用など全く考えていない。そのためジオルグも文官達も武器を持ち込んではいない。だがジオルグの配下の者達は匕首を持ち込んでいるのである。

 もちろん、ジルヴォルの暗殺など微塵も考えてはいない。だが、相手がそうとは限らない以上、ジオルグを守るという目的のためにどうしても譲れないものである。


「おい、私の席はないのか?」


 背後でデミトルが空気も読まずに声を発する。デミトルは死刑囚の立場である。それにもかかわらず、なぜ自分の席があると考えられるのか理解に苦しむレベルであるが、自分はガルヴェイトの客分であると勝手に思い込んでいるのである。


「……」


 そこにカインがデミトルの耳元で何かをつぶやくとデミトルは顔をこわばらせ、静かになった。


(早々に退場させるか)


 ジオルグはデミトルを煩わしいハエのように捉えているようで、会談が始まった時にジルヴォルに集中するためにはデミトルの存在が邪魔以外の何ものでもない。


「陛下が間もなく参られます」


 文官の報告にジオルグは頷き、文官達の体に緊張が走る。


 ギィ……


 扉の開く音が響くとジオルグ達ガルヴェイト側は席を立ち一礼する。


 コツコツ……


 ジオルグの正面で足音が止まり、席に座る音が聞こえる。


「ガルヴェイトの特使達よ。面を上げられよ」


 ジオルグの正面から発せられた覇気ある声にガルヴェイトの文官達はゴクリと喉を鳴らすのをジオルグはとらえた。


 ジオルグが顔を上げると目の前にジオルグと同年代の少年がいた。


(これがジルヴォル=ザーベイルか)


 ジオルグはジルヴォルの姿を見て緊張している自分に気がついた。ジルヴォルからは特に威圧する空気は感じないのに、まるでジオルグの本能が目の前の少年を限りなく危険な存在であると認識したのである。


(この男が……ジオルグ=ザーフィング……油断できん男だ)


 一方でジルヴォルもジオルグの姿を見た時に、ほぼジオルグと同様の印象を受けていた。


「初めて御意を得ます。ジルヴォル陛下……、ガルヴェイト王国特使ジオルグ=ザーフィングでございます」


 ジオルグは一礼して挨拶を行うとジルヴォルも即返す。


「ザーベイル王国初代国王、ジルヴォル=ザーベイルだ」


 ジルヴォルの声には王としての風格が確かに感じられる。ジルヴォルは手でジオルグに着席を促すとジオルグ達は全員着席した。


「まずはザーベイル王国の建国誠におめでとうございます。ガルヴェイト王国を代表してお祝いの言葉を述べさせていただきます」

「ふむ、ガルヴェイト王国の祝辞ありがたくいただこう」


 ジオルグからの祝辞にジルヴォルは口角をわずかに上げ返答する。


「さてガルヴェイト王国のアルゼイス王はザーベイル王国との国交樹立を願っております」

「それは有難い。我が国の状況はザーフィング特使もご存知であろう?」

「はい。この状況で会談に応じていただき誠に感謝の言葉もございません」

「そうなのだよ。この状況は我が国にとってあまりにも不利な状況なのだよ。もしガルヴェイト王国がこの機会を機に我々に不平等な条件を提示された場合に断ることができない」

「確かにその通りですがご安心を。我が国は相手の窮地に有利な条件を出すようなことはしませんので」

「ふ、確かにそうかもしれんが、私としてはザーフィング特使の言葉をそのまま頭から信じるのはやはりどうも面白くない」

「面白くない?」


 ジオルグの返答に警戒の響きが含まれた。


「ふ、そう身構えないでいただきたいものだ。私は別にザーフィング特使達に危害を加えることなど微塵も思っていない。ただ会談を本格的に進めるのに、もう少し時間をいただきたいのだよ」


 ジルヴォルの提案にジオルグだけでなくガルヴェイト一行は顔を見合わせた。ジオルグは軽く視線を走らせてザーベイル側の文官達の表情を確認するとザーベイルの文官達も驚きの表情を浮かべていた。


「それはどれほどですか?」

「なに、そろそろだよ」


 ジルヴォルが言い終わってすぐに何者かが駆けつけてくる足音が響いてきた。


 バタン!!


 扉が大きく開け放たれ全員の視線が、いや、ジオルグとジルヴォル以外の視線が扉に集中する。そこには一人の騎士が息を切らせながら立っていた。


「申し上げます!! お味方大勝利でございます!! 首魁ルクルト、敵将コードランスを討ち取りました!! なお総大将エクトル様の命によりただいま残敵掃討を行なっております!!」


 騎士のもたらした報告にザーベイル側から歓声が上がった。文官達からすれば国の存亡をかけた戦いの勝敗が気にならないわけがない。そこにもたらされた勝利の報にわき立つのは当然と言うものである。


 この喧騒の中でジオルグとジルヴォルは一瞬たりとも互いに視線をはずさなかった。それは一瞬でも目を逸らすことが即敗北につながると認識しているゆえである。


「これで五分・・……だな。さぁ会談を始めようか」

(ちっ…やられた。やはり手を打っていたか)


 ジルヴォルの言葉にジオルグは心の中で舌打ちした。


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