第62話 最凶と最凶②
ジオルグはザーベイル王国の王都である『ミレスベルス』へと向け出発した。一行は3台の馬車を連ねたものである。1台目にはジオルグ、2台目にはデミトルとアーゼイン、三台目には文官達が乗っている。
もちろん治安が大幅に低下した地域である旧中央貴族領を通行するために、護衛に騎士達がついている。
ミレスベルスまでは馬車で約二週間という日程だ。
「それにしてもレヴァルドさん達は運が悪いですね」
ロイの声には同情の要素が多分に含まれている。レヴァルドとはジオルグの配下であり、デミトルとアーゼインの乗る馬車に乗っているのである。アーゼインの正体をしったデミトルとすればアーゼインに対し、当然敵意を持っているし、アーゼインもデミトルに対して非好意的であるため、馬車内の空気は最悪であるのは間違いない。
その最悪の空気にレヴァルド達は割り振られているのだから、心地良い旅程とは程遠いものであろう
だが、デミトルとアーゼインは今回の交渉において一定の役割を果たす
その意味では選出された三人はジオルグから見て信頼されているといえる。そのことをレヴァルド達もわかってはいるのだが、それでも不愉快な連中と二週間を一緒に過ごさねばならないことは面白くないというのが本音であろう。
ただ二週間という旅程の間にもジオルグの元には次々と配下からの情報が舞い込んできていた。
ジオルグの乗る馬車は簡易的な執務室となり、ジオルグは次々と情報を精査し、判断の基準としていく。
馬車という乗り物は揺れる乗り物であり、通常であればとても執務を行えるような状況ではないのだが、ジオルグは長年の訓練により、相当な揺れであっても執務を行うことができた。
「ん?」
「いかがなされました?」
ジオルグの言葉にアイシャが即座に尋ねた。現在、ジオルグの乗る馬車にはジオルグの他にロイ、アイシャ、カインとライドの四人がおり、ジオルグの執務の補佐をしているのだ。
「揺れが小さくなったな」
「そう言われれば」
「どうやらザーベイル王国に入ったようだな」
ジオルグの言葉に他の四人は視線を交わすと互いに頷いた。ジオルグの言った通り、ザーベイル王国は旧中央貴族領を全く無視しているために、道路整備が全く行われなかったために揺れがひどかったのである。
ところがザーベイル王国ではそうではない。ジルヴォルは街道の整備をきちんと行っているためにそこを走る馬車は快適さが大きく向上するのである。
「実にわかりやすいものですね。ここまで徹底してれば旧中央貴族領の領民達の中にはザーベイルへの移住を求めるものが増えるのではないですかね?」
ロイの言葉にジオルグが頷く。
「それはかなりの数になるだろうな。ソシュアが即位したとはいえ、それは安定をもたらすものではない。ソシュア達にとってザーベイルと敵対している以上、軍事に力を割かざるを得ない。道路の整備などは後回しになるのは自明だ」
ジオルグの言葉にロイはため息をつく。
「どう考えても詰んでますよね」
「ああ、ロイのいう通りだ。ソシュアはどう考えても詰んでいる」
「それを演出したのはジオルグ様ですよね?」
「人聞きの悪いことをいうな。ソシュアに王位を譲ったのは
「いや〜違うと思いますよ。少なくともデミトルはそんなこと全く思っていないでしょうよ」
ロイは呆れたような表情と声で言うとジオルグはニヤリと嗤う。
「さっきも言ったろう? デミトルの意思など何の意味もなさない。大事なのはデミトルの意思に基づいてソシュアが即位したという
ジオルグの言葉に四人は苦笑を浮かべる。内幕を知る四人にしてみればジオルグの言葉は
「ん? これは……」
ライドが一つの報告文書を見て、ポツリと言う。
「どうした?」
「はっ、こちらを」
ライドはジオルグへ文書を渡す。渡された文書をジオルグは目を通していく。
「どうやらフラスタル帝国が侵攻を開始したようだな」
ジオルグの言葉に四人は頷いた。当初の予定通りに会談に合わせてフラスタル帝国の侵攻が行われ、ジオルグの計画通りに事が進んでいるように思われたからである。
「ここまでは一応予定通りだ」
「ですが……お
カインの言葉にジオルグは難しい表情を浮かべた。
「ああ、ここでジルヴォル王が自ら出陣すれば、私達の交渉相手が変わるかもしれんな」
「それならそれで楽になるのでは?」
「ああ、ジルヴォル王でなければ、かなり楽になるかもしれんな。だが、逆に出ないのであればそれはザーベイル王国の人材の厚さを示すことになる」
「それは十分にあり得ると思います。前辺境伯であったエクトル=ザーベイルは未だ健在です」
「ああ、それにジルヴォル王にはユアンという弟がいる。情報では弟も中々の実力者という話だ」
ジオルグの言葉にカインは少し考え込む仕草を見せた。
「どうした?」
「そのユアンをジルヴォル王に噛み付かせようとすればと考えたのですが、お屋形様がその手を取ろうとしないのはなぜかと思いまして」
カインの言葉にジオルグは苦笑を浮かべた。
「その手は当然考えたのだが、結論とすればそれは諦めた」
「何かあったのですか?」
「ありとあらゆる情報を組み合わせてみたが、ユアンはジルヴォルに噛み付くことは絶対にない」
「それだけジルヴォル王が恐ろしいと?」
カインの言葉にジオルグは首を横に振った。
「いや、むしろユアンがジルヴォル王を慕っている。部下に対しても『兄は素晴らしい』という類のことしか言っていない」
「劣等感すら抱いていないと?」
「ああ、そのような感じは一切ない。むしろジルヴォル王へ侮辱に対しては本人以上に激昂する傾向がある」
「それほどですか……」
ジオルグの意見にカインは考え込むように言う。
年の近い兄弟はある意味最も身近なライバルだ。当主にならなかったならば一生道具として扱われる以上、蹴落としにかかるというのは貴族社会にとってそれほど珍しいことではない。
「いずれにせよ。フラスタル帝国の侵攻に対してジルヴォル王が出陣しないというのならば勝利を確信する
ジオルグの言葉に四人は視線を交わした。今回のフラスタル帝国の侵攻は過去よりも大規模なものだ。それに対しても必勝の策があると考えているというのならばその必勝の策が気にかかるというのも当然である。
「いずれにせよ、あと三日で答えがわかる」
ジオルグがそういうと四人は頷き執務を再開した。
三日後、ミレスベルスに到着したジオルグの元に『会談は予定通りジルヴォル王も参加する』という報告が届けられた。
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