第61話 最凶と最凶①

「ジオルグ、いよいよ明日出立だな」


 イルザムは自身の執務室でジオルグへと親し気に声をかける。イルザムの言葉に顔を綻ばせて一礼する。


「はい。できることはやっておりますので心配はないと思うのですが……」


 ジオルグはそう返答するがやや歯切れが悪い。その様子にイルザムも表情を引き締めた。


「配下の者達の情報を精査した結果、上手くいっているのだろう?」

「はい。そろそろ、フラスタル帝国の軍事行動はほぼ間違いないと思われます」

「うむ、その報告は受けている。兵糧や軍需物資を確保に急激に動き出しているのは確実、その物資や物価の上昇率を考えればその派遣軍の将兵数は約七〜八万というところなのだろう?」

「はい、これまでの派遣軍よりも遥かに多い将兵数です。おそらく、ギルドルク王国で動乱が起こった時に侵攻を計画していたようです」

「だが……できなかった。ザーベイルの動きが想定よりも遥かに早く旧支配者達を排除してしまったからな」


 イルザムの言葉にジオルグは頷いた。


 イルザムのいうとおり、混乱に乗じて侵攻しようとしたのにも関わらず、ザーベイルの動きが早く隙をつく事ができなかったのだ。それも旧支配者達を駆逐した後に、ザーベイルは旧中央貴族領の支配を一切行わなかった事が大きい。

 支配を現段階で行わなかったことで支配のために人的資源をそちらに振り分けることなくザーベイルは建国の混乱を完全に乗り切っている。


「これはフラスタル帝国にとっても想定外であったと思われます。隙を衝こうとしたが、ザーベイル自体は全く揺るがなかったのですから」

「ふむ、フラスタルはギルドルクを手に入れるにはどうしてもザーベイルを抜かねばならぬからな」

「はい。だからこそ元々はギルドルク王国はそこに最も信頼のおけるザーベイル家を配置したのです。その期待をザーベイル家は常に応えてきましたが、その重要度を当のギルドルク王国自体が忘れてしまった」

「忠誠を当然と思った事がそもそもの誤りだな」


 イルザムの脳裏に父との会話が思い出される。忠臣の忠誠心に応えなければ王たる資格なしというのは統治の基本であることをイルザムは噛み締める思位である。


「本来であれば、フラスタルは動乱に対してそこで手詰まりになるはずだった……だが、ここでジルヴォル王の一手で周辺国を躍らせることになったな」

「はい……正直なところ、本当にこのような手を打つとは思っても見ませんでした」

「ジオルグも虚をつかれたか?」

「はい。想定としては『やるかもしれない』という思いは確かにありましたが、実際にやるには相当な決断力が必要です。捕らえた王族を同時・・にばら撒くなどおそろしい精神力です」

「確かにな。ばら撒かれた王族達が連携してしまえばザーベイルの滅亡は必至だった」

「しかし、ジルヴォル王はそれを実行しました。もちろん、アーゼインのような立場のものをルクルトとソシュアにつけているのでしょうけど、それでも実行に移す決断はできるものではございません」


 イルザムはジオルグの言葉に頷かざるを得ない。入念な計画を立て、準備を完全に整えたとしても完全に成功するということはあり得ないのだ。

 なぜならばどのような計画を実行するのは人間である。人間はどれだけ気をつけたところでミスをするし、失敗した時の不安のためにいつもの力が出すことができない時もあるのだ。


「だが……ジルヴォル王はそれをやった」

「はい。一応、こちらからも手を加えジルヴォル王の計画を乗っ取る・・・・ことには成功しましたが……」

「ジルヴォル王はそれをさらに覆す・・・・・可能性があるということをジオルグは懸念しているというわけか」


 イルザムの言葉にジオルグは頷いた。


「ジオルグ、お前は国交樹立のみでなく不可侵条約・・・・・の締結まで考えているのだな?」

「……はい」


 イルザムの問いかけにジオルグは短く返答する。そのジオルグの返答にイルザムは顔を綻ばせた。


「ジオルグ、考えてみろ。お前の勝利条件は高すぎる・・・・

「高すぎる……ですか?」

「お前のジルヴォル王への評価は正当なものだ。ジルヴォル王は間違いなく偉大な王となることだろう。そのような相手に不可侵条約まで締結を求めるというのは欲張りすぎだ。ジオルグ、父上も私もザーベイルとことを構えることに躊躇はない。現在のザーベイル王国ではなく、ギルドルク旧領を併合し、支配権を完全に確立したザーベイル王国であってもだ」


 イルザムの言葉にジオルグは無意識に背筋を伸ばす。イルザムから放たれる王たる者の覇気を感じたのである。


「王太子殿下の言われる通り、ジルヴォル王という巨大な相手であることに私も知らず知らず気負っていたようでした」

「そういうことだ」


 ジオルグの返答にイルザムは顔を綻ばせて頷いた。


「ジオルグ、ジルヴォル王は長く我らと付き合うことになる相手だ。どのような相手かを見極めるだけでなく、お前・・をどのように見せるかを考えよ」

(確かに……俺がジルヴォル王を強敵と思っているようにジルヴォル王に俺をどう見せるかを考えるべきだ)


 イルザムの言葉にジオルグはそう考える。


「承りました」


 ジオルグの返答にイルザムは力強く頷いた。


「それでは失礼致します」


 ジオルグはそう言うとイルザムの私室を退出していった。


(最凶と最凶か……)


 イルザムはジオルグの閉じた扉を見て心の中で呟いた。

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