第58話 ソシュア即位の余波②

「ふざけるな!!」


 ルクルトは報告文書を読むと激昂する。報告文書にはソシュアがギルドルク王国の女王として即位したこと。そして、その即位の正当性がデミトルによる王位が譲渡されていることで保証されていることはルクルトの誇りをこれ以上ないほど傷付けていた。


 王太子であったデミトルが自分ではなくソシュアを選んだことも気に入らないし、ソシュアがそれを受けて王位についたということも気に食わない。


 ルクルトの激昂にガロムとミユムも互いに視線を交わし困惑の表情を浮かべていた。


(どういうことだ? 何故ソシュアが即位する?)

(そもそもソシュアがレクリヤークにいることをデミトルはどうやって知ったのだ?)


 ガロムとミユムは互いに疑問を口にするわけにはいかない立場である。ジルヴォルの計画に基づき、ルクルトについてフラスタル帝国までやってきた立場だ。

 ジルヴォルの計画ではルクルトとソシュアがそれぞれ檄文を発し中央貴族の残党共を分裂させ、互いに争わせるというものであった。ジルヴォルの計画ではもちろんソシュアは王女のままで旗印として中央貴族の残党達を集めるはずであり、ルクルトと同等の立場で相争い、ギルドルク王家の醜悪さを演出しようとしていたのである。


「殿下、まずはソシュア王女殿下に即位の旨を尋ねてはいかがでしょうか?」


 ガロムの進言に対し、ルクルトは険しい視線で睨みつけた。その視線の厳しさにガロムは自らの失敗を悟った。


「貴様は何を言っているのだ!? ソシュアは兄上により王位を譲渡されたことで即位したのだぞ!!」

「しかし、デミトル殿下はルクルト殿下の生存を知らなかった故の行為やもしれません」

「そうだ!! お前達は兄上とソシュアは死んだと言っていたな? これはどういうことだ!!」


 ルクルトはそう言ってガロムを怒鳴りつけた。


(ち……クソガキが黙って担がれておけば良いものを)


 ガロムは心の中で毒づいた。だが、ルクルトの詰問には答える必要があるのは事実である。ガロムはミユムへと視線を一瞬向けるとミユムは目で応える。


「実はデミトル殿下とソシュア王女はザーベイルで行方を探したのですが見つけることはできなかったのです」

「ふざけるな!! 実際に兄上もソシュアも生きていたではないか!!」

「それを言われれば……我らの落ち度であるのは間違いございません。ですが、あの混乱の中では仕方のないことです!!」

「な……貴様」


 ガロムの返答にルクルトは怒りのあまり声が詰まる。この状況で反論されたことが怒りに拍車をかけるのである。


「落ち着け!! ガロム!! 殿下への不敬にあたるぞ!!」

「あ……も、申し訳ございません」


 ミユムが嗜めるとガロムは恐縮したようにルクルトへ謝罪する。その様子にルクルトも少しばかり冷静さを取り戻したようであった。


「殿下、お怒りはごもっともでございますが、殿下達は独房に入れられておりました。ジルヴォルは完全な情報統制を行っておりました。ジルヴォルは全く支離滅裂な噂を流し続け、殺された。病死した。生きている。快調された。など……その情報の混乱は凄まじいものでした」

「確かに……あの時……ジルヴォルは言ったな」


 ミユムの説明にルクルトは沈黙する。ガルスマイス公爵家の滅亡を伝えにきた時に情報を管理している・・・・・・・・・という発言があったのを思い出し、それが自分達のみならず外部に発信されたと考えるのはルクルトにとって自然の選択であった。


「我々は残念ですが……収監されている独房に殿下がいるとは確信が持てませんでした。ギルドルクの貴人が収監されているという噂話を元にすがるような気持ちでお救いに行ったのです」

「……」

「私達は組織ではなく個々で動いておりました。その中には噂を信じ既に殿下達が処刑されたと思い、諦めたもの達もいたことでしょう」


 ミユムの説明をルクルトは黙って聞いている。このミユムの説明は通常であれば疑いを持つレベルのものではある。

 例えばそのような情報が錯綜している状況で、貴人が収監されている場所がどこにあるのかどうしてわかったのか?そのような疑問が当然のように生じるのだが、現在、ルクルトにとってジルヴォルという存在は限りなく大きくなっており、ジルヴォルの名前が出ただけ・・・・で、『あり得る』ということになってしまうのである。そのため、ジルヴォルが何かをしたのだろうというように考えてしまい、一種の思考停止状態に陥らせられているのである。そのため、冷静にもしくは客観的な視点があればミユムの言葉に疑いを持つのに、それができないのである。


「殿下が動揺を示すのは当然です。何故ならば我らも殿下同様に動揺しているからでございます。では……今後はどう動かれます?」


 ルクルトの動揺を見てとったミユムは即座に次の話題へと移す。しかも、問いかけるという方式で質問に意識を向け、疑問から少しでも早く話を逸らすのである。


「今後?」


 ルクルトの怪訝な声にミユムは心の中でニヤリと嗤う。ミユムの目論見通り、意識が質問に向いたことを察したのである。


「はっ!! 王女殿下と手を組むのか。それとも反目するのかということでございます」

「ソシュアと……?」

「はい。もし手を組むというのならばルクルト殿下は王女殿下の下につかねばなりません」

「な、なぜだ!?」

「無念ではありますが、デミトル殿下が王女殿下に王位を譲ったことで……理はあちらにあります」


 ミユムの言葉にルクルトは顔を歪める。


「そんなことはできない!! 妹の風下に立つようなことはできない!!」

「それでは……王女殿下と袂を分つと?」

「……恭順を求める」

「恭順ですか? 殿下それは現実的ではございません。王女殿下に我らに恭順する道理も利益もございません」

「それは……ザーベイルを滅ぼすことで可能だ」

「殿下、それはつまり……フラスタルの出兵を急がせる・・・・ということですか?」


 ミユムの言葉にルクルトは顔を大きく歪めて嗤う。


「そうだ。フラスタルもソシュアが即位したこの状況を出遅れたと見ているはずだ。時間が経てば経つほどソシュアの勢力は大きくなる。それをフラスタル帝国も面白いとは思わないはずだ。ザーベイル勢力はギルドルク王国の三分の一に過ぎない。フラスタル帝国もそれを理解しているだろうから、準備が万端でなくても大丈夫とみるはずだ」


 ルクルトの言葉をガロムもミユムも頷いた。


「ガロム、ミユム。皇帝陛下への謁見を整えろ。私が出兵を急ぐことを求める」

「はっ!!」

「承りました!!」


 ガロムとミユムは揃って頭を下げる。下げた時に二人の視線が交わった。互いに一抹の不安をその視線に含まれているのを察していた。 

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