第59話 ソシュア即位の余波③

「今頃は皇帝との謁見だな」


 ガロムの吐き捨てるような言葉にミユムは皮肉気に嗤う。


「しかし、何を差し出すつもりかな?」

「ルクルトはザーベイル王国とか言っていたが、当然それで済むはずはない」

「ああ、普通に考えて旧中央所領の半分は要求してくるだろうな」

「やはりお前もそう思うか」

「ルクルトは想定していないだろうな。だが、フラスタル帝国がそんなルクルトの気持ちに寄り添ってあげる必要などないからな」


 ガロムとミユムの口調には毒がたっぷりと含まれている。ルクルトの求めに応じてフラスタル帝国皇帝であるリューベス3世との会談を求め受け入れられた。

 現在のルクルトはフラスタル帝国の宮城に滞在を許されているとはいえ、いわば客分であり、何の力もない少年でしかないのだ。そのルクルトが要望したくらいでリューベス3世が即座に会うということは本来あり得ないのである。


 だが、今回はすんなりと会うことができたということは、ガロムとミユムにしてみれば何かしらの意図があるのは当然という認識であった。


 フラスタル側にしてみればソシュアの即位により急速に価値を失っていくルクルトが泣きついてきたようなものであり、ザーベイル王国を滅ぼした後にギルドルク王国のどの権益を求めるかと舌なめずりしている状況なのだ。


「リューベス3世は優秀な為政者だ。軍事にはそれほど明るくないが、統治者として十分すぎるほどの能力を有している」

「ああ、現在のルクルトでは全く歯が立たぬであろうな」

「当然だ。年季が違うからな」


 ガロムもミユムもリューベス3世を過小評価するようなことはしない。二人はルクルトに対しても過小評価しているわけではない。だが、現時点でリューベス3世にルクルトは遠く及ばないことを理解しているのである。


「しかし、妙なことになったものだ」


 ガロムのしみじみとした言葉にミユムも頷いた。


 二人にしてみれば、ソシュアが即位するなどとは完全に想定外であったのだ。これはソシュアという少女が権力に対して執着を示す為人でないという評価に加えて、兄二人がいる以上、王位など考えたこともないはずであったからだ。


「ジルヴォル様からの新たな指示がない以上、我々とすればこのままいくしかないな」

「ああ、それでも……大筋では計画は破綻していないのは不思議だな」


 ミユムの意見にガロムは頷いた。


「俺は不思議どころか不気味に感じてる。何というか誰かに仕組まれているのではないかという疑念をどうしても消せんのだ」


 ガロムはそういうとブルリと身を震わせた。


「俺もだ。だが俺たちではそれに対処できない。ソシュアの即位が何者かの計略なのか、それともソシュアの意思によるものなのか、それともジルヴォル様の計画なのかも何もかも判断できないくらいだからな」


 ミユムはそう言ってため息をついた。


 二人にしてみれば、現在の状況がジルヴォルにとって、いやザーベイルにとって利益となっているのかどうかいくら考えても判断がつかないのである。これは二人にとって大きなストレスであるのは間違いない。


 コンコン……


 そこに部屋の扉が叩かれると二人は立ち上がった。


「お待たせいたしました。皇帝陛下とルクルト殿下の会見が終わりました」


 文官が一礼して会見の終了を伝えてきた。


「ありがとうございます」


 ガロムとミユムはその文官に頭を下げて謝意をしめした。この辺り、ガロムとミユムは礼儀正しい行いを心がけている。自分達が横柄な態度をとることでフラスタルが出兵を見送るようなことになれば主君であるジルヴォルに迷惑がかかると思えばどうということもない。


「ルクルト殿下は翡翠の間でお二人をお待ちしております」

「承知いたしました」


 文官に改めて礼をいうと文官もまた一礼して行ってしまう。


「それではいくとするか」

「ああ、何をふっかけられたかを確認しとかねばな」


 ガロムとミユムはそういうと翡翠の間に向かう。


 翡翠の間にいるルクルトに一礼するとルクルトは妙に清々しい顔を二人に向けた。


「お疲れ様でございました」


 ガロムがルクルトへ一礼しつつ言う。


「うむ、何とか出兵を急いでもらうことには同意してもらえた」

「おおっ!! 流石でございます!!」


 ルクルトの得意気な表情と声に対して、ガロムとミユムは賛辞を送る。二人の賛辞に気をよくしたのだろう、ルクルトの機嫌はさらに良くなった。


「殿下、それで出兵の見返りはどれほどのものなのです?」


 ミユムの問いかけにルクルトはニヤリと嗤って答える。


「ザーベイルの全領土、それに加えて旧ガルスマイス公爵領だ」

「……っ」


 ルクルトの返答に対し、ガロムとミユムは咄嗟に声が出せない。ガルスマイス公爵領は広大な領地であることに加え、ギルドルク王国最大の国際貿易港である『ハルトムイル港』があるのである。そこをフラスタル帝国に与えることはギルドルク王国の国力を大きく削ぐ行為であり、言葉を選ばなければ『売国奴』と言われても仕方のないことである。


 二人の驚愕の表情を見て、ルクルトはまたしてもニヤリと嗤う。


「仕方のないことだ」

「しかし、ガルスマイス公爵領を割譲するとなれば、『ハルトムイル港』も……」

「心配するな。ハルトムイル港は含まれていない」

「え?」

「既にガルスマイス公爵領など存在せぬであろう?」

「殿下……それはどういう?」


 ルクルトの言葉に二人は首を傾げている。


「お前達は土地相続法を忘れたのか?」

「まさか……第3条を?」


 ガロムが恐る恐る問いかけたことにルクルトは頷いた。ギルドルク王国の法律である土地相続法3条に『土地などの不動産は相続発生から一年までの間に新たな所有者が決まらない場合は対象不動産は国庫に帰属するものとする』という条文があるのだ。ルクルトはその条文を使用して、ハルトムイル港を相続人未確認として国庫に帰属したと主張するつもりなのだ。


(こいつは正気か?)

(法的にはそうでもその主張を通すだけの力がお前にはないだろうが)


 ガロムとミユムは心の中でルクルトの行為を罵る。やっているのは詐欺そのものであるし、フラスタル帝国が怒り狂うのは間違いない。


(こいつはフラスタルを舐めている……ザーベイル家がフラスタル帝国の侵攻を何度も防いでいたことで過小評価している)

(ここまで恥知らずな策を取ろうとしているとはな)

「心配するな」

「え?」


 ガロムとミユムがむずかしい顔をしたことに気付いたのだろう。ルクルトは得意気な調子を崩さない。


「フラスタル帝国といえどもザーベイルを滅ぼすのは至難の業だ。そのまま、ギルドルク王国と戦えばどうなると思う?」

「それは……もちろん。ことを構える余力など残りますまい」

「そう言うことだ」

「なるほど、深い考えがあってのことでしたか。感服いたしました」


 ルクルトの言葉にガロムとミユムは納得したように一礼する。もちろん、内心では軽蔑の念に満ちているのだが、それを表面に出すようなことはしない。


「それでは出兵はいつ頃になりそうなのですか?」


 ガロムの問いかけにルクルトは返答する。


「出兵は三ヶ月後・・・・だ」


 ルクルトの言葉に二人は一礼した。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「しかし、ルクルトは自分のやっていることが何を意味するか根本的なことがわかっていないな」

「所詮はあの王家の人間というわけさ」


 ガロムとミユムは自室にて声を顰めて話している。


「もし、俺たちが本当にルクルトに仕えていれば絶望するだろうな」

「まぁな、ギルドルクに未来が描けないな」

「フラスタル帝国は実際に強い。それを撃退できたのはザーベイル家の方々の尽力のおかげだ。そのことを知らぬからルクルトはあのようなことができる」

「ふ、どのみち三ヶ月後にはルクルトはジルヴォル様により処刑されることになる」

「ああ、捕らえる・・・・瞬間が楽しみだよ」

「全くだ」


 ガロムとミユムはそう言って嗤う。元々、ルクルトに対して好意的ではなかったが、今回の件により完全に見限っている。二人はジルヴォルの命によりルクルトについているだけなので全く見限るのに躊躇はないのである。


 コンコン……


 そこに扉を叩く音が響く。


「はい」


 ガロムが返答するとガチャリと扉が開き、そこにシャリスが立っていた。


「シャリス!!」

「お前、どうしてここに?」


 ガロムとミユムの弾んだ声にシャリスは顔を綻ばせた。


「ああ、檄文を持って回っていたがな」

「やはりうまく行かなかったか?」

「ああ、ソシュアの即位のおかげでな」

「そうか。ソシュアの元にどんどん残党が集まっているという感じか?」


 ガロムの問いかけにシャリスは頷いた。


「ああ、急速に集まっている。リョシュアも苦労しているようだ」

「やっぱりか」

「ああ、急激に勢力が膨れ上がっているらしくてな。リョシュアとかに対して当たりが厳しくなっているようだ」

「それはまた……命知らずだな」

「全くだ。あいつの怖さを知らんなんてな」


 シャリスは肩をすくめながら返答する。その様子は妙におどけたものであり、二人はついつい笑みがもれる。


「それで、ここに戻ってきたというのは何か新たな指令があったのか?」


 ガロムの言葉にシャリスは頷いた。


「ジルヴォル様より新たな指令・・・・・だ」

「ほう」


 ジルヴォルの名が出たことで二人は背筋を伸ばした。

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