第57話 ソシュア即位の余波①
「ソシュアが即位……か」
ジルヴォルは報告を受けて呟いた。その声には意表を突かれたというような純粋な驚きがあった。
「陛下、まさかデミトルが王位をソシュアに譲るとは……」
エルヴィスもジルヴォル同様に驚きを隠せないでいた。リョシュアの報告でソシュアが即位した状況を二人とも把握していた。
「ああ、完全に予想外だった。だが、当然ながらこれはガルヴェイトの思惑が入っているな」
「やはりガルヴェイトですか?」
「それは間違いないな。でなければデミトルがソシュアに王位を譲るなどということを考えるわけはないからな」
「はい。ではどうやってガルヴェイトはデミトルに書状を書かせたのでしょう?」
「そして、何のために……だ」
ジルヴォルの言葉にエルヴィスはゴクリと喉を鳴らす。
(そう……問題は何のためにデミトルに書状を書かせたのか? ソシュアが即位を宣言したところでガルヴェイトにどのような利益が生じる?)
ジルヴォルはガルヴェイトの利益を考えるが思いつかない。ガルヴェイトが利益を手っ取り早く上げようとすればデミトルに即位を宣言させればそれで良いのである。ところが即位したのはソシュアであり、ガルヴェイトには何ら利益をもたらなさない即位である。
(利益ではない……か。ならば、一体……何の目的だ?)
ジルヴォルはここで立ち上がりコツコツと歩き回り始める。その様子をエルヴィスは黙って見ている。エルヴィスにしてみればここで迂闊に声をかけることはジルヴォルの思案の邪魔になるという考えから声をかけることができないでいる。
(ジオルグ=ザーフィングが関わっているのは間違いない)
ここでジルヴォルはジオルグの存在に意識を向ける。ジオルグの調査を命じ、手に入れた情報は市井レベルのものではあるが、ジルヴォルはジオルグ=ザーフィングという男をある程度把握していた。
ジルヴォルのジオルグの評価は『油断のできない男』というものである。ジルヴォルはジオルグが前侯爵の母親を毒殺した実の父と継母を腰斬という残虐な処刑方法で殺害した。それほどの残虐な処刑をおこなっていながらジオルグの領民からの評価は非常に高いのである。
これはジオルグが善政を敷いていると言うだけではなく、情報操作が非常に巧妙に行われているとジルヴォルは見ているのである。
「……試されてるのか?」
「え?」
ジルヴォルの思いがけない言葉にエルヴィスはつい呆けた反応をしてしまう。
「そう考えると……エルヴィス、三ヶ月ほどでフラスタル帝国が侵攻してくるぞ」
「え?……しかし、陛下の想定ではフラスタル帝国の侵攻は半年後のはず……」
「状況が変わったろう?」
「……ソシュアの即位」
エルヴィスの返答にジルヴォルは大きく頷いた。
「そうだ。ソシュアの即位によりルクルトを支援するフラスタル帝国とすれば侵攻計画を早めなければならない」
「確かに……時間が経てば経つほどソシュアの元に中央貴族の残党共が集まります。これでは当初の計画にあったルクルトとソシュアが檄文を発することで分裂を促すということができない……」
「だが……侵攻が早期に行われること以外は私の立てた当初の計画と
「あ……」
ジルヴォルの言葉にエルヴィスはようやく一言絞り出した。ジルヴォルの見立て通り、ルクルトとソシュアが一致団結することはない。だが、それはジルヴォルの計画によって為されるのではなく、ソシュアが即位した結果であり、ジルヴォルの手を離れたものであった。
これは似たものでありながら全く異なる。なぜなら、ジルヴォルの手を離れた事態がこの絵図を描いた者の手により、ザーベイルの利益か不利益になるかどちらにでも転ぶ可能性が出てきたのである。
「し、しかし、陛下」
「なんだ?」
「何故、陛下はフラスタル帝国の侵攻を三ヶ月後と判断されたのです?」
「三ヶ月後に何がある?」
「三ヶ月後……あっ!! ザーフィング侯との会談……」
「そういうことだ。デミトルの書状によってもたらされた今回の事態、ガルヴェイトの一手であることは間違いない。いや、違うな。ジオルグ=ザーフィングの一手だ」
ジルヴォルの断言にエルヴィスは戦慄せざるを得ない。ジルヴォルの計画を乗っ取り、自分が会談を有利に進めるための駒にしてしまったのである。しかも、内幕を知っている自分達であればともかく、外部から一体どのようにジオルグがジルヴォルの計画を看破したのか想像もつかないというものだ。
「では……デミトルはザーフィング侯と手を組んでいるということでしょうか?」
「その可能性は十分にあるな……。アーゼインの報告ではデミトルは
ジルヴォルはアーゼインの報告で現在のデミトルの様子を厚遇されていると受けていた。
「だが、ジオルグ=ザーフィングは情報操作に非常に長けている。アーゼインからの情報を頭から信じるのは危険だ」
「陛下はアーゼインが裏切った可能性があると?」
「いや、それはない」
エルヴィスの疑念の言葉をジルヴォルは即座に否定する。それはアーゼインへの信頼があることを示している。
「アーゼインは故意にザーフィングに有利な情報を流させられている可能性の方が高い」
「それではアーゼインからの情報はザーフィング侯により加工されたものということですか」
「そう見るのが自然だ」
ジルヴォルの言葉にエルヴィスはゴクリと喉を鳴らした。
「陛下、それではザーフィング侯が陛下を試すというのならば一体何のためにそのようなことを?」
エルヴィスの疑問にジルヴォルは口角を上げて言う。
「ガルヴェイトを舐めるなよという宣言だ」
「え?」
「デミトルを使ってガルヴェイトを駒にしようとしたことに対する意趣返しだ。ザーフィングはこちらの手を読んで邪魔することができると能力を提示した。そしてガルヴェイトと手を組みたければ今回の事態を上手く乗り切って見せろと言っているのだ」
「……な、何という」
「となれば……こちらはやることが見えてきたな」
「は?」
「会談の前後にフラスタル帝国が侵攻してくる。この状況でガルヴェイトとことを構えることはできぬ。全く見事だ。ザーフィングによってほぼ詰みの盤面だ」
「それでは……有利な条件をとられると?」
「いや、そうではない。こちらはもう一つの手を早める。そうなれば
ジルヴォルの言葉にエルヴィスはまたもゴクリと喉を鳴らした。
「ジオルグ=ザーフィング……やってくれるものだ」
ジルヴォルの声はわずかに弾んでいた。
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