第56話 女王即位

「デミトル兄様から書状!?」


 ソシュアの口から発せられた声は大きく。ソシュアの驚きを示しているように思えた。


(やはり……お兄様も私同様にジルヴォルに手引きされていたのね。お兄様はそのことをご存じなのかしら……)


 ソシュアはデミトルが生きていたことに対して生きている可能性が高いと考えていたが、書状が届いたことでそれが確信に変わったのである。


「王女殿下、してデミトル王太子殿下からの書状にはなんと」

「え? すぐ確認します」


 ソシュアは部下の言葉にデミトルからの書状を開け、中を確認する。


お兄様の字・・・・・だわ……よかった。生きていたのね。ガルヴェイトのザーフィング侯爵家にいるのね。……ザーフィングってあの代々文官を輩出している家よね。歴史はあるけど影響力はそれほどでもない……そこに預けられていると言うことはお兄様の立ち位置はガルヴェイトでは軽い……)


 ソシュアはデミトルがガルヴェイトのザーフィング家に預けられていることを知り、ガルヴェイトで立場が非常に軽いと言うことを察した。

 ザーフィング家は他国では話題になることも少なく、地味な文官の家系であるということになっている。もちろんこれは擬態であるが、この擬態が巧妙であり、他国の者達はザーフィング家の正体を知らないのである。


(今、私は国外にいてガルヴェイトの協力を得るために邁進している……どうだか……ん?)


 ソシュアは読み進めていくうちにデミトルがいかに苦労をしているかを書き連ねているが、そこに対して厳しい反応を示した。兄の性格をよく知るソシュアにしてみれば兄が自分から苦労をするというのは疑問があったのである。ソシュアは書状の文面を読み進めていくと決定的な表現を見てしまったのである。


「はぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 ソシュアはほぼ無意識に立ち上がると叫んだ。


 周囲の者達は何事かと言うような視線を向けた。


「何よこれ!? どうしてそうなるのよ!!」


 ソシュアは動揺のあまり王女としての仮面をかぶることを放棄していた。


「い、如何なされました?」

「あ、はしたない姿を見せてしまいましたね」

「いえ、それは構いません。しかし、王女殿下がそこまで取り乱すとは一体その書状に何が書いてあるのです?」

(しまった……)


 ここでソシュアは自らの失敗を悟った。自分の周囲にいる者達は自分の味方などではないであるのだ。その中で書状の中身を見せなければならない。

 これがジオルグやジルヴォルなどであれば一切の動揺を示すことなく、『無事を喜んでいる』という類のことを言って、内容を教えないだろう。

 この時点でソシュアはジオルグとジルヴォルには遠く及ばないと言うことになるのだが、ソシュア自身もジルヴォルの駒として動かされている状況を自覚しているので、そのことを知らされても納得するしかないだろう。


「デミトル兄様が私にギルドルク王国の時期王位を譲る・・と言ってきたわ」

「え!?」


 ソシュアの返答に周囲の者達は様々な反応を示した。困惑する者もいれば、喜びを浮かべている者もいる。ソシュアは周囲の者達の反応に自分の立ち位置を思い知らされると言うものだ。

 困惑しているのは、ジルヴォルの手の者達であり、喜んでいるのは、ソシュアがレクリヤーク城に入ってから参入してきた者達である。ソシュアが女王に即位すればそれだけ自分達が権力を握ることができると考えているのである。


「その書状は本物なのでしょうか?」

「どういうこと?」

「王太子殿下がいくら妹君とはいえ王位を譲るでしょうか?」


 この意見はジルヴォルの手の者であるリョシュア=アガイルからのものである。


「確かに」

「デミトル殿下は王位に就くことを嫌がっておられなかったぞ」

「と言うことは……やはり偽の書状か?」


 リョシュアの意見にやはり賛意を示したのはジルヴォルの手の者達である。


「いや、それなら王女殿下が即座に気づくはずだ。王女殿下がデミトル殿下の字を知っているはずだからな」


 そこに新規参入者のレオス=マーケインが意見を述べる。レオスはマーケイン伯爵家の分家筋にあたる出自で、本家であるマーケイン伯爵本家が全員粛清されたことで伯爵本家の相続を混乱に乗じて主張している男で、ソシュア陣営に参加したのも忠誠ではなく、自分の利益を確保するためである。


「確かに、王女殿下は書状の内容には驚かれていたが、真偽の方は疑問に思われていなかったようだったな」

「ああ、確かにそうだ」


 レオスの意見に賛同するのはやはり新規参入者達である。新規参入者にとって旗印であるソシュアがギルドルク王国の女王に即位すれば、それだけ自分達の権益を確保することができるという判断から、レオスの意見を支持しているのである。


「マーケイン殿、それは尚早というものではないか? この状況でデミトル殿下が王位を譲るだけの根拠が乏しい。何者かの謀略ではないかと慎重になるべきだ」

「アガイル殿は何を言われる!! これは千載一遇の好機というべきものだ!! 現況、我らが陣営はこのレクリヤーク城周辺をなんとか保っているに過ぎないのだ。もっと味方を集めねばならん。ソシュア王女殿下が女王陛下に即位すれば態度を決めかねている日和見主義者達もこちらに靡くではないか!!」

「それはそうだが……」

「王女殿下!! 我らには更なる旗印が必要なのでございます!! 王女殿下が女王に即位していただければどれだけ我らが勇気づけられるか!! 王として我らを率い憎きザーベイルの者共を駆逐していただきたい!!」


 レオスはリョシュアへの議論を即座に打ち切るとソシュアへと迫る。


(く……マーケインめ!! ここで私に決断を求めてくるなんて……何者かの謀略の可能性が高いというのに!! かといってここで即位しないことを宣言すればそれもまた私の生き残りの目が減る気がする)


 ソシュアは苦しい決断に迫られている。


 この決断次第で自分の今後の運命が決まってしまう。そんな予感がするのである。


(どうすれば生き残れる? この状況を……どうすれば切り抜けられる?)


 ソシュアはこの時、生涯で一番頭を回転させたかもしれない。


(私を操ろうとしているのはジルヴォルであるのは間違いない。でもこの事態はジルヴォルの想定外なのは間違いないわ。さもなければリョシュアが反対するはずないもの。そして私が生き残るにはジルヴォルの想定を超える必要がある)


 ソシュアはそう考えると自分が取るべき選択が一つであることに気づいた。


 ソシュアはその選択肢を取ることに対してゾクリとした寒気を感じた。まるで何者かに操られているようにこの選択肢を選ばされた・・・・・ような感覚である。


(誰の絵図? でも私はこの動きに乗るしかないのね)


 ソシュアは苦渋の決断をする。


「この書状を書いたのは間違いなくデミトル王太子殿下……これは王太子殿下からの指名……私には断ることにはできないわ」


 ソシュアの言葉にレオスはニヤリとした嗤いを浮かべた。


(お前のせいで私は追い詰められているというのに!! この無能者!!)


 ソシュアは心の中でレオスに対し大量の呪詛を叩きつけるが表面上は静かな態度を崩さない。


「もちろん、民を救う・・・・のが私が即位する理由。よってより・・ふさわしき者が現れるまで・・は私が王位に就きます!!」


 ソシュアの宣言に全員が一礼した。


(く……自分の未熟さが招いた事態……あの時動揺してしまった故にこんな事になってしまった)


 ソシュアは一礼する者達を見て、自分の失敗を悔やんでいた。




 ソシュアの宣言から三日後……ソシュアの即位が発表された。


 ソシュアの即位は瞬く間に国の内外を駆け巡ると二人の男の耳に入る。


 片方は眉をひそめ、もう一人はニヤリと嗤った。

 

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