第55話 怪物達②
「陛下、王太子殿下、ジオルグ=ザーフィング参りました」
王城の一室に通されたジオルグは入室すると一礼して言う。
「ジオルグ、よく来たな。まずは座れ」
ジオルグに対して親しげに声をかけるのは王太子であるイルザムである。
「今回は非公式ではあるが内容は遊びではないぞ」
「あ、そうでしたね。まずは面倒な方から片付けるとしましょう」
アルゼイスはそう言ってイルザムを嗜めるが、本気で怒っているわけではないのは明らかである。その証拠にいるザムは全くと言ってよいほど恐れ入ってはいない。
イルザムは時として軽薄な振る舞いをすることもあるのだが、能力は高く、時として冷徹な判断を下すことも必要ならば躊躇うことはない。
「それでは失礼致します」
ジオルグは二人に一礼して用意された席に座る。この二人を相手にジオルグは必要以上に構えることはないのだが、決して緩むようなことはしない。それはこの二人の恐ろしさを理解しているからである。
「それでは
着席するや否やアルゼイスがジオルグに告げる。ジオルグと呼ぶのではなくザーフィング侯と呼んだことで、これが単なる茶飲み話ではないことが示されている。
「はい。先に報告していた通り、ジルヴォル王との会談でのことにございます」
「うむ、ザーフィング侯にジルヴォル王との会談に対しては全権を委任することは先に伝えていた。その意味のわからぬザーフィング侯ではあるまい?」
アルゼイスの言葉にやや疑問の感情が含まれる。ここでいう全権というのはジルヴォル王の会談の結果は、最終的にはアルゼイスが責任を取るという宣言なのだ。そのことを理解していないジオルグではないのに、敢えて会談に対してさらに事前に了承を受けに来たジオルグに対して疑問を持ったのである。
「もちろん、陛下の言われる意図は理解しているつもりです。私が許可をもらいたいのはその範囲
「フラスタルか……」
「そしてギルドルクの残党だな?」
「はい」
ジオルグの言葉に即座にアルゼイスとイルザムが即座に私見を述べる。このあたりの判断が王も王太子も非常に早い。
「ジルヴォル王は間違いなくフラスタル帝国の介入とギルドルク残党が自分に敵対することを望んでおります。それは最終的にギルドルク中央の民達の支配権を確立するためです。ですが正当性がございません。だからこそ、崩壊した社会を再建し、秩序をもたらすことで民の圧倒的な支持を元に正当性を確立しようとしていると思われます」
「うむ」
「それは私も陛下もわかっている」
「はい。そして厄介なことにジルヴォル王としてはそれが可能とする実力を有しているのは間違い無いと思われます」
「つまり、ザーフィング侯はこの状況でガルヴェイトが擦り寄れば侮られることになりかねぬと言いたいのだな?」
アルゼイスの言葉にジオルグは頷いた。
「はい。ジルヴォル王はデミトルを使いガルヴェイトも駒にしようという意図があったようです。しかし、既に会談を申し込んだ段階でその線は消えました。現在、会談の目的をジルヴォル王には伝えておりませんので、デミトルを送り込んだことを責めるか友好関係を築くためのものか判断に迷っているものと思われます」
「ふむ、確かにな……判断に迷う。友好関係を構築したいのか否かも判断がつきづらいな。しかも、会談の日程の申し込みもまだしておらぬのだろう?」
苦笑まじりにイルザムがジオルグへと尋ねるとジオルグは頷いた。
「まったく、嫌な交渉相手だな。それでザーフィング侯のいうフラスタル帝国と残党をどう踊らせるつもりだ? そしてガルヴェイトが侮られぬようにどう手を打つ?」
イルザムは興味津々という様子でジオルグへと尋ねる。
「ソシュアに
「女王だと?」
「はい。オルタス2世が処刑されたことで、ギルドルク国王の座は空位となっております。本来であればデミトルが王太子であった以上、ギルドルク国王を継ぐ正当性があります」
「理屈としては筋は通っている……だが、ソシュアを女王にしたところで意味がないのではないか?」
「いえ、
「……確かにな。ルクルトを擁してギルドルク王国を取りたいのに、正当な女王が誕生し、それを排除したとすればフラスタルが民達の支持を得ることは不可能だ」
すこしの思案の後にイルザムはジオルグの意見に同意する。同時にアルゼイスもうなづいた。
「はい。そして時間が経てば経つほどルクルトが王として即位したとして民の支持を受けることはできなくなります。それを避けるためにフラスタル帝国は準備にかける時間がなくなります」
「それを伝えるつもりか?」
アルゼイスがジオルグへと問いかけた。その問いに対してジオルグは静かに首を横に振る。
「告げるまでもなくジルヴォル王ならば察することでしょう。そして、そのほうが彼にとってはガルヴェイトに対して侮ることはできないと判断することになるでしょう」
「なるほどな……だが、問題がある。そもそもデミトルが生きている。ソシュアが女王と言っても正当性はないだろう?」
「それは大丈夫です。こちらをご覧ください」
ジオルグはそういうと書状を二通提出する。提出された書状を開き目を通した。アルゼイスもイルザムもその書状を読んでいくうちに目を細める。
「ザーフィング侯……この書状にはソシュアにルクルトと反目するなとあるぞ?」
「こちらはルクルトに当てた書状だ……ソシュアと争うなとなっている。どちらの書状にもソシュアに王位継承権を譲るとは書いてないぞ。どういうことだ?」
アルゼイスとイルザムの疑問の言葉にジオルグは一礼する。その様子にアルゼイスはハッとした表情を浮かべた。
「ザーフィング侯……この手紙を
「はい。陛下の思った通りでございます」
ジオルグの返答にアルゼイスは苦笑を浮かべる。その様子を見てイルザムもジオルグの意図を察したのだろうニヤリとした嗤みを浮かべた。
「まったく……ザーフィング侯、卿は本当に悪辣だな」
「御言葉ですが王太子殿下、私の意図を即座に見抜くお二人も十分に悪辣でございます」
「そう言われては返す言葉もないな」
イルザムは苦笑を浮かべてそう返す。その声には気分を害した感じは一切ない。
「ふむ、どの道ジルヴォル王の計画で両者は争うことになっておったのだ。ならばそれをこちらの働きで成してやるのも悪くない」
「では?」
「ザーフィング侯の計画を許可しよう。その計画を持って交渉を有利に進めるが良い」
「御意」
ジオルグは一礼する。
「一月……というところか?」
「私も一月と見ています。それから三ヶ月といったところでフラスタルが動くと思われます」
「ならば……会談は
「はい」
「そうか。ザーフィング侯。既に告げた通り、卿には全権を与えている。その権限の中には当然、開戦する権限も含まれている」
アルゼイスの言葉はジオルグに存分にやれといっているお墨付きのようなものである。開戦を決定づける権限をジオルグに与えるということは国王代理としてジルヴォルと
これがあるとないのとでは、ジルヴォルが開戦を持ち出してきた時にジオルグとすれば引かざるを得ない。そしてそれをつけ込まれる可能性が高いのである。それを避けるための措置であるのだ。
「……ありがとうございます。信頼にお応えできるように粉骨砕身の覚悟で臨みたいと思います」
「そう気負うな。元々はジルヴォル王とは友好関係の構築に向かうものだ。いわば開戦の権限はオマケのようなものだ」
「はっ!!」
「さて、ザーフィング侯、ザーベイルとの国交樹立、期待しておるぞ」
「お任せください!!」
ジオルグはそう言うと二人に向かって一礼した。
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