第40話 三人の会話
「兄上、三人は手はず通りに」
「ご苦労」
ユアンの報告を受けてジルヴォルは一言返答する。そっけないという感じではあるが、いつものことでありユアンは決して気分を害するわけではない。
「ふむ、ここまではお前の計画通り進んでいるな」
エクトルの言葉にジルヴォルは口角を少しだけ上げて応えた。
「兄上、教えていただきたいことがあるのですが」
ユアンがジルヴォルへと兼ねてからの疑問を尋ねる。
「なんだ?」
「デミトルをガルヴェイトに送った理由は何かあるのですか?」
「ガルヴェイトに少しばかり気にかかる者がいてな」
「兄上が気にかける者が? 誰です?」
「それがわからん」
「は?」
ジルヴォルの返答にユアンは唖然とした表情と共に返した。ジルヴォルの返答は矛盾があるどころか矛盾しかないという返答だったからである。
「兄上、揶揄わないでください」
ユアンは少し拗ねたような口調で返す。ジルヴォルが自分をからかっているように感じたのである。その様子にジルヴォルは小さく笑う。
「すまんすまん、お前をからかったわけではない。本当にわからないんだ」
「ん?どういうことです?」
「一年前からガルヴェイトから入ってくる情報の質が落ちた」
「え?」
「より正確にいうと不明瞭なものになった」
「不明瞭ですか?」
「ああ、決定的な決断に至る情報は入ってこない。時々入ってくる有利と思われる情報に故意に流されたような作為的なものを感じるんだ」
ジルヴォルの口調はどことなく楽しそうである。だが決して緩んでいるわけではない。
「ユアン、ジルヴォルから私もそのことは聞いていた」
「父上……」
「正直なところ、私はジルヴォルが感じているような気配、作為的なものを感じ取ることはできなかった。だが、ジルヴォルはそれを感じたのだ」
エクトルの言葉にジルヴォルは少し苦笑を浮かべた。
「父上、実は私が気にしすぎるだけかもしれませんよ」
「いや、それはないな」
ジルヴォルの言葉にエクトルは即座に否定する。
「違和感というのは言語化できない解答だ。お前がそれを感じたということは何者かがいると考えるのが自然だ。それにその心構えの方が損害を抑えられるだろう」
「そう言っていただけると助かりますよ」
「それでデミトルをガルヴェイトを送り込んだのは結局何なんです?」
ユアンの言葉にジルヴォルは苦笑を浮かべた。
「お前の目から見てデミトルは優秀か?それとも無能か?」
「無能とは言えますまい。それなりの能力は有しているかと思います。ですが……相手として力不足であると思っています」
ユアンの返答にジルヴォルとエクトルは小さく頷いた。
「あの男は王族としての教育を受けているからそれなりの能力はある。だが性格が傲岸不遜かつ他者を見下す傾向が強い。それゆえにガルヴェイトがどのような
「兄上が気にしている者を炙り出すつもりですか?」
「ああ、ガルヴェイトから流れてくるデミトルの情報がどうなっているかで情報を操っている者の思考が掴めればと思ってな」
ジルヴォルの言葉にユアンは納得の表情を浮かべた。
「ルクルトはフラスタル帝国でお偉方を味方につけて捲土重来をやってくれますかね?」
「フラスタル帝国にとって大義名分を得たということで喜び勇んで侵攻してくれるだろうよ。ルクルトの出番は
ジルヴォルの言葉にはルクトルに対して一片の情も感じることはない。
(ルクルトも哀れだな。王族に生まれたばかりに兄上に利用されて最後は惨めに消されるのだからな)
ユアンとすれば三人の王族を野に放つことに対して不安がないわけではない。兄に対して絶対の信頼をおいてはいるがそれでも不確定要素がないわけではないのである。
「ユアン、お前の不安もわからんでもない。俺とて全てが上手くいくなどと思ってはいない。人間の感情などその時の様子でいくらでも変わるのだからな」
「はい……」
ジルヴォルの言葉にエクトルとユアンは一瞬だが痛ましい表情を浮かべた。それはフェリアが殺されてからのジルヴォルを見れば明らかであったのだ。
「兄上、デミトル達の処置に対しては良いのですが……」
「何だソシュアの件はまだ納得していなかったのか?」
ジルヴォルの苦笑まじりの問いかけにユアンは憮然とした表情を浮かべた。そのせめてもの抗議にジルヴォルだけでなくエクトルも苦笑せざるを得ない。
「兄上の方が適任だと思うんですけどね」
「お断りだ」
ジルヴォルの返答の早さは即否定というべきものであった。
「ユアン、諦めろ。ジルヴォルのたった一つのワガママだ。それくらい応えてやらねばな」
「はぁ……わかりましたよ」
エクトルの言葉にユアンはため息混じりに返答した。
「まぁいずれにせよ第三段階までは上手くいったな。第四段階は少し時間はかかるな」
「はい、こちらは今のうちに準備を進めます」
「うむ、ジルヴォル」
「はい?」
「お前一人が全て背負う必要などない。お前は決して一人ではない。我々もいるのだからな」
エクトルの声はジルヴォルを労わるものである。父としてジルヴォルの状況をよしと思っていないのである。
「父上、そのお言葉だけで私は満足ですよ。それに無理などしておりません。私はこのためにあるのだと思っております」
「ジルヴォル……」
「兄上……」
二人の曇った表情にジルヴォルは小さく笑う。
「さて、おしゃべりはこの辺りにして仕事に取り掛かるとしましょう」
ジルヴォルの提案にエクトルとユアンは頷くとそれぞれの執務のためにそれぞれの部署に向かっていく。
(父上、ありがとうございます。私は父上の子に生まれて本当に良かったと思います。そしてユアン……俺の後にザーベイルを率いるのはお前だ)
ジルヴォルはそう心につぶやいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます