第39話 ギルドルク王国動乱⑦

「やめろ!! 助けてくれ!!」

「いやぁぁぁぁぁ!!」


 オルタス2世とカサルディアが刑場に姿を見せた時に泣き喚いている。辺境伯領の領民達はその様子を冷たく見ている。

 領民体にとって長く自分達を虐げてきた中央貴族の象徴である人物達である。直接指示したわけではないかもしれない。だが、長く放置し、なんら対策を取らなかったという事実に対して責任を取るべきであると思っているのである。


「ザーベイル辺境伯!! 頼む!! お願いだ!!」


 ジルヴォルの姿を見たオルタスは命乞いを始める。これまでのやり取りを考えれば無駄であることはオルタスも理解している。だが、オルタスはそれでも縋らずにいられなかったのだ。


「オルタス、お前には消えてもらわねばならんのだよ」

「ま、待ってくれ!!」

「恨みだけではない。我がザーベイル家が領民の支持を失わないためにな」


 ジルヴォルの言葉にオルタスはガクリと項垂れる。国王として生きてきた故にジルヴォルの言っていることが理解できるのだ。それ故に自分が絶対に助からないことを悟ってしまったのである。


「ふざけないで!! お前達は私たちの平和を踏み躙った人でなし達よ!!」


 今度はカサルディアが叫ぶ。しかしそれは論理的ではなく感情であった。論理では覆らないのであれば感情で覆すという方法はある意味正しいと言える。


「この後に及んで感情か。まぁ正しい戦術ではあるな。だが、我々にはそのような訴えは無意味だ」

「う……」

「お前達二人・・はここで死ぬ。それはもはや変えられない」

「ど、どういうこと……?」


 ジルヴォルの言葉に引っかかるものを感じたカサルディアは顔をこわばらせた。


「わかっているだろう? お前達の三人の子は使い道・・・がある。運が良ければ生き残ることができるだろうよ」

「何を言ってるの?」

「そこまで教えるつもりはない。お前達二人は死ぬ。だからさっさと死ね」

「ま、待って!!」


 カサルディアの言葉をジルヴォルは無視すると処刑人に視線を送る。


 オルタスとカサルディアは処刑台に乗せられる。腕を決めて動けないように固定されると鉞を構えた。

 

「ヒィ!!」

「待ってぇぇぇぇ!!」


 オルタスとカサルディアは迫り来る死から逃れるために暴れようと試みるがびくともしない。


 死刑の見物人達はギルドルク王国の最後・・の国王と王妃の最後を黙って見ている。だが、その目には悲観的なものは一切ない。そこにはくるべき瞬間を待っているというそんな目であった。


 ジルヴォルは手を振るう。


 その瞬間、処刑人が鉞を何の躊躇いもなく振り下ろした。


 ドン!! ドン!!


 二つの打ち付ける音が響き二つの命が終わった。


『ウォォォォォォォォ!!』


 その瞬間、領民達の中から獣の咆哮にも似た凄まじい歓声が発せられた。その歓声は大気と地を震わせた。


(さて……これで良し。この歓声も駒共・・へ届いただろうしな)


 ジルヴォルは心の中でそう呟くとニヤリと嗤った。


 ◇ ◇ ◇


「父上……母上……」


 デミトルの地鳴りのような歓声が聞こえてきて父と母の処刑が終わったことを察した。


「どうして……こんなことになったんだ……」


 デミトルの呟きに返答するものは誰もいない。死刑宣告を受けてから家族はバラバラに収監されており、デミトルは独房に入れられているのだ。


「死にたくない……死にたくない……」


 デミトルはブツブツと呟く。その姿にはかつての傲慢な王太子としての姿は微塵もなかった。ただ死を恐れる一人の青年の姿があるだけであった。


「殿下……王太子殿下……」


 その時、扉の向こうから囁くような声が聞こえてきた。


「誰だ?」


 デミトルはその声に希望を持つ。自分のことを王太子殿下と呼ぶということは自分の味方であることを察したからである。


「お救いに参りました」

「救いだと……?」

「はい。奴らは両陛下の処刑に集中しております。今なら逃れることができます」


 ガチャガチャという音が響きすぐにガチャんと鍵の開く音が響く。


 ギィィィ!!


 扉が開けられるとそこにはザーベイル辺境伯軍の軍装に身を固めた男達が立っていた。


「お急ぎください!!」

「しかし……逃げると言ってもどこに逃げる?」

「ガルヴェイト王国でございます」

「ガルヴェイト……? 国外へか?」

「はい。現段階で国内にザーベイルに対抗できる勢力は存在しませぬ」

「確かに……だが……」

「お急ぎください!! 今が最後・・のチャンスなのですよ」

「ルクルトとソシュアは?」


 デミトルの問いかけに男達は気まずそうに視線を交わすと静かに首を横に振った。それは弟と妹が既にこの世にいないということを意味していた。


「そ、そんな……」

「我々の力が及ばず申し訳ございません……せめて王太子殿下だけでもガルヴェイトへ逃れていただき、ギルドルク王国を再建していただきたく思います」

「おのれ……ジルヴォルゥゥゥ!!」


 デミトルの唸るような声に男達は周囲を伺った。


「王太子殿下……早く。今は怒りを抑えてください」


 男の言葉にはやや棘があった。このような状況で声を上げるなど正気の沙汰とは思えなかったのだ。

 デミトルは男の声色に少し不快な表情を浮かべるが、自分が生き残るためにはこの男達の助けがいることも理解しており、ぐっと我慢することにする。


「わかった。案内せよ」

「はっ」


 デミトルは男達に連れられて姿を消したのであった。


 そして、ほぼ同時刻に第二王子ルクルトと王女ソシュアも姿を消したのであった。



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