第33話 ギルドルク王国動乱①

「ジルヴォル=ザーベイル!! お前はルシオラにふさわしくない!!」


 突然の宣言であったがジルヴォルと名指しされた少年は無表情のままである。いや、ジルヴォルの目にははっきりとした軽蔑の視線が含まれていることが見る者によっては気づいたであろう。


 宣言を発したのはギルドルク王国の王太子であるデミトル=シーグ=ギルドルクであり、その横に立つ少女はルシオラ=フィン=ガルスマイス。公爵家の令嬢であり、ジルヴォル・・・・・の婚約者であった。


 ジルヴォスはさりげなく周囲に視線を走らせた。


 この夜会は国王主催のものであり、出席者達は全員が伯爵位以上の爵位を持つ貴族ばかりである。

 ジルヴォルの目に映る貴族達の顔はジルヴォルへの蔑みに満ちており、それはジルヴォル……いや、ザーベイル家の立ち位置を示していると言って良いだろう。


「そもそも、お前のような田舎者がルシオラと結ばれるよおうなことがあってはならない! ルシオラはこの私デミトルの妻となるべき人だからだ!」


 デミトルの力強い言葉にルシオラはうっとりとした表情と熱のこもった視線をデミトルへと向けている。


 パチパチパチパチ!!


 デミトルの言葉に出席者の中から拍手が発せられるとそれはどんどん大きくなり会場全体へと広がっていった。


(ふーん、そういうことか)


 ジルヴォルは出席者の中にサクラが混じっていることを即座に察した。実際にまず拍手をしたのはデミトルの側近達である。


「申し訳ございません。ジルヴォル様、私はこれ以上自分の心を偽ることなどできないのです。私はデミトル王太子殿下を心から愛しているのです」


 少しも悪いと感じられない声色でルシオラがジルヴォルへと告げる。


「くく、いい気味だ」

「辺境伯家ごときがこの王都ででかい顔をできると思うからだ」


 周囲の貴族達はジルヴォルへの蔑みの言葉をかける。


 ギルドルク王国は長く平和が続いていた。ギルドルク王国の隣国にはフラスタル帝国が存在し、この五十年で六回の侵攻をおこなったがザーベイル辺境伯家を中心とする地方の貴族連合軍が一丸となって対応して撃退していたのだ。


 もちろん中央の貴族達も最初の方は真剣に援軍を差し向けてきたのだが、だんだん、辺境の貴族達に戦わせて帝国軍が弱ったところで中央の貴族達が功績を立てるという図式が出来上がった。


 もちろん地方の貴族達は納得できるものではない。そうすれば中央の貴族達と地方貴族達の対立が高まっていくのは当然であった。


 やがて地方の貴族達はザーベイル辺境伯を頼り始めるようになると、中央の貴族達はザーベイル辺境伯へ疑いの目を向け始めると、中央の貴族達は地方の貴族達の寄親的立場として振る舞い始める。中央の意向で中央の貴族達の配下に組み込まれることになったのだ。

 当然この措置に地方の貴族達は猛反発したが、自分達の盟主的立場であるザーベイル辺境伯が自ら地方貴族達の説得にあたり不満を抑えたのだ。


 普通に考えれば中央の貴族達はザーベイル辺境伯の尽力に感謝をすべきところであるが、中央の貴族達はザーベイル辺境伯を自分たちの弾除けと考えるようになってきたのである。


 どれだけ侮られようと辺境伯は唯々諾々と従うのみであるため、中央貴族達の増長は止まるところを知らなかった。


 流石にまずいと考えたのだろう。国王はザーベイル家の嫡男であるジルヴォルと貴族筆頭のガルスマイル公爵家の令嬢であるルシオラの結婚によって地方貴族との融和を図ろうとしたのである。


「そうですか。それではガルスマイル公爵令嬢・・・・・・・・・・は不貞行為をおこなっていたというわけですな?そしてその不貞行為の相手が王太子殿下であったと」


 ジルヴォルの言葉に場が凍った。それに構うことなくジルヴォルは続ける。


「まったく……アホウばかりだな」


 ジルヴォルの言葉に明確な殺意・・が込められていることにこの場の貴族達のほとんどは気づいていない。ただ、表面上の蔑みの言葉にのみ反応したものばかりであった。


「無礼な!!」

「ザーベイル辺境伯風情が!!」

「田舎貴族の分際で!!」


 デミトルの側近の一人が声高に叫ぶと周囲の貴族達も一斉に口を開いてジルヴォルを罵り始めた。


「やかましい!!」


 ジルヴォルの一喝に騒ぎ立てていた貴族達は息を呑んだ。若干17歳の新辺境伯の一喝で声を封じられてしまったのだ。


「この結婚は王命であった。その目的は地方の貴族達の暴発寸前の状況を緩和するためのな。それを王太子自らが壊し、それを諌めることもせず同調するとは少しも時節が読めておらぬ。だからこそアホウと言ったのだ!!」


 ジルヴォルの言葉に貴族達は息をのむ。ジルヴォルの言葉は全くもってその通りであった。そして対象的に自分達がとんでもないことをしたということに気付いたのだ。


 そう、ザーベイル辺境伯はどれほど侮辱しても反論などしない。怒りも示さなかった。それゆえに何をしても構わないという認識を持っていたのだ。だが、たった今そそれが崩れたのである。


「もはやこのような王家を主君として見ることはできぬ!! 本日を持って我がザーベイル辺境伯領は独立を宣言する!!」


 シルヴォルの宣言に唖然とした空気が流れた。


「そして……ギルドルク王国へ宣戦布告する!!」


 ジルヴォルの次の宣言にその場にいるほとんどの・・・・・者達は思考が止まった。



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