第32話 兆し

 ジオルグは執務を行っていた。


 ガーゼルとアルマダを処刑し一年が経っており、ジオルグは闇の魔人衆ルベルゼイスの首領とザーフィング侯爵としての執務に追われる日々を過ごしている。


 ただ追われるとは言っても決して追い詰められるほどの仕事ではない。ジオルグは自分だけで仕事を抱え込むような事はせず、部下に適正な仕事を振り分けており、淡々と仕事を捌いているのである。


 ジオルグがすべきことは判断であり、決断であって、実行は部下の仕事である。そしていざとなったら責任をとることがジオルグの仕事であることをきちんと認識しているのである。


 闇の魔人衆ルベルゼイスの任務は時として命を失う危険性を孕むものだ。そのためにジオルグはいやザーフィング家は部下達が斃れた場合において、残された家族の面倒はきちんと見ることを徹底しているのである。


(ん……)


 そんなジオルグがいつものように部下達から集まる情報に目を通していると気にかかるものを見つけた。


「いかがなさいました?」


 ジオルグに声をかけたのはアイシャである。17歳となったアイシャは多くの異性から称賛を受けるような美貌を持つに至っており、街を歩けば十人に八〜九人の割合で振り返られるほどである。


「ああ、ギルドルク王国で一波乱起きそうだなと思ってな」

「ギルドルク王国ですか?」

「これを見てみろ」


 ジオルグはそう言ってアイシャに報告書を見せる。


「よろしいのですか?」


 アイシャは機密事項に類するものであると判断したのだろう。ジオルグに改めて尋ねる。


「ああ、大丈夫だ。まだまだ推測の領域でしかない。この報告に決定的な機密は記されていないから安心しろ」

「それでは失礼致します」


 アイシャはジオルグから報告書を受け取るとそこに目を通す。


(えっと……ザーベイル辺境伯領の状況報告ね……嫡男のジルヴォルが17歳になり辺境伯を継いだ。前辺境伯は病気療養に入ったけど辺境伯領の領民達は一切の動揺がなく普段通りの生活を送っている)


 アイシャは報告書を読むと首を傾げた。とても一波乱を感じるような内容ではない。


「ジオルグ様……特段おかしいことはないかと病気療養によりザーベイル辺境伯が代替わりをしたという話ではないですか?」


 アイシャの言葉にジオルグは大きく頷く。


「その報告だけを見ればな」

「え?」

「次はこの報告書を読んでみろ」

「はい」


 アイシャはジオルグからもう一つの報告書を受け取ると報告書へ目を移した。


(カジネルト侯爵麾下のカークゴル子爵が王都へ出立……? 騎士十名を連れて王都へ……確かギルドルク王国では中央と地方の貴族では扱いが大きく異なるはず……となるとなんらかの陳情かしら?)


 アイシャは報告書を読んでなんらかの陳情のために王都へと向かっていると判断した。


「ジオルグ様やはりわかりません。この報告書を読んでも、一波乱起きるような感じはしないのですが……」

「そうだろうな」

「え?」


 ジオルグの返答にアイシャは首を傾げながら返答する。ジオルグは決して部下に意地悪をするようなことはしない。それゆえにジオルグの言っていることのチグハグが疑問なのだ。


「実はギルドルク王国で最近地方の下級貴族が王都へと集まりつつあるんだ」

「え?」

「前回の報告はバーモル男爵、ハーヴィン男爵。その前ではキルサム子爵だ。一つ一つの報告ではなんらかの陳情に赴いていると捉えられそうだな。アイシャもそう思ったのではないか?」

「は、はい」

「実際に私も前の報告まで何らかの陳情であると思っていた。だが、キルサム子爵が領に戻ったと言う報告はない。しかも、今あげた下級貴族達は騎士を連れて王都へ向かっている」

「騎士は護衛では?」

「かもしれん……だが、何かが引っかかるのだよ」

「引っかかる?」

「ああ、護衛として連れている騎士が指揮官級だとすれば話が違ってくると思ってな」


 ジオルグの言葉にアイシャはゴクリと喉を鳴らす。もし、指揮官級の人材を貴族達が連れて行っているのであれば何のために指揮官を連れて行くのかが問題になってくるというものである。


「指揮官を王都に集め、兵は傭兵なり、個別に王都に向かわせてとなれば王都内にすぐに軍に編成することができるかもしれないな」


 ジオルグの言葉にアイシャはまたも喉を鳴らした。


「そして……ザーベイル辺境伯の代替わりと辺境伯領の落ち着きだ」

「え?」

「新しい辺境伯であるジルヴォルが戻っていないのに家臣も領民も落ち着きすぎだ」

「それは既定路線ゆえだからでは?」

「先代の辺境伯は善政を敷いているし、何度も隣国のフラスタル帝国の侵攻を撃破しているという英雄。その英雄が病気療養になり引退というのに何の動揺も示さないのか?」

「あ……それは」


 ジオルグの言葉にアイシャは返答できない。ジオルグの指摘した面を言われれば確かに意図的に情報が隠されているような気がしてならないのである。


「私の考えすぎならば良いのだが……誰かが絵図を描いていてそれがわが国に向けられたとしたら厄介だな」


 ジオルグの言葉にアイシャは静かに頷いた。

 

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