第21話 次期伯爵は伯爵となる②

「な、エイス!!お前何を言ってるのかわかってるのか!!」

「そうよ!!」

「私が除籍とはどういうことですか!!」


 エイスの言葉に三人の反応は当然、反発というものであった。先ほどまで助かったと思っていたのに実は全くそうでなかったことを思い知らされた形だったのだ。


「どうもこうもありません。私は先ほど言ったではないですか。セレンス伯爵家にとってまったく負担ではない条件とね」


 エイスの何の抑揚もない言葉に三人は言葉を失った。エイスの言葉はセレンス家に『お前達は不要』と言ったに等しいからだ。


「ザーフィング侯との交渉で、私はレーンゲイク鉱山の譲渡を持ちかけました」

「な……なんだと!!」


 セレンス伯爵の怒りの声は当然で、レーンゲイク鉱山はセレンス伯爵家の収入の柱だ。それを譲渡しようなど正気とは思えなかったのだ。


「今回のフィオナの婚約破棄に対する無礼への償いにはレーンゲイク鉱山を手放すしかなかったのです」

「貴様!! 何を勝手な真似を!!」

「ですが、ザーフィング侯はレーンゲイク鉱山の譲渡を白紙に戻しました」

「ならば!!」

「そのための条件が先の三つなのです」


 エイスの言葉に三人はゴクリと喉を鳴らした。エイスの声が無機質であったからであろう。


「あなた方が先に出した条件のうち二つ・・を受け入れてくれれば、それだけでこの件は終わります。セレンス伯爵家のためです。おとなしく受け入れてください」

「ふ、ふざけるな!! お前はセレンス家の当主ではない!! 勝手な事をするな!!」

「そうよ!! お前は何を言ってるの!!」

「お兄様の人でなし!! 家族を守らないでなにを考えてるのよ!!」


 反発する三人にエイスは、まったく調子を崩すことなく話を続けた。


「残念ですがこれは決定事項なのです。父上、母上、あなた達はいつも言っていましたね。貴族たるもの家のことを最優先に考えろと」

「うるさい!!減らず口をたたくな!!」

「父上、私は決定事項・・・・と言ったのですよ」


 エイスの声は全く乱れていない。それが三人にはこの上なく腹立たしい。


「リディス!! この愚か者を取り押さえろ!!」


 伯爵から直に命令を受けた執事長のリディスであったが全く動く様子はない。


「何をしている!!」


 伯爵の激高に対し、リディスは優雅に一礼すると静かに言った。


伯爵様、私が命令を聞くのはセレンス伯爵のみでございます」

「な、何を言っている?」

「大旦那様はすでにセレンス伯ではございません。現セレンス伯爵はエイス様でございます」


 リディスの言葉に三人は愕然とした表情を浮かべた。


「ふざけるな!! 私がセレンス伯爵だ!!こいつではない!!」


 喚く前伯爵に対しエイスはまったく表情を変えない。


「父上、わかりませんか? あなたはもうセレンス伯爵ではない」

「何を言っている!!」

「すでにあなた・・・からセレンス伯爵の爵位とセレンス家の当主の座、それに伴う権限を譲渡されております」

「ふざけるな!! 私がいつお前に爵位を譲ったというのだ!!」

「五日前に書類を作成し、提出しました」

「な、なんだと……?」


 前伯爵は愕然とした顔をした。エイスのやったことは書類偽造であり爵位の不法な継承であった。


「エイス、お前は自分が何をやったかわかっているのか!!」

「もちろんですよ。私は父上の求めに応じてセレンス伯爵家を継承したのです。何か問題がありますか?」

「私はお前に譲るとは一言も言っていない!!」

「ええ、確かに言ってませんね。ですが、それの何が問題なのです?」

「なんだと……」


 エイスの返答に三人は唖然とした表情を浮かべた。


「父上、セレンス伯爵の執務は今誰が行っていると思っているのです?」

「……」

「もちろん、私ですよ。そう父上が私に託したのですよね?」

「そ、それは……」

「ここ1年はすっかり私に仕事を押しつけておられましたよね? 『お前に任す』とね。だから私は爵位を受け継いだと判断し、正式な手続を行ったそれだけのことです。すべて父上が私に託してくれたからこそ滞りなく爵位を継ぐことができました。本当にありがとうございます」


 エイスは言い終わると父にむかって一礼した。エイスの口調があまりにも淡々としているため前伯爵夫妻はパクパクと口を動かしたが声が発せられることはなかった。


「ま、待ってお兄様」


 顔を青くしたフィオナは震えながらエイスに声をかける。


「フィオナ、お前は除籍処分だ。これはセレンス伯爵家当主としての決定だ」

「お兄様!! 許して!! お願いします!!」


 エイスの足下に縋り付きながらフィオナは訴えるが、エイスはまったく心動かされた様子はない。


「フィオナ、除籍となった以上、もはやお前は私の妹ではない。既にお前の身分は平民だ。今後はセレンス伯と呼ぶように」

「どうして!! お兄様!!」

「お前は私の言葉を聞いてないのか?」

「ひっ」


 エイスの声色が明らかに厳しいものに変わったことに、フィオナは恐怖の声をあげた。この段階に至ってフィオナは、自分が既に切り捨てられている事に気づいた。


「フィオナ、お前が除籍処分になった原因はどこにある?」

「そ、それは……」

「お前はジオルグ殿を裏切った報復を受けたからと思ってるのではないか?」

「そ、そうです!! お兄様、ジオルグ様に除籍処分を取り消すようにお取り次ぎください!!」

「フィオナ、お前はどこまでも愚かだな。今回の婚約解消によってザーフィング侯が報復したことなど、本質ではない」

「え?」

「お前の他者を……いや、下の身分の者への態度が原因だ」

「……どういうことです?」

「貴族である以上、身分の上下、線引きは必要だ。だがそれは下の身分の者の尊厳を踏みにじる事が許されるわけではない。それはまったく別個の唾棄すべき行為だ。そのような醜悪な行為を当然と思っているのなら、上の身分の者から尊厳を踏みにじられても甘んじて受けなければならない。私にはそのような恥知らずな生き方などどうしても出来んな」

「……」


 エイスの言葉にフィオナはまったく反論できない。恥知らずという言葉がフィオナの心に突き刺さった。今までエイスから苦言を言われた事があるが、そこには家族としての情が確かにあったことを今ではわかる。今のエイスの声にはそのようなものは一切ないのだ。


「私はお前と違って誇りがあるから自分の尊厳を踏みにじられることを甘んじて受けることなどできんな」

「私もそうです!!」

「いや、お前には尊厳がない。だからこそ、他者の尊厳を踏みにじるという行為がいかに醜悪なのかわからないのだ。お前にあるのは愚かな自分から目を逸らすため、隠すための虚勢のみだ」

「……ひどい」

「お前は諭したところで受け入れる度量と知性がない。お前に気を遣ったところで伝わらない。ではこういう伝え方をするしかないだろう」


 エイスの声は限りなく冷たかった。


「さて、話は終わりだ。前セレンス伯爵夫妻は今後ゴウスバルにあるセレンス邸にて謹慎せよ。私の許しなく屋敷を出ることは許さん」

「な……」

「ゴウスバルですって、あんな田舎に私達を閉じ込めるつもり!?」

「フィオナ、除籍後のお前は平民として生きることになる。レオン殿と婚姻後セレンス伯爵領のどこでも暮らしてかまわない。仕事の斡旋までは面倒を見よう」

「そ、そんな……」

「なお、この私の決定に従わぬと言うのならば私は容赦を一切しない。私を親殺し・・・にしたければ、いつでも反抗するのだな」


 エイスの言葉の冷たさは、もはや永久凍土よりも冷たく堅い。三人はもはや家族の情などで訴えたところで無意味である事を痛感せざるをえない。


「それでは退出してもらおう。もう二度と会うことはないがお達者で……おい」

「何をする!!放せ!!」

「何をするの!! エイス!! エイス!! 止めさせなさい!!」

「放して!! お兄様!! 許してください!!お兄様ぁぁぁ!!」


 エイスの命令を受けた執事達が三人の腕を掴むとそのまま応接室から連れ出していく。応接室から連れ出されても三人は喚いていたがエイスの表情は一切変わらない。


「お疲れ様でございました」


 リディスがエイスを気遣うように言う。


「いや、疲れるのはこれからだ。王都の方はお前が上手くやってくれているから混乱はなかったが、領地の方の掌握はこれからだからな」

「はい」

「しかし、これでザーフィング侯との契約は成立だ。まだ途半分だが、生き残る事はできそうだ」

「はい、お見事でございます」


 エイスの言葉にリディスは静かに返答する。


(エイス様は我々のために家族を捨てられたのだ……貴族とはここまで過酷な判断をせねばならぬのか)


 リディスは心の中でエイスの心痛を思うと貴族という地位の重さを考えざるを得ない。非情な決断を時には行わなければならないというのは、物事の表面上しか見ることの出来ない者からすれば永遠に分かることが出来ないのは間違いない。


 家臣のために家族を捨てざるを得なかったエイスの心中を思えば、エイスを支えたいと思うようになるのは当然である。


 リディスは静かに一礼すると新たな主のために動き出した。

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