第22話 侯爵の心は乱れない

「さすがはエイス殿だな」


 報告文書に目を通し、セレンス伯爵家の承継が滞りなく終わった事に私は自然と感嘆の声を発していた。


「本当に一週間で伯爵位を奪い取るなんて、すごい方ですね」


 ロイが私の声を聞き、エイスがセレンス伯爵を継いだことを察したのだろう。声には私同様に感嘆の響きがある。


「ジオルグ様が一ヶ月と言ったのに、一週間と訂正したから正気かと思いましたが、本当に一週間でやるなんて、恐るべき手腕ですね」

「ああ、エイス殿の事は高く評価していたが、これほどとはな」

「王都の屋敷の方は即掌握出来るでしょうけど、領地の方はどうやったんでしょうね?」

「おそらく、領地の方は後回しにしたのだろうな」

「後回しですか?」

「ああ、エイス殿は一ヶ月もかける時間がなかったのは事実だ」

「レオンとフィオナ嬢の婚姻ですな」


 ロイの言葉に私は頷いた。


「私としてはフィオナが除籍されてから結婚を発表するつもりだったのだが、エイス殿は除籍前に婚姻が発表される事の危険性を考えたのだろうな」

「なるほど……そうなるとまずは爵位を奪い取る。そして、それから領地を掌握というわけですね」

「ああ、おそらくは領地にエイス殿が伯爵位を継いだという情報は完全に絶つだろう」

「そして、完全に準備を整えてから、領地の家臣達に向けて発表というわけか……でも、そんなことして良いのですかね?」

「まぁ普通なら良くないだろうが、今のセレンス伯爵家の状況は普通ではないから、そうせざるを得ないだろう」

「これって使えますか?」


 ロイの問いかけに私は即座に首を振る。ロイの言う使えるというのは、エイスを追い落とすための一手として使えるかという事である。ロイとしては色々な事態に備えておくというのは基本的な考えになっているのだ。


「いや、無理だな。少なくとも現時点でエイス殿を追い落とす理由はない。もし将来的に私と敵対することになっても、その頃には完全にエイス殿は家中を掌握しきっているから無意味だ」

「蟻の一穴にもなりませんか?」

「ああ、ガーゼル達と同レベルでエイス殿を見るのは控えた方がいいぞ。最終的に私が勝つが、多大な犠牲を払うのは間違いない」

「恐れられるほど強からず、侮られるほど弱からずというわけですね」

「そういうことだ」

「やっかいな御仁が伯爵になりましたね。先代のアホウが伯爵にいた方が良かったのかも知れませんね」

「敵対勢力ならな。だが、セレンス家がこちらについているなら、あのアホウではこちらが困る」

「確かに無能な味方など、有能な敵よりもよほど困りますからね」


 ロイの返答に私は苦笑交じりに頷いた。まったくロイの言う通り、無能な味方は有能な敵よりもはるかに質が悪い。足を引っ張るために相手陣営から送り込まれているのではないかと思うくらいだ。


「失礼いたします」


 そこにアイシャが一礼して執務室に入ってきた。アイシャは私の前にやってきて再び一礼すると報告を行う。


「死刑囚二人の護送が完了しました」

「そうか、領都レグノスまで四日か」

「はい。それから一週間後に刑を執行となります」

「ふむ、私は三日後にレグノスへ出立する。アイシャ、それに伴い領地の主たる者達に先触れを出しておいてくれ」

「承知しました」

「それから、カルマイス、エディオル両新子爵にもレグノスへ来るように命令・・を出せ」

「承知しました。やはり……見せるというわけですか」

「ああ、二度と逆らおうなどと思わないようにしておかないとな」

「おっしゃるとおりです」

「不満そうだな」


 私の問いかけにアイシャは恐縮の表情を浮かべた。ロイはそれをニヤニヤとした表情で見やっている。何がそんなにおかしいんだ?と私は不思議に思うがそこは触れないでおく。


「いえ、その……ジオルグ様が無理をなされているのではと思いまして……」


 アイシャは私を気遣うように言葉をかける。


「大丈夫だ。あの男とは血は繋がってはいるがそれ以外は何の関係もない。むしろ、これからの人生において必要な通過儀礼と思っている」

「はい。差し出がましい物言いでした」

「構わない。私を心配してくれているお前達がいるからこそ、心が乱れないからな」

「もったいないお言葉でございます」


 アイシャは私の言葉に恐縮したように返答する。同時にロイはつまらんという表情が浮かんでいた。


「どうした?」

「いや~アイシャはまたしても空振ったなと……うぉ!!」


 またもロイが大きくのけぞった。アイシャが高速の裏拳を放ち、それを躱したのだ。


「避けないでよ。面倒じゃない」

「下手したら鼻が折れるんだが……面倒って」

「ロイ、今度余計な事を言ったら……ねぇ?」

「わかったよ。焦りは禁物だよな」

「そうね。あなたをるのに焦りは禁物ね。あなたったら軽薄だけど腕前は一流だものね」

「そんなに褒めると照れるんだが」

「ふふ、幸せな思考回路ね。見習いたいと思うわ」

「そこまで心のこもってない賛辞初めて聞いたわ」


 二人のやりとりに私は吹き出しそうになる。私は実の父を処刑する。普通の感覚から言えば大罪なのかも知れない。だが、私にとって家族はザーフィング家の者であり、私を支えてくれる者達であり、ガーゼル達はそこに含まれていない。それは不幸なのかもしれないが、その不幸を私は不幸と認識していないのは、皆がいるからだ。


 私は家族を守るためならどこまでも非情になれる。ガーゼル・・・・の処刑に対してやはり心が乱れていないことを私は確認した。


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