第20話 次期伯爵は伯爵となる①
「エイス様、良かったですね」
「ああ、生き残りの目が出来たな」
ルガードの言葉にエイスは即答する。しかし、その声にはまだ緊張が大いに含まれているのをルガードは感じていた。
(エイス様は全く気を抜いていない……)
「ルガード、ザーフィング侯が提示した条件は、私がセレンス伯爵となった時に初めて効力を発揮するのだ。今はまだ契約書にサインをしてくれたわけではないよ」
「は、はい」
エイスの言葉にルガードは自分が浮かれている事を思い知らされた。
「これから、父から伯爵位を
「しかし、エイス様ならばそれは容易なのでは?」
「いや……爵位の継承は容易ではない。父が伯爵である方が都合の良い者がいるのも事実だ。その者達を抑え、私を支持する者を増やさなければならないのだ」
「それは……」
「だからザーフィング侯は私に一月という期間を設けたのだ」
「しかし、エイス様はその期間を一週間に……」
「ああ、ギリギリ可能と思った時間だ。私は才覚をザーフィング侯に見せねば安く買いたたかれてしまう。ザーフィング侯の想定を上回るには一週間という期間でやらねばならんのさ」
エイスの緊張感が含まれた声に、ルガードも自然と緊張感が高まるのがわかった。自分は条件良く交渉がまとまったと思ったのだが、エイスにしてみれば新しい戦いが始まったことを意味していたのだ。
「まずは……リディスを取り込まねばな」
「はい」
「執事長であるリディスを取り込めば、セレンス邸で起こった事は外に漏れる可能性は一気に減る」
「……」
「リディスがこれからも執事長として仕えてくれれば良いのだがな」
エイスの声から緊張が解かれることはない。エイスにしてみれば勝ちという結果と有利な状況を混同するような事は絶対に避けねばならない。
「ルガード、戻ったらリディスを呼んでくれ、私は書類作成を行う」
「承知しました」
エイスの言葉にルガードは即答する。
セレンス邸に戻ったエイスは、それから五日間、執務室に籠もり家族の誰にも会わなかった。
* * * * *
エイスによって応接室に呼び出されたセレンス伯爵夫妻、フィオナの表情は明るい。エイスがこの五日間、走り回っていることを都合よく解釈していたのだ。
「それでエイス、首尾の方はどうだ?」
伯爵は鷹揚にエイスに尋ねた。
(父上は自分が切り捨てられる側であることを微塵も自覚していない……)
エイスは父のこの無神経さ、危機感の欠如にため息をつきたくなる。自分がこの五日間走り回っているのはセレンス伯爵家に仕える者達のためであり、自分達家族の優先順位は限りなく低いのだ。
ところが、父の声の調子からは自分達がまず優先順位としてあり、伯爵家の家臣達のことは二の次、いや考えていないとしか思えない。
「ええ、この五日間走り回りまして……ようやく目処がついたところです」
エイスの言葉に伯爵夫妻、フィオナは安堵したような表情を浮かべている。エイスとすれば言外に“この五日間おまえらは何をやっていた?”と尋ねたのだが、三人はそれに気づいた様子は一切ない。
「そうか、そうか。エイスでかしたぞ」
「ええ、さすがは私達の息子」
「お兄様ありがとうございます。やはりお兄様は私を見捨てるような方ではありませんでしたのね」
三人の賛辞をエイスは小さく笑う。
「ええ、先日ザーフィング侯と交渉を行いました」
「おお、それで?」
「結論から言えばセレンス家は生き残る事ができそうです」
エイスの言葉に三人は明らかにほっとした雰囲気を醸し出した。
「そうかそうか!!」
父の機嫌の良い声と表情にエイスは皮肉気に嗤う。
「ザーフィング侯の出した条件は三つです」
「三つ?」
「当然、あなたは少しでも有利なものにするために努力したのでしょうね?」
両親の上から目線の意見にもエイスは頷いた。もとより今回の件は、完全にセレンス伯爵家のもっと言えば両親と妹の落ち度であり、エイスとすればその尻ぬぐいをさせられたのに、申し訳ないという雰囲気はまったくないのだ。
「ええ、条件は
「ふん、あの小僧がまともか? エイスよお前も見る目がないな」
「お兄様、当然、私とレオンの結婚も白紙に戻していただいたのでしょうね?」
「そうよ。フィオナの今後の事もあるわ。その辺のところはどうなの?」
三人はどんどん調子に乗っていき発せられる言葉も図々しいものになっていく。
「ええ、ザーフィング侯の出した条件は三つです。一つは私がセレンス伯爵となること、二つ目は父上、母上を二度とセレンス伯爵領から出さぬ事……そして三つ目はフィオナをセレンス伯爵家から除籍すること」
エイスから告げられた言葉に三人は固まった。エイスはそれに構うことなく言葉を続けた。
「あなた方
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