第18話 侯爵は次期伯爵と話し合う
「エイス殿、よく来られた。おかけください」
私はにっこりと微笑みながらエイスに着席を促した。このエイスという人物は人格的にも実力的にも優れた人物だ。
ザーフィング家での私の立場が分かり始めるとフィオナが途端に蔑み始めた事に対してエイスはよく窘めていたという報告が入っている。
「ご配慮ありがとうございます。ザーフィング侯」
エイスは私のすすめに謝意は示し、席に座った。その後ろに伴ってきた執事がエイスを守るように立っている。
「さて、ご用は謝罪と今後のセレンス家についてでしたね」
私の言葉にエイスは立ち上がると深く深く一礼した。
「この度のザーフィング侯へのセレンス伯爵家としての無礼を謝罪したく参りました」
「ふむ……謝罪を受け入れましょう」
「はい。ありがとうございます」
「それで……今後とは?」
私の問いかけにエイスは苦笑を浮かべつつ首を横に振った。
「ザーフィング侯も気が早いですな」
「ほう。どういうことですか?」
「当家の謝罪はまだ終わっておりません」
「……」
エイスの言葉に私は察した。エイスであれば、
「セレンス伯爵家の所有するレーンゲイク鉱山をエルデ村に加えて譲渡いたします」
エイスの言葉に私は流石に言葉を失った。エルデ村の譲渡は確かにレーンゲイク鉱山からの収益を狙い撃ちにするためのものだ。ところがエイスはそのレーンゲイク鉱山を譲渡するという。驚くなという方が難しいというものだ。
「エイス殿、あなたは何を言っているか理解しているのかな?」
「もちろんです」
「確かにエルデ村の譲渡を私がセレンス伯爵に
「存じております」
私の非道な言葉にエイスはまったく動じることなく即座に返答した。その様子に一切の感情の揺らぎもなかった。自家への攻撃を告げられても、まったく感情の揺らぎがないというのは、このことを予想していたからであろうな。
「エルデ村を押さえられれば、こちらとすればレーンゲイク鉱山はセレンス伯爵家の足かせにしかなりませんので、切り捨てた方が良いとの判断です」
「なるほど……そして鉱山の運営のノウハウを売ろうという訳かな?」
「いいえ。私が望むのは鉱山で働く者はこれまで通り雇用していただくことです」
「ほう……」
「もちろん、鉱山で働く者達にはザーフィング家への反意を持つことなく業務にいそしむようにいたします」
「ふむ……こちらとしてもその申し出はありがたい」
「それではレーンゲイク鉱山の譲渡は成立したということで」
「しかし、そこまでの好条件を提示してくるとは思わなかったよ」
「それしか、セレンス家が生き残る手段はございませんので、出し惜しみしている場合ではございません」
「なるほどな」
エイスの言葉に私は簡潔に答えた。今のセレンス伯爵家の状況は限りなく悪い、レオンとフィオナの婚姻はガーゼル達の処刑後だ。それは前ザーフィング侯暗殺犯の息子と婚姻を結ぶと言うことは、セレンス伯爵家はザーフィング家と敵対することを意味するし、簒奪未遂者との婚姻を結ぶなど貴族とすれば、あるまじき醜聞だ。
「エイス殿、一応言っておくが、レオンとフィオナの婚姻の撤回はするつもりはない」
「当然でしょう」
「ほう……卿はセレンス伯爵家が生き残るためにレーンゲイク鉱山を譲渡するのではないのか?」
「いいえ、先ほども伝えたとおり、鉱山の譲渡は今回の当家の愚行に対する誠意のつもりです。あれほどの愚行を行えば、生半可なモノを差し出したところでザーフィング侯は納得することはないと思った故にレーンゲイク鉱山を譲渡したのです」
「そうか。それならば良い。交換条件としてあの二人の婚姻の撤回をするつもりはなかったからな」
「でしょうな。貴族は侮られれば終わりである以上、絶対に甘い対応をすべきではありませんからな」
「ふ……」
「さて、それでは謝罪は済み、受け入れたと言うことで、セレンス家の今後の事を」
エイスから発せられる緊張感が明らかに増した。
どうやらこれからが本番らしいとジオルグも身構えた。自分の方が遙かに有利な立場ではあるが、それは絶対を意味することではないことをジオルグは知っている。
しかも、エイスという人物は決して甘く見て良い相手ではない。
「単刀直入に言います。我がセレンス伯爵家を買いませんか?」
「いいだろう」
「え」
「どうした? 卿が言い始めたことだろう?」
私の返答にエイスは虚をつかれたようである。
さて、これでエイスの勢いは止めることが出来たな。主導権を渡すわけにはいかない相手だ。
「それで卿はセレンス伯爵家にいかほどの値段をつけるつもりかな?」
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