第17話 次期伯爵は勝負に出る

「……これしかないか」


 エイスは誰もいない私室で小さく呟いた。家族との絶縁ともとれる言葉をたたきつけたが、それでも情がまったく消え失せたかと言えば否と答えることができる。またセレンス伯爵家も生き残れるなら生き残らせたい。それはエイスの本心であるとはいえる。


 エイスは立ち上がり私室を出て行く。


 すると執事のルガードが恭しく一礼した。


「ザーフィング侯に面会を申し込みたい。ルガード、その旨をザーフィング邸へ伝えて欲しい」

「かしこまりました」

「用件は謝罪であり、今後のセレンス家のことだ」


 エイスの言葉にルガードは緊張した表情を見せて一礼する。


「ルガード、知っているとは思うが、我がセレンス家は取り返しのつかない愚行をザーフィング侯へ行った。到底許されることではないが、せめて謝罪はと思ってな」

「エイス様……」

「あとはお前達のことだ」

「私達の……ですか?」

「ふ、その辺りは任せておけ」


 エイスの言葉にルガードは戸惑いの表情を浮かべた。エイスから立ち上る雰囲気から一種の覚悟を感じ取ったのだ。


「エイス様、まさかとは思いますが命を……」

「ああ、賭ける」

「……」

「誤解するな。捨てるではない賭けるだ。命を賭けねばザーフィング侯の怒りは決して解けぬであろうよ」

「承知いたしました。ただ、ザーフィング侯への謝罪の折には私もお供させていただきたいのです」

「損な役回りだぞ?」

「覚悟の上でございます」


 エイスの言葉にルガードは表情を全く変えることなく一礼と共に応じた。


 ルガードにとってエイスは現伯爵などよりも遙かに貴族らしい人物であった。領主として及第点に達していない現伯爵の代わりに、執務を執り行い、領地を安定させていた。

 また、人格的にも上に媚びず、下に優しく、公平公正を旨としており非の打ち所のない人物で、まさに庶民が理想とする貴族そのものだ。

 そのエイスが死ねば、どのみちこのセレンス伯爵家は終わりだ。現伯爵夫妻は力も意欲もない。虚飾の貴族生活だけで満足しているような小人物であるし、娘のフィオナも両親の気質を受け継いで、下とみた人物には蔑む傾向が強い。


 エイスが両親の行いを見て、反面教師としたのに対しフィオナは教師とした結果だろう。

 エイスがフィオナに対して何度も何度も“他者を尊重しろ”と言い続けていたが、それが報われることはなかったのだ。


(エイス様の足を引っ張るしか出来ない寄生虫どもが!!)


 ルガードは心の中で伯爵一家を罵った。ルガードにとって主はエイスだけであり、他のセレンス一家は忠誠を捧げる資格などないと思っているのである。


 ルガードはエイスの命に従い、ザーフィング家に赴き面会の約束を取り付けることに成功した。


 面会日は明後日となり、その旨を伝えたエイスは静かに頷いた。



 *  *  *  *  *


 約束の日にエイスは約束通りルガードを伴ってザーフィング邸へあらわれた。


 門番にセレンス伯爵子息であることを告げると、露骨に嫌悪感を向けられる。


 その態度にルガードは怒りがこみ上げたが、エイスが手で制したため、抗議の声をあげることはできない。


「ザーフィング家からすれば我らは招かれざる客なのだ。それに損な役回りと前もって伝えていただろう」

「く……申し訳ございません」


 エイスの静かな言葉にルガードは恥じ入った。自分の覚悟をとがめられた気がしたからである。しかし、ルガードにしてみればエイスの名誉は自分よりも遙かに大切であったのだ。


「ルガード、お前がここにいてくれるだけで私は救われている。私を信じてくれる者の前で無様な姿を見せるわけにはいかないという気概があることを確認できるからな」

「はっ」


 エイスは微笑みながら小さく声でルガードに告げる。


「こちらでございます」


 そこに若い執事がエイス達の前に現れる。


(この執事は確か……ガーゼルに付き従っていたカインといったな。それに屋敷内の様子もまったく混乱はない。普段そのもの……なるほどジオルグ殿がザーフィング侯爵として、すでに家中を掌握しているというわけか)


 エイスは邸内の様子をさりげなく見ながらザーフィング家の現状を把握した。


 むしろ、あるべき姿に戻ったというべきだろう。


(正式に侯爵を継いでわずか数日……しかも前代侯が前侯爵を暗殺したという大事件が明るみになったのにも関わらずこの掌握ぶり……恐るべき手腕だ)


 エイスの中でジオルグの評価は決して低くなく、むしろ領主として才覚はすばらしく、研鑽を積めばすぐに自分以上の手腕を振るうことになると思っていた。

 しかし、それは大きな間違いであったようだ。いずれではなく現時点・・・ですでに自分の上を行っているように思える。


 コンコン……


「入れ」


 カインのノックに中から即座に入室を許可する言葉が発せられた。


(声の調子が変わったな……)


 代侯の元でオドオドとしていた時に、エイスはジオルグが演技をしていると思っていたのだが、それが正しかったと認識せざるを得ない。


 エイスはカインの案内に従ってジオルグの執務室に入った。

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