第16話 次期伯爵の正論②
エイスの言葉に三人は言葉を発することができない。それをエイスはまったく調子を崩すことはない。
「父上……エルデ村の価値はその位置にあります」
「位置だと?」
「はい。エルデ村はエルケンスクとレーンゲイク鉱山のほぼ中間点にございますよね?」
「……」
エイスの問いかけにセレンス伯爵は返答できない。その様子にエイスは失望しない。それはエイスが心情的に父を見限っていることの証左であった。
「エルケンスクは我が領の流通の要所であることは流石にご存じですよね? そしてレーンゲイク鉱山は我が領の収入の柱……しかも我が領の収入の四割を占めてます」
「それくらいは知ってる」
「そうですか。ここまで言ってエルデ村の重要性がわかりませんか?」
「……」
エイスの露骨すぎる嫌味に伯爵は不快気な表情を浮かべた。
「エルデ村に通行料金をかけられたらどうするつもりかと言っているのですよ」
「あ……」
「それも法外な通行料をね」
エイスの告げた通行料という言葉に三人は声を失った。
「エルデ村は確かに多くの税収を望めませんし、重要度も低い。ただしそれはセレンス伯爵領に属しているという前提です。しかしここが他領となればエルデ村はセレンス伯爵領を経済的に追い詰めることができる毒刃となるわけです」
「……」
「困ったことにレーンゲイク鉱山とエルケンスクを結ぶ街道は一本、エルデ村はその街道上にあります。それを避けるためにはエルデ村を通らない新たな街道を整備する必要があるのですが……それは一年や二年で整備できるようなものではありません。また大きく迂回することによって輸送費も大幅に上がるわけです」
エイスは淡々と告げていく。それはエイスの怒りの大きさを示しているようで三人は口を開くことができない。
「さて、ここまでの説明でエルデ村の重要度は理解していただけたと思います……。2500万ドラードの提案の価値はありますよね?」
エイスの問いかけに三人はコクコクと頷いた。ここまで説明されてエルデ村の重要性がわからぬ者などいないだろう。
「さて、父上……」
「なんだ……?」
「エルデ村の重要性を認識していただいたところですので、ジオルグ殿にもう一度条件の交渉を提案してください」
「交渉……」
「はい、2500万ドラード提示するという条件でエルデ村の譲渡は」
「それはできません!!」
エイスの言葉をフィオナの声が遮った。エイスは不快気にフィオナを見やると明らかにフィオナの顔が恐怖に染まった。先ほどまでの容赦のない折檻のためにエイスへの恐怖はしみこんでいるのだ。
「ほう……お前、立場を分かっているのか?」
「ダメなのです!! あの男にそんな提示をしても無意味なのです!! それよりももっと酷い条件になるのは確実です!! そうでしょう!? お父様!! お母様!!」
「ああ……確かにな」
「フィオナの言う通りよ」
「どういうことです?」
三人の様子にエイスは怪訝な表情を浮かべた。三人の反応が明らかに常軌を逸していた。特にフィオナの怯えようは相当なものだ。
「ザーフィング邸で何があった? 言え!!」
エイスの鋭い声にフィオナはビクリと体を震わせる。また殴られるという恐怖からかポツリポツリと話し出した。
「私が……レオンと結婚するからジオルグに婚約破棄を告げに行ったのよ」
「……」
「その時に……次期ザーフィング侯爵はレオンという話になったら……ジオルグは私とレオンを使用人に取り押さえさせたの」
「次期……侯爵?」
「ええ……突然、取り押さえたのよ。それから私達を簒奪者呼ばわりしたの」
「簒奪者?」
「はい。レオンのご両親は……ザーフィング家の血を引いていないの。父は入り婿だし、母は後妻……」
「なるほどな。それならレオンはザーフィング家を継ぐことはできんな。ジオルグ殿がお前達を簒奪者と呼んだのも納得だ」
エイスがジオルグに理解を示したためにフィオナは少しばかり驚く。
「それで、フィオナ……お前はレオンと結婚するわけだ。不倫に加え、簒奪を行おうとした者と婚姻を結ぶと……セレンス伯爵家史上最も穢らわしい醜聞だ。ここまでの醜聞を受け入れレオンと婚姻させるという理由はなんですか?」
ギロリとエイスはセレンス伯爵を睨みつけるとゴクリと伯爵の喉が鳴る。
「ザーフィング侯の命令なのだ」
「ザーフィング侯? それはジオルグ殿の事ですか? そうか……16になると同時に正式に継いだという訳か」
エイスの口から漏れた声には諦めの感情が含まれている事を三人は察した。それは先ほどまでの怒りの籠もった声よりも伯爵家の終焉を予感させるものであった。
「現侯爵に対して格下の伯爵家が婚約破棄、しかも新たに婚姻を結ぶ相手は腹違いの弟……しかも次期侯爵をほのめかした……はは、ここまで酷いと逆に笑えてくるな」
「……」
「現侯爵に直接次期侯爵は自分と何ら相続権のないものが主張……暗殺をほのめかしたと言われても仕方ないな」
暗殺という言葉を聞いたとき、三人は気まずそうな表情を浮かべた。それをエイスは見逃すようなことはしない。
「それをジオルグ殿は主張したか……」
「いえ……実は前代侯夫妻が……前侯爵を暗殺したことを糾弾する場に立ち会いました」
「どういうことだ?」
新たに出てきた出来事にエイスは戸惑いを隠せない。前侯爵暗殺など国家レベルの大事件だ。
「その……前侯爵は毒殺されたの……ジオルグはその証拠を集めて糾弾したのよ」
「……レオンの両親が前侯爵を暗殺……そして、レオンをザーフィング侯爵にしようとした……くくく、どんどん出てくるな。最悪には続きがあったわけだ。ははは!!」
「お、お兄様……?」
笑い出したエイスに三人は不安げな視線を向けた。
「あーそれでお前とレオンの結婚は決まったか。ははは、これでセレンス伯爵家は終わりですな。前侯爵を暗殺した大罪人の息子と妹が結婚。おそらくは結婚の発表はレオンの両親達の処刑後といったところでしょう?」
妙に納得したような表情でエイスは三人に告げる。そして告げた内容はジオルグの提示した条件を的確に言い当てているのだ。
「さて、ミュゼスと婚約解消せねばなりませんな」
「え?」
エイスの言葉にフィオナが驚いた声を出す。ミュゼスはクレトマイス伯爵家の令嬢で、エイスの婚約者だ。政略によるものではあったが、お互いに信頼し合い良好な関係を築いていた。
「当然だろう。ミュゼスをセレンス伯爵家などという泥船に乗せるわけにはいかん」
エイスの言葉はミュゼスへの親愛の情に溢れている。それは長い年月によって培った互いを思いやる心であり、フィオナが手に入れられることの出来ないものであった。
「そ、そんな」
「フィオナ、実家のセレンス伯爵家を潰し、兄の結婚をダメにした気分はどうだ?大層気分が良いだろう。父上も母上もフィオナの真実の愛とやらを支持した心意気、とてもご立派でございます」
エイスは一息で言い放つと三人に優雅に一礼する。
「さて、私はこれからどうやって生きるかを考えねばなりませんので失礼します」
「待て!! どうやって生きるとはどういうことだ!?」
「言葉通りですよ。お前達の尻ぬぐいをするだけの人生は御免被る。伯爵家を潰した責任はお前達がとるのだな」
「お、お前は私達を見捨てるというのか!?」
「ならばお前達三人はここで自害しろ」
「なっ……お前は何を言ってるのかわかってるのか!?」
エイスの非人道的な提案に三人は顔を凍らせる。ようやく伯爵が絞り出すように怒鳴ったが、声に覇気が一切ない。明らかにエイスに圧倒されていたのだ。
「お前達三人の首をもって今回のザーフィング侯爵家への償いとすればセレンス伯爵家はあるいは許されるかもしれん」
「……」
返答しない三人にエイスは皮肉気に嗤う。
「出来ぬだろう? だから私はセレンス伯爵家は終わったと言っているのだよ。この状況で即答できぬのだからもう生き残りの目はない」
エイスはそう言うと振り返ることなく出て行った。
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