第15話 次期伯爵の正論①

「今……何と言われました?」


 エイス=ルード=セレンスはワナワナと震えながら自分の家族達を睨みつけた。ようやく絞り出した声はエイスが沸き上がる怒りの感情を何とか抑えて話をしようという意図が見える。


「だから言っただろう……ジオルグの小僧にエルデ村を割譲することになった」

「そうですか……それでどうしてエルデ村をザーフィング家に譲渡することになったのです?」

「それは……」


 煮え切らない様子のセレンス伯爵にエイスは見切りをつけると、母である伯爵夫人に視線を向けた。明らかに怒りの籠もった息子の視線にややひるみつつも伯爵夫人はエイスの質問に答える。


「フィオナとレオンの婚姻が成立したのよ……その……だからフィオナとジオルグの婚約が解消になったのよ」

「ほう……それでその賠償金としてエルデ村を譲渡するというわけですか?」

「そ、そういうことよ」


 伯爵夫人は気まずそうに様子で返答した。


「フィオナ……」


 エイスはフィオナを睨みつけると怒りの籠もった足取りでフィオナに近づいていく。エイスの怒りの感情に打たれたフィオナは動くことが出来ない。


 バシィィィィ!!


 エイスはまったく躊躇することなくフィオナの頬を張った。


「きゃっ!!」


 頬を張られたフィオナはそのままソファに倒れ込んだ。日頃のエイスは穏やかな性格であり、暴力など一切行うことのない人物だ。そのエイスが妹に対して暴力を振るったことに対してセレンス伯爵夫妻は驚きのあまり声を出すことができなかった。

 エイスはそんな両親を相手にすることもなくフィオナの胸ぐらをつかむと底冷えのする声で改めて問いかけた。


「なぜ、そんなことをした?」

「え?え?」


 バシィィィ!!


 混乱のために答えることの出来なかったフィオナの頬が再び鳴った。


「痛い!! 何するのよ!!」


 バシィィィ!!


「なぜ、そんなことをした?」

「女性に暴力を……きゃっ!!」


 バシィィィ!!


 質問に答えようとせずにエイスの行いを責めようとしたフィオナの頬が再び鳴る。そこからは、この繰り返しであった。

 目の据わったエイスが「なぜ、そんなことをした?」と問いフィオナが返答に窮すると容赦なくエイスの平手打ちが振るわれる光景は現実感というものが完全に失われている。


「エイス!! 止めろ!!」


 ようやく我に返ったセレンス伯爵がエイスを後ろから羽交い締めにして止めた頃には、フィオナの顔は倍以上に腫れ上がっていた。


「止めろだと? 私の行動を止めるのなら、なぜフィオナの愚行をまず止めなかった!!」


 エイスはセレンス伯爵をあっさりと振りほどくとセレンス伯爵は床に座り込んだ。エイスの父を見る目は限りなく冷たいものであり、セレンス伯爵は反論することができない。


「フィオナ、お前には常日頃から言っていたな。相手を常に尊重しろと!!」


 エイスの一喝に全員がビクリと体を震わせた。


「ジオルグ殿と婚約解消し、すぐに弟と結婚するだと!? よくもそんな恥知らずな事が出来たな!! そしてそれを止めなかった父上、母上も同罪だ!! どうどうと不倫を肯定するとはセレンス伯爵家の名誉は汚辱に塗れたものになった!! ジオルグ殿の怒りと悲しみがいかほどであるかエルデ村の譲渡を持ち出した件で十分わかるというものだ!!」


 エイスの怒鳴り声に三人は身を震わせた。


「父上……なぜジオルグ殿がエルデ村を求めたかわかりますか?」

「……」

「わからぬでしょうな……父上のように領地経営に何の関心も持ってない方にはね」

「何を言う!! 私は領地経営に力を入れている!!」


 エイスの見下した物言いにセレンス伯爵は反論するがエイスの視線の冷たさはますます下がる一方である。


「ええ、数字でいくら収入があるかには大変興味がおありのようですね」

「……」

「ですがあなたはそれだけだ。もし、領地経営にきちんと取り組んでいたならば、エルデ村の譲渡を持ち出されたときに、代わりに賠償金を支払うことを持ちかけたはずだ」

「な、何だと?」

「私であれば2500万ドラードの支払いを提示しました」

「2500万だと!?」


 エイスの提示した額は婚約解消の相場の五倍にものぼるものだ。相手が侯爵家ということを差し引いても額が大きすぎるのだ。


「エルデ村を譲渡するよりも遙かに安上がりです。この程度の事が父上・・には理解出来ないようですな」


 エイスの声には暖かさのかけらもない。エイスの口から出た父上という言葉は嫌味以外のなにものでもないのは明らかであった。

 

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