第14話 レオン、苦難の始まり
「どうしてこうなった……」
私は今日の出来事が終わってから、世界が明らかに変わって見えた。
父と母の死刑がジオルグにより確定され、私自身の今後も決められた。フィオナと結婚は認められたが、それは父と母の処刑後に発表されるという幸せとは対極にあるものだ。
死刑囚の息子となる私は確実に貴族社会で受け入れられることはないだろう。
自分がもはや貴族として生きることが出来なくなった。
絶望に押しつぶされそうに私はなっている。
だが、それは自分の未来が暗澹たるものになったということからくるものではない。今まで見下し嘲笑っていた兄ジオルグの正体を知ってしまったからだ。
父ガーゼルの前妻エルフィルの息子であるジオルグとあったのは五年前だ。母を亡くしたばかりのジオルグの表情は暗かったが、目には怒りがあったのを覚えている。
あのときの私は母がなくなったばかりなのにもう再婚する節操のなさを責めているとばかり思っていた。
だが、そうではなかったことが今日わかった。
ジオルグは自分の母を殺した私達に殺意を向けていたのだ。愚かな私はそのことに気づかずに、単に父に見捨てられた惨めなやつとしか思っていなかった。
元々ザーフィング家に仕える使用人達もジオルグよりも私達を優先し、ジオルグを軽んじていた。だが、それがジオルグの指示であったことは、今日ジオルグの口から語られた。
ありえない。わずか十一の年齢で、我々を油断させ証拠を集めやすくするためにそのようなことを行うなど、まともではない。
我々家族はそれにまんまと引っかかってしまった。すぐ側に怪物が牙を研いでいたというのに、私達家族は惰眠をむさぼっていたのである。
母がエディオル子爵家から連れてきた使用人達も同様であった。父と母の威を借りて元々ザーフィング家に仕えていた者達に対し優位に立ったと勘違いした態度をとっており、あからさまに見下していたのだ。
「レオン、さっさと立て」
ロイが侮蔑の感情を一切隠すこともなく私に声を投げつけた。
「きさ……いえ、わかりました」
咄嗟に怒りの声を上げようとしたがロイの目を見て私は何も言えなくなった。ジオルグ同様にゴミを見る目が私を射貫いたからだ。
先ほど、ジオルグに打ち据えられた私の首がズキリと痛んだ。音こそすさまじかったが、痛みはあまりなかったにも関わらず私は自分の首が落ちたと思ってしまったくらいだ。
「自分の立場を五年かけてようやく理解したか」
ロイは未だ呆然とするセレンス伯爵一家に向けて視線を向けるが何も言わない。私もフィオナと視線が一瞬交差するが、声をかけることはできなかった。
ロイに促されて応接室を出た私には突き刺さる視線は二種類である事に気づいた。一つは不安、これは母の侍女達でありザーフィング家の者達を嘲っていた者達である。もう一つは侮蔑だ。こちらはザーフィング家に元から仕える者達からのものである。
「レオン様、私達はこれからどうなるのでしょう!?」
「私達はここを辞めさせられるのですか?」
侍女達は私を見つけると不安から私を取り囲み口々に言葉をぶつけてきた。
「あなた達、レオンに言ったところで何の解決にもならないわよ」
そこに侍女長であるフェデリカが冷たい声で言い放った。代々ザーフィング家に仕える家系出身の侍女で息子シリスもザーフィング家に仕えており、領地経営の補佐としてその辣腕を振るっている。
「うるさいわね!! あんたに何の関係もないわ!!」
「そうよ!! ババアは引っ込んでいなさいよ!!」
侍女達のフェデリカに向けた怒りの矛に私は侍女達を止めるため声をかけようとした。しかし、それよりも早くフェデリカは侍女達に近づくと両手で首を掴むと、そのまま持ち上げた。それは恐るべき膂力であった。片手で人一人を持ち上げるなど通常はあり得ない。しかもフェデリカは同時に二人を持ち上げているのだ。
「が……」
「かは……」
フェデリカに持ち上げられた二人は、目を白黒させている。他の侍女達はフェデリカの行動を止めることはできない。あまりの出来事に頭が回っていないのだろう。
「さて……ジオルグ様の口からお前達の進退についてお話をするということでしたから、捨て置こうとも思いましたが、いつまでも舐められるというのも面白くないわね」
フェデリカは侍女を持ち上げていた手を放すと二人の侍女は座り込んだ。
「ゴホゴホ!!」
「ゲホゲホ!!」
二人の侍女は咳き込み涙を流していた。
「少しは話を聞く気になったかしら?」
「ひっ!!」
フェデリカはそのまま座り込む侍女の手の甲を踏みつけると冷たすぎる声で言う。
「返事は?」
「は、はい!!」
フェデリカの問いかけに侍女達は即座に答える。先ほどまでの態度は既に刷新されていた。
「先の代侯であるガーゼルとその妻アルマダは前侯爵エルフィル様を暗殺し弾劾されました。今後、このザーフィング家はジオルグ様がすべて決定いたします。あなた達の処遇もジオルグ様が決定します」
フェデリカは侍女達を見渡すとその流れで私に視線を向けた。
「レオンはこのザーフィング家の意思決定に参加する事は一切ありません。そもそも権限はない。すべてはジオルグ様が決めることです」
「……」
「ジオルグ様があなた達をどうするかは、今までのあなた達の行動により決めることでしょうね」
フェデリカの言葉を聞いて侍女達は顔を青くする。今までの自分達の行動を鑑みればどのような判断が下されるかがわかるというものだ。
「ジオルグ様はあなたの利用価値を見いだしたとの事だから殺さないであげるわ。他のみんなもお前を始末するようなことはしないけど、それはジオルグ様のおかげよ感謝しなさい。でも、役に立たないのなら始末するわ。川に浮かぶか山に埋められるかの選択ぐらいはさせてやるわ」
フェデリカの言葉に私はコクコクと頷いた。フェデリカは私を一瞥するとそのまま行ってしまう。
残された侍女達は顔を青くしつつへたり込んでしまった。私もまた顔を青くしつつ周囲を見渡すとザーフィング侯爵家に仕えていた者達の視線を感じて、汗が噴き出てきた。
自分は敵地……いや、捕食者の檻に投げ込まれた弱々しい獲物であることを瞬間に悟ったのだ。
「どうして……こんなことに」
私の言葉に誰も答えるものはいなかった。
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