第13話 エディオル子爵、恐怖にとらわれる

「おのれ!! あの小僧め!!」


 私は屋敷に戻ると怒りを爆発させた。その怒りの激しさに屋敷の使用人達は不安そうな表情を浮かべている。


「いかがなされたのです?」


 そこに私が最も信頼している執事長のエバンが戸惑いながらも尋ねてきた。


「皆は仕事に戻りなさい。旦那様から話は私が伺います」


 エバンはそう言って使用人達に告げると使用人達は不安そうな表情を浮かべてはいたが素直に従うとそれぞれの仕事に戻っていった。

 私はエバンを伴い執務室に入るとそのまま席に着く。席に着いて一拍おいたところでエバンが尋ねてきた


「旦那様、何があったのです?」

「ザーフィングの小僧に引退を強いられた。しかもカーマインに家督を譲れとのことだ」

「引退? カーマイン様に家督? 一体どういうことです? そもそもガーゼル様がなぜエディオル子爵家の進退について口出しをするのです?」


 エバンの疑問はもっともだ。私自身、あの場にいなければ猛烈に反発した事だろう。


「ガーゼルではない!! 息子のジオルグのことだ!! 十六の成人と同時にザーフィング侯爵を継いだのだ!! 小僧はガーゼルが前ザーフィング侯爵を暗殺し、我が子爵家も関係していると指摘してきたのだ!!」

「ガーゼル様が……暗殺……それではアルマダ様は?」

「ガーゼルと共に処刑だ」

「な……処刑ですと!?」


 エバンの驚きの声に私はさらに話を続ける。


「アルマダを通してザーフィング家の金が流れ込んでいることを小僧は掴んでいたのだ」

「な……」

「くそ!! あの小僧めはそこを衝いてきた。そこを使って奴は私の引退を迫ってきたというわけだ」

「何という……」

「あの小僧め私を舐めおって、必ず報いをくれてやるぞ」

「旦那様、カーマイン様に家督を便宜上譲り、実権は手放さなければよろしいのではないですか?」

「あの小僧、自分がカーマインの後見人になるとほざきおった。しかも監視として補佐人をザーフィング家から派遣するとまで」


 私は忌々しげに言う。あの時のジオルグの私を見る目は限りなく下の者を見る目だった。なぜあんな小僧に見下されねばならんのだ。怒りが後から後からわいてくる。


「さすがはザーフィング侯ですな」


 そこにエバンの紡がれた言葉に私は目を細めた。こいつは何を言い出すのだ。よりにもよって私の前であの小僧を称賛するような事を言うとは。


「エディオル子爵、不思議に思いませんでしたかな?」

「何?」

「なぜ、ザーフィング侯がアルマダ・・・・を通じてエディオル家に入ってきた資金の使い途・・・を知っていたのかと。……ねぇ?」


 そう言ってエバンは冷たく嗤う。私は明らかに雰囲気の変わったエバンを怒鳴りつけることも出来ずに黙ってみていた。もちろん、エバンがアルマダを呼び捨てにしてることにも気づいていたが、私の中にある恐怖が急速に拡大していき声が出せなかったのだ。


「エルフィル様が亡くなってジオルグ様がどのような対応をするかと思っておりましたが、さすがはエルフィル様の後を継がれるお方だ」

「な、何を言って……」

「あの二人の処刑を躊躇うことなく決定し、子爵家を乗っ取るのに使うとは、流石としかいえませんな」


 私の中の疑念が急速に育っていく。エバンは私が子爵になる前から我がエディオル家に仕えてきた者だ。その忠誠心、能力に私も家中の者も全幅の信頼をおいていた。だが、このエバンの態度は決してそうではないことを私に知らしめている。


「エバン……お前、まさか……」


 私の問いかけにエバンはニヤリと嗤う。その嗤いは獅子が獲物を狩る前に見せるものであることを私は察していた。


「ええ、あなたの思った通りですよ……エディオル子爵」


 エバンはそう言い終わると同時に動く。一瞬で私の後ろに回り込むと私の口を手で封じる。そしていつの間にかナイフが首筋に当てられている。


「声を出すな。出せばお前だけでなく家族も殺す。理解したらゆっくりと右手をあげろ」


 私はエバンの言葉に従い、右手を挙げた。するとエバンは私の口を封じていた手を放す。


「ジオルグ様がお前を殺さなかったのは、何らかの利用価値があるからであろうな。私とすれば始末した方がよほど早いと思っているが、あの方の考えは違うようだ」

「……」

「お前は今後何も考えるな。あの方の邪魔をすればお前の家族ごと始末することにする。貴様ら一族がエルフィル様を害した事を我らは一切許したわけでないことを忘れるな」

「……」


 私はエバンの言葉にコクコクと頷いた。反論などすれば間違いなく家族ごと殺されることが確実であることを本能が理解していたからだ。


「エディオル子爵、今後ジオルグ様への中傷は貴様ら家族の命を危険にさらすことになる。当然だが、お前だけでなく家族、家中の者達にも徹底させろ。ザーフィング侯の手の者は私だけではない・・・・・・……この意味がわかるな」


 私はまたしてもコクコクと頷いた。先ほどまで全幅の信頼をおいていたエバンが今は何よりも恐ろしい。


「それでは……旦那様・・・、ザーフィング侯の命令をきちんと履行してください。もし、しくじれば……」

「わ、わかりました」

「分かればよろしいのです。今後はきちんとザーフィング侯のために働いてもらいますよ」


 エバンはそういうといつもの微笑を浮かべ私に一礼し部屋を出て行った。扉が閉められると同時に私の全身から汗が噴き出てきた。


(ザーフィング家……あの家は一体何なのだ? エバンが私の家に仕えるようになって随分経つ……もし、エバンがザーフィング家の命令で私の家に仕えているとすれば、この国の貴族の家すべてに……間者を送り込んでいるという訳か……?)


 そう思うと私は声を出すことは出来なくなった。どこにザーフィング家の目と耳があるかと思うと怖くてたまらない。

 エバンが私を殺さなかったのはジオルグのやり方に反するためであるのは間違いない。


 そして、エバンがここでザーフィング家の者であることを晒したのは、晒したところで何の脅威にもなりえないという判断からだ。


 エバンがその気になれば私は気づかぬうちに冷たくなっているだろう。そして助けを求めようにもそれが届く前に私は間違いなく殺される。


「手を出してはいけない相手だった……」


 私は頭を抱えながら呟くがそれが誰の耳にも届かない事を祈ってしまい慌てて口を押さえた。


 私はようやくザーフィング侯爵の恐ろしさがわかった。私が生きているのは単に利用価値があるからだ。逆に言えば利用価値がなくなれば消されるということ。


 私は死神がニタニタと嗤いながら私の隣に腰掛けている事を理解しガタガタと震える体を押さえることが出来なかった。

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