第12話 カルマイス子爵家の混乱

「ど、どういうことですか?」


 私の息子であるアルガスの問いかけももっともだ。ザーフィング侯爵邸から戻った私から、いきなり爵位を譲り、一週間後にはお前が子爵だと言われれば混乱するのは当然だ。


「あなた、一体何があったのですか?」


 妻のサラもまた混乱から立ち直っているわけではない。


「ガーゼルが……」

「ガーゼル殿がどうしたというのです」

「前ザーフィング侯爵であるエルフィル様を毒殺したことをジオルグに糾弾された」

「毒殺……」

「叔父上が……毒殺」


 私の言葉に二人は呆然として呟く。前侯爵を毒殺した者を一族から出したとあってはカルマイス子爵家もただでは済まないことは確実だ。


「その責任をとって、父上は爵位を私に……というわけですか?」


 アルガスの言葉に私は素直に頷けない。


「あなた、それよりもザーフィング家からのお金の件を隠さなければ」


 サラは顔を青くしつつ言う。サラとすればガーゼルとの共犯を疑われることがいかにまずいかを考えるのは当然のことだ。しかし私はサラの言葉に顔を横に振った。


「え? まさか……ジオルグは知ってたの?」


 全てを察したサラの顔色はさらに青くなった。


「ああ、ジオルグ様はそのことを知っていた。しかもこれを見てみろ」


 私はザーフィング邸から出る際に、渡された資料をサラに見せる。サラはひったくるように資料を見てガクガクと震え始めた。


「母上? それには一体?」

「これはガーゼル殿を通して……いつ、いくらザーフィング家から資金が提供されたかが書いてあるわ」

「それでは……」

「ええ、無関係であるという主張はまず通じない……」


 サラの言葉にアルガスもカルマイス子爵家が追い詰められていることを察したのだろう。


「サラ……アルガス、この資料を見てみろ」


 私は次の資料を手渡す。サラとアルガスはその資料を見てさらにガクガクと体を振るわせつつ、こちらを見た。その顔色は限りなく悪い。


「父上、なぜザーフィング家からの資金の使い途・・・がここまで詳細に知られているのです!?」

「まさか……ここにジオルグの手の者がいるということですか? あなたがジオルグに先ほどから敬称をつけているのは……」


 私は二人の疑問に頷くことで答えた。


 そう、私がジオルグに様をつけているのはこのカルマイス家にザーフィング家の監視の目があると言うことに気づかされたからである。


 ここまで詳細にカルマイス家の資金の流れを知られていると言うことは、当然にザーフィング家の監視の目がこのカルマイス子爵家に入っているのは確実だ。そのことに気づいた時にジオルグを呼び捨てに出来る心境はなくなったのだ。


「あなたガーゼル殿はどうなるの?」

「死刑だ」

「え!?」

「そ、そんな死刑なんて……」


 ガーゼルの死刑が確定した事に二人が大きなショックを受けたが、それはガーゼルが死刑になったことが問題ではない。ジオルグが実の父であっても一切容赦をしない人物である事を突きつけられ、より恐怖が増したのだろう。


「本当のことだ。お前達、わずか十六で実の父に死刑を宣告することが出来るか? それも何の躊躇いもなくだ」


 私の問いかけに二人は一切答えない。


「私は今まで生きてきた中であれだけ恐ろしい人物に会ったことはない」

「……」

「ジオルグ様は我々に蔑まれても一切反抗しなかった。その理由が今ならわかる。あの方は我々をいつでも・・・・つぶせるからこそ反抗しなかったのだ。いや、反抗など一々するだけの価値を我々に見いださなかったのだ」


 私は言いながらガタガタと震え始めた。あのジオルグのガーゼルを見る目は完全にゴミを見る目であった。そして淡々と私に引退を迫った時も同様だ。あそこまで冷たい目で見られることなど私の経験では初めてのことだ。


「そ、それではジオルグはなぜこのカルマイス家を潰さないのです? 私が爵位を継ぐことを認めたのですか?」


 アルガスの問いかけはもっともである。


「ジオルグ様はお前の後見になることを宣言した」

「え? 後見ですか?」

「ああ、それに補佐人をザーフィング家から派遣するとのことだ」

「補佐人も?」


 私の言葉を聞いてアルガスもサラも愕然とした表情を浮かべていた。


「わかっているだろう……。これはザーフィング家による事実上の乗っ取りだ。ジオルグ様は何らかの価値を我が家に見いだしたのだろう。それ故に潰すよりも乗っ取ることを選んだのだ」

「そんな、あなた何とかならないの? このままではアルガスがあまりにも不憫だわ」

「どうにもならん。というよりも、ジオルグ様がその気ならば我々はガーゼルと共に処刑されてもおかしくない」

「え?」

「わからんか? ガーゼルが前侯爵を暗殺し、ガーゼルからザーフィング家の資金が流入した。共犯であると主張されれば間違いなく一族郎党処刑だ。我々はジオルグ様に生殺与奪の権限を握られているのだ」

「……」


 私の言葉にサラとアルガスは沈黙している。私自身、ジオルグという少年を完全に見誤っていた。そのことは悔やんでも悔やみきれない。サラとアルガスは直接ジオルグの恐ろしさを体験していないため、何とかなると思っているようだが、私としてはそんな甘い考えは一切捨てねば生き残れないことがわかる。


「二人とも死にたくなければ……いや、惨めに潰されたくなければ反抗など考えるな。家族全員が何らかの形で死ぬのは間違いない。サラ、実家を巻き込みたくなければジオルグ様の機嫌を損ねるような事は絶対にするな」


 私の鬼気迫る言葉に二人は小さく頷いた。


 今日をもってカルマイス子爵家は名ばかりの存在になった。それを無念に思うよりもこれからジオルグという新たな主人の不興を買わないために出来ることは何かという恐怖との戦いが始まったことの方がよほど私の精神に負担を強いていた。


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