第09話 侯爵は語る
「お疲れ様でございました」
執務室に戻り、座ると同時にアイシャが切り出してきた。
「ああ、バカの相手は疲れるよ」
「お察しいたします」
私の吐いた毒をアイシャは柔らかな微笑で受け止める。
「ジオルグ様、伺ってもよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「なぜ、両子爵家の存続を許されたのですか?」
「まぁ不思議に思ったろうな。みなは潰すという前提で
ここでいう工作は両子爵家に資金を流したことだ。ガーゼル達は自分達の意思で実家であるカルマイス子爵家、エディオル子爵家に資金を流したと思っているが、実際のところは異なっている。
私の命令で、少しずつガーゼル達を誘導しそう仕向けたのである。まぁ、あの二人の性格なら遅かれ早かれ資金を流していたことだろう。
ガーゼルもアルマダも実家からすれば当主になれなかった者達だ。その劣等感は長い年月を経て培われた。それを払拭するためにも実家への資金提供させることで優越感を満たしていたのだ。
実際は実家ごと始末するための工作だったのだ。持たなかった者が突然莫大な金を動かせるようになると歯止めがきかなくなるのは、身分などは一切関係ない。金に操られぬようにするには強い意志が必要なのだ。
「はい。だからこそ、両子爵家を存続されたことが意外でした」
私の答えにアイシャは首を傾げながら言う。私の事は信頼しているが、理解出来ない事はやはりあるのだ。
「だろうな。だが、元々あの両子爵家を潰すつもりはなかったのだよ。捨て駒として申し分ないだろう」
「捨て駒……ですか?」
「ああ、ザーフィング侯爵家の
「それは……おっしゃるとおりですが……」
私の言葉にアイシャは不満そうだ。あのような者共を使わずとも自分達がいくらでも守るという自尊心を傷つけられたのだろう。
「私はお前達を捨て駒にして使い潰すつもりなど一切ない。だからこそ、捨て駒にしても気にしないで済む者が欲しかった」
「しかし……」
「アイシャ、自己犠牲というのは、一見美しいものかもしれないが、別の言い方をすれば自分の命を相手に背負わせる行為だ」
「ジオルグ様……」
「そう悲しそうな顔をするな。私としてはみなの命を背負う覚悟は出来ている。だが、それは使い捨てにした結果ではない。アイシャ、私はとても弱い人間なのだよ」
「そのようなことはございません!!」
アイシャの強い口調での否定であるが、私は苦笑しながら返答する。
「いや、私は弱いのだよ。たとえ他の者がどう思ってくれようとも私は自分が弱いことを知っているのだ。だからこそ、お前達を失いたくないのだ」
「ジオルグ様……」
「母が殺された事に気づいた時、私は怒りにまかせてガーゼル達を即座に皆殺しにしたかった。だが、出来なかった……」
私の自嘲未満の表情をアイシャは静かに見ている。
「もし、私が我を忘れて奴らを皆殺しにすれば間違いなく家臣達の誰かが罪を背負うと思った。自分の感情を満足させるために誰かを犠牲にする……その事実に私は耐えられなかったのさ。だからこそ、五年かけてやつらを断罪する事に費やすことができたというわけだ」
私はアイシャに視線を移すとアイシャと目が合った。
「がっかりしたか?」
私の問いにアイシャは苦笑を浮かべつつ口を開く。
「はい。ジオルグ様に守られてるだけの私達の惨めさに気づきました」
「ほう……そう来るか」
「我ら
「そうか……私としたことがお前達の覚悟を見誤っていたな」
私の言葉にアイシャはニコリと微笑み一礼する。まったく我ながら野暮なことを言ったものだ。
「さて、すこしばかり疲れから下らんことを言ってしまったな」
「いえ」
「さてと明日登城するから書類を作成するか……」
「はい」
「アイシャ、資料作成を行え」
「はい、承りました」
「それからロイ」
「え?」
私の言葉に扉を開けてロイが顔を出した。
「なんだバレてたんですか? きちんと気配は消してたんですけどね」
「ロイ、あなた」
「いや、俺なりに気をつか……うぉ!!」
軽口の途中でロイがのけぞった。投擲されたナイフを避けるためである。投げたのはもちろんアイシャだ。速度といい、タイミングといい、よほどの手練れでなければ気づくことも出来ないだろう。
「おい……お前、本気で投げるなよ。俺でなければ死んでたぞ」
「生まれ変わったら少しはまともになると思ったから手伝ってやろうとしたのよ」
「ジオルグ様~アイシャがいじめます~」
「アイシャ、一本ぐらい当ててもこいつなら死なんだろ。一応急所は外せよ」
「はい♪」
「本当にすみませんでした。調子に乗って済みませんでした」
ロイすっかり恐縮した体で謝罪するが本気ではない。この辺りのやりとりは気心の知れた者達同士のものだ。
「まったく……ロイ、明日今回の顛末を陛下へ奏上する。その資料作りをアイシャとともに行え」
「承りました」
私の命令にロイは即座に応える。私はその様子を見ながら書類作成を始めた。
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