第08話 全員、殴りつけた

「引退?」

「お、お待ちください!! 私の嫡男は現在10歳です。とても領主として」


 予想通り、両子爵は引退に難色を示した。カルマイス子爵家の嫡男であるアルガスは十三歳であるし、エディオル子爵家のカーマインはわずか十歳であることを考えれば当然と言うべきだろう。


「そうか、条件がのめないというのなら資金の返済期限は一週間後とする。何年何月何日にそちらに資金がいくら渡ったかの目録も作成してあるから、それに目を通しておけ。返済計画をたて、それを実行するだけの時間はわずか一週間しかないが何の問題もないな」

「く……わかりました。引退しアルガスに爵位を譲ります」

「……承知しました。私も引退いたします」


 両子爵はうなだれつつ苦渋の表情を浮かべて私の言葉を受け入れた。


「まだ成人もしていない少年達に負担をかけるのは卿らも不安であろうし、心痛だろう」


 ここで私は一端言葉をきる。


「私ザーフィング侯爵が新子爵二人の後見となろう」

「なっ!!」

「そ、そんな!!」

「ん?まさか子爵位だけ譲り、実権は手放さぬつもりだったか? 随分と私も侮られたものだな」

「う、そんなことは」

「さすがは侯爵家を簒奪しようとした一族だな。甘い対応などすべきではなかったというわけだ」

「違います!! 私はただザーフィング侯爵の手を煩わせることに申し訳ないと思ったからであります!!」

「私もです!!」

「ほう、そうか……それは済まなかった。私も少々短慮であったな。だが心配ない。いつもは私の部下を補佐としてつけるつもりだ。私の判断が必要な時にのみ・・関わることにするからな」


 私の邪悪なみに両子爵は言葉を失った。


 これは事実上の子爵家の乗っ取りの宣言に他ならない。だが一族出身者から簒奪未遂者を出し、資金が流れたことから子爵家も共犯者と見なされるという現実はいかんともしがたい。この現実があるために子爵家は私の要求を呑むしかないのだ。


「あ、ありがとうございます……」

「ご厚情感謝いたします……」


 両子爵は頭を垂れて絞り出すような声で言う。


「子爵達は速やかに一週間後には手続を終えてもらう。こちらも一週間で補佐役を選任しておくので引き継ぎ資料の作成も行え、補佐役は私の名代であり非協力的な態度をとればそれ君達の家の歴史は終わらせる・・・・・

「は、はい!!」

「承知いたしました!!」


 私の声に一切の躊躇いを感じることができなかったのだろう。両子爵は震える声で返答した。


「あ、あの……ジオルグ様」


 そこに遠慮がちというよりも恐怖に満ちた声でフィオナが言った。


「アイシャ、良いよ。セレンス伯爵令嬢に品性というモノを期待してないからな。無礼は許してやろうではないか」

「承知いたしました」


 私がアイシャに向けてそう言ったのは、フィオナを組み伏せているアイシャが、フィオナの指をへし折ろうとしたからである。


「それでセレンス伯爵令嬢、話を聞こうか」

「その……私とレオン様は……」

「無論、結婚させる・・・。結婚の発表はガーゼル達の処刑後だ」

「え?」

「そ、そんな!!」


 私の言葉にセレンス伯爵家の面々の表情は絶望に染まった。結婚後に前侯爵殺害が発覚したというのなら離縁させることで最小限度の損害で済ませることが出来るのに、罪が発覚し、しかも処刑後に婚姻を結べばセレンス伯爵家の名誉は地に落ちるどころでは済まない。あらゆる貴族が交流を絶つのは明らかだ。


「婚約者である私を裏切り、弟と婚姻を結ぼうという厚顔無恥な要求をしたのだ。逆に言えばそれだけ真剣にレオンを愛しているのだろう? 私も義理の兄として幸福を願わせてもらうよ」 

「お待ちください!! それだけは!!」

「そうです!! 二人が結婚などすれば我が伯爵家は終わりです!!」

「かも知れぬが私としても愛し合う二人を引き裂くには忍びない。心配するなセレンス伯爵家にも私の部下を派遣して両家が和解したことを周囲にしらしめてやろう」

「な……それは」

「両子爵家と違って私はセレンス伯爵の引退は求めぬ故安心してこれまで通り領地経営を行って欲しい」


 セレンス伯爵夫妻はがっくりとうなだれた。その様子を見たフィオナはポロポロと涙をこぼし始めた。


「まともな手順で婚約解消をしておけばこのような事にはならなかったのだがな」


 私の言葉はフィオナに大いに刺さったようだ。自分の軽率な行動が今のセレンス伯爵家の危機を招いたことに気づいたからだ。


「レオン」

「え?」


 私は呆然としていたレオンに優しく声をかけながら近づいていく。


「お前のおかげでセレンス伯爵家は事実上、我がザーフィング侯爵家の傘下に入った」

「え?」

「運の良い男だ」

「え?」


 バシィ!!


 私は剣を振り上げるとレオンの首筋に一気に振り下ろした。すさまじい音が響いたが、もちろん本人にはそれほどの衝撃はない。


「その功績がなければお前のここ・・は落ちていたぞ」


 私はそう言ってポンポンと剣でレオンの首をたたいた。その瞬間、レオンの全身から汗が噴き出した。


「さて、これ以上話す事はない。本日はご苦労であった。退出せよ」


 私はそう言って応接室を出て行った。

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