第3話 奇襲
0時も近くなってきたころ、ヨガン魔術師団兵の唐突な伝令を受けるヒーリア。
「伝令です」
「なんだこんな時間に」
「セインヅカ帝国のセイン・ルセリオスがこちらに向かっているとのこと」
「なに?そんな話ミストリア姫から聞いてないぞ、今来ているのか?」
「現在おそらくは黒龍ゴルドを使い向かっているため来てもおかしくない頃なのですが」
「セインヅカ帝国に使者を送れ、早急にだ」
「了解いたしました」
そのころ、セインヅカ帝国のミストリア姫の側近にあたりライラ・ルセリオスの姉にあたる人物、セイン・ルセリオス。黒い長髪の彼女は黒き龍ゴルドに乗り古都ヨガン周辺を模索している。
「ふふっ、ミストリアは純粋だ、同盟の証に我が弟、ライラを預け情報を聞き出し今日二人グループになっているというではないか。通達兵などおらぬでも我のゴルドとライラのガルドは繋がっている。ミストリアはもう眠っているからな、これで関係は破綻するだろう、誰がヨガン魔術師団になど手を貸すか、メソッド教団を落とし首都メソッドを手に入れるのは我らセインヅカ帝国よ」
セインのゴルドはガルドに合図を送る。
そのころエリルとライラは。
「ん?なんか見えねぇか?下だけじゃなくて上とかな」
「わかりました…探してみます」
エリルの精霊ブラッディは戻ってきた。エリルと話している様子だ。
「かなり大きな黒い反応を察知しました」
「なに、俺が始末してやる、乗れ」
「また乗るんですか…」
ガルドは上へと飛び羽ばたく。
「見つけたぜ、ここからでも見える」
「あれはいったい何でしょう…」
黒い巨体も気が付いたのか向かってくる。エリルは捉えた。あれは龍だ。さらに言うならライラと同じ種族の龍。誰かが乗っている。向こうから声がかかる。
「お疲れだったな我が弟よ、そいつは確か精霊を操る魔法使いだったらしいな」
「お知り合いですか…」
「そうだな、俺の姉ちゃんだ」
エリルは頭の中が真っ白になる。
「セインヅカ帝国とは同盟中ですよね?」
「ふふっ、慌てるでない、なに、殺しはせんよ。人質になってもらうぞ精霊使い」
「さ、最初からこれが狙いだったんですね…」
「おっと、このまま飛び降りる気かあんたは、死んじまうぜ」
エリルの精霊ドレイクが必死に火を吐いて抵抗するがゴルドの威嚇によりエリルの精霊たちはかき消される。
「ふっ、ここまで空にいるからな、見つかったところでどうということはない、さぁ、長居はできん。ずらかるぞライラよ」
「おう、了解」
「離してください…下ろしてください…これがミストリア姫の望んだ答えなんですか」
「ライラよ、黙らせろ」
エリルはライラの一撃をくらい気絶した。
「そうさ、我こそセインヅカ帝国の姫になるはずだった、そのためにセインの名前ももらったというのにカナトス家め、オードウェリー、自分の龍にセインの名前まで付けて…これからはセインヅカ帝国はルセリオス家が支配する。我のゴルド、そしてライラよ、お主のガルドが象徴となるのだ。ヨガン魔術師団はミストリアが謀ったと思い込むだろう、それでいい。もうすでにセインヅカ帝国の大半はルセリオスに落ちた。もうミストリアを慕う兵士は減るのみだ」
「後は時間の問題だな」
「さて、こやつをどうするか、目には目を、歯には歯を禁術には禁術をだ、洗脳兵にでもしてしまえばヨガンは手出しできまい、さてライラよ、次はファーランベルクの協力者を演じてもらうぞ?」
「おっけー、ファーランベルクはメソッド教団と同盟でもあるから何かつかめるかも」
「できれば頼むぞ我が弟よ、これからは龍の時代だ、伝令がないとわからぬ人間よりゴルドとガルドのように意思疎通できる方がよっぽど効率が良いのだよ」
「くっ、しくじった…ミストリアめ、罠だったか、腹黒い姫だ。まずいな…緊急招集をかけたがまだ戻っていないのか」
「ジン、フレイ、アルハザード、キャロット、スピリア、ナイアは戻っています。ライラとエリルが戻っていません」
「手遅れだったか…余計なことをしたな私は…セインヅカ帝国との同盟を破棄する」
「し、しかし、もう使者は出しました」
「使者も捕まるな、作戦変更、エリル奪還作戦に移行する」
数分後、ヒーリアが戻ってきた。
「すまない…私がしくじった」
「しくじったってどういうことですかー?というかエリル様とライラは?」
「おそらく、敵の手に渡った…」
フレイが飛び出す。
「待ってくださいよ、敵ってライラですか?セインヅカ帝国とは同盟ですよね」
「それも全て罠だ…ライラは送り込まれた刺客…ライラと組ませるのはスピリアが正解だったな」
「これだから男は…あたし一人でも助けに行く」
「ちょっと待ってくれよ、私も行くよそんなの」
「私も行きたい…許さない」
「焦るのは分かる、しかし冷静にならなければならない。セインヅカ帝国は平気で汚い真似ができる、禁術にも手を出している可能性がある。それを考えればスピリア、お前でも勝てるかわからないぞ」
「でもそれって禁術がエリル様に使われる可能性もあるってことですよね?なら少しでも早く助けに行かないとエリル様が」
「私も同感ですね、確かにゾンビを出しすぎて魔力は少し使ってしまいましたが少しでも早く助けるべきだと思いますね」
「僕もです、眠気がどうこう言ってる場合じゃないと思いますし」
「もちろん俺もです、少しでも早く助けないと手遅れになるかもしれません」
ヒーリアは兵士に起こしてくるよう命じる。
「よし、兵士が揃い次第出発する、これは一大事だ、一刻の猶予もない。全軍、これよりエリル奪還作戦を開始する」
そのころセインヅカ帝国では
「ミストリアは寝ているか?」
「はい、まだ寝ておられます」
「まずは隠し通すか、牢に放り込んでおけ」
「承知いたしました」
エリルは目を覚ます。
「ここは…あぁ、掴まったんですね…」
「起きたようだな」
「ライラさん…ミストリア姫と話をさせてください」
「それは無理な相談だな」
「なぜですか…話すのも許されないんですか。目的が聞きたいんです…」
「いいぜ、目的を教えてやるよ。俺たちルセリオス家がカナトス家を陥れるためにお前をさらった。別にお前じゃなくてもよかったんだけどな」
「待ってください…つまりこの騒動にミストリア姫は関係ないんですか?」
「関係ねぇぜ、だからわざわざミストリアが寝てる夜にバレねぇようにこの作戦を俺たちが立てたんだからなぁ、今頃ヨガンは戦線復刻してるだろう、ミストリアにな」
「あぁ…ミストリア姫は無実だった…そうですか…」
「お前を洗脳の禁術にかけるつもりらしいぜ、姉ちゃんが言ってたぜ」
「禁術…」
その言葉にがくがくと震える。
「き、禁術って…治す方法あるんですか…」
「あるっちゃあるぜ、後遺症が残るらしいけどな」
「そうですか、教えてください、かけられる前に…」
「そうだな、どうせ洗脳されるしな。禁術にも種類があるらしくてな。俺たちが所持してるのは疑似的にお前らみたいな能力を半永久的に使える洗脳の禁術だ。前のメソッド教団が用いたのは破壊の禁術らしいが」
「その禁術を私に…」
「いや、お前はちょうどやりやすい、あんたの媒介となるもの、その精霊だ、精霊さえ死んでしまえば洗脳は解けるが不可能だからな」
「私の精霊たちは解放してください…今からでも契約解除の術式を…」
「そうはいかねぇ、兵に見守らせておくか、精霊がいなきゃ戦力として使えねぇじゃねぇか、媒介にするのはそうだな、その緑の鳥でも蝙蝠でもなく赤い龍の精霊にするか、俺たち竜騎士にぴったりだ」
「そんな…ドレイクが禁術に…」
「よし、こいつが変な真似をしないか見守っておけ」
「承知いたしました」
エリルは自らの精霊シルフィ、ドレイク、ブラッディと意思疎通で会話をする。
(ごめんなさい、ドレイク…貴方を守ってあげられなくて…)
(大丈夫です姫、我が禁術を掛けられ姫が洗脳されても彼に託します)
(しかしドレイク…そうすれば貴方が…)
(姫のために灰にでもなりましょう、すべて彼にかかっています)
(ドレイク…それで貴方はいいのですね?)
(姫のために散れるならそれに越したことはありません)
シルフィとブラッディも話に割り込んでくる。
(では我とブラッディが主を治める人間に手紙を送ります)
(エリル様、このブラッディとシルフィにお任せください)
(シルフィ、ブラッディ、姫を頼んだぞ)
(ドレイク、汝のことは忘れはせぬぞ)
(ドレイク様、エリス様はブラッディたちにお任せください)
精霊たちの会話に兵士は気づかずエリル達の作戦は実行されていた。
兵士たちを引き連れセインヅカ帝国の進行するヨガン魔術師団。
しかし進軍を開始したところで到着するのは夜は開けた朝方になるだろう。それと同時に一刻を争う事態なのも事実。
ナイアはプラス思考で話を進める。
「でも確かに汚い作戦だけどほんとに禁術を使うのかな?それにさらった訳じゃないかもしれないよ」
フレイは反論する。
「確かにその可能性は0じゃないかもしれないけどエリル様に何かあったらどうするんだ」
ヒーリアはナイアの言った線を考える。
「始めから狙いがエリルだとしたなら緊急の何かがあったのだろう、龍同士がもめ始めたとかな、だからこそ精霊と話せるエリルを緊急で呼ばなければならなかった、それだけの事態があった、ということであればどちらにせよセインヅカ帝国に一刻も早く赴くのは正解だ」
ヒーリアは現状を聞く。
「セインヅカ帝国に大きな動きはないか、特に戦闘態勢も整えていない、ミストリアは眠っていると来たか、狙いはなんだ?ことが片付いたのかもしれんな」
進軍すること数時間後。
エリルの精霊シルフィとブラッディが手紙を加えて持ってきた。
「ん?あれはエリルの使い魔、いや、精霊か」
シルフィとブラッディはヒーリアを見つけると迷うことなく手紙を渡してヒーリアの肩に止まった。
「ドレイクがいないではないか」
「エリル様の手紙…」
「エリル様のドレイクがいないってどうしたんだ」
「なんか嫌な予感するなぁあたし…」
進軍しながらヒーリアはエリルが綴ったであろう手紙を読む。
『セインヅカ帝国はこの私、エリル・シェリスを人質に取っています。主犯はミストリア姫ではございません。ミストリア姫は無実です。主犯はセイン・ルセリオス、そしてその弟ライラ・ルセリオス。目的は私達ヨガン魔術師団とミストリア姫率いるセインヅカ帝国を争わせカナトス家を陥れルセリオス家がセインヅカ帝国の王座に立つことです。また、ルセリオス家は洗脳の禁術を用います。もし会う機会があれば洗脳兵としてお会いいたしましょう』
「なんだと…」
「エリル様に何かあったんですか?」
「まず今回の騒動の主犯はミストリア姫ではない、ライラ・ルセリオスの姉、セイン・ルセリオスだ。ルセリオス家はミストリア姫を陥れるつもりらしい、さらに急がなくては、エリルが洗脳の禁術にかかってしまう」
「エリル様が…あたし、さすがにエリル様相手とか勝てないんだけど…」
さらにまだ手紙はもう一通あった。
『もし私が禁術を掛けられ洗脳されていた場合、解く方法はあります。これは全てドレイクとも話しました。ドレイクは媒介となるでしょう、精霊を殺すことはできません。なのでその時はドレイクをナイアさんの物質を違う物質に変える能力で灰にしてください。そしてできればその灰を洗脳が解けた私に渡してください。せめてもの償いとして。禁術を掛けられると何かしら後遺症は残るらしいですがそこまでは分かりません』
それがエリルの手紙だった。
「おいナイア」
「え、なんでしょうか。ヒーリア様」
「もしもの話だ。もしもエリルが禁術を掛けられてしまった場合治せる可能性があるのはナイアしかいない」
「僕ですか?」
「エリルのドレイクは恐らく邪龍に変わり果てているだろう、そのドレイクを灰に変えろ、そしてできればその灰を掬ってやれ」
「でも、そんなことをしたらドレイクが…」
「これはエリル、そしてドレイク自身の命令だ。ドレイクは邪龍になるくらいなら自らが灰と化してエリルを洗脳から救う道を選んだと私は受け取った」
「わ、分かりました、僕にかかってるんですね」
「成功したとしても後遺症は覚悟しておけ」
「そんな…エリル様が後遺症…」
「どんな後遺症なんですか」
「そこまでは詳しくわからないらしい、急ぐぞ」
同時刻、セイン・ルセリオスはエリルを拘束しドレイクも拘束した。
「ふふっ、ヨガン魔術師団が向かってきているらしい、儀式を始めようか。鳥と蝙蝠はいなくなっているな、魔力の限界か?まあ良い、一番強い精霊がこの龍だったということだな、やはり龍こそ最強の生物なり」
エリルは心の中で祈る。
(間に合ってください…シルフィ…ブラッディ)
「よし、陣はできた、これで禁術は成功だ、永遠に洗脳されるがいい」
(ごめんなさいドレイク…さようなら、そしてありがとう…)
(たとえ禁術にかかろうとも、我は姫を守って見せる)
その意思疎通の会話が洗脳される前のエリルとドレイクの最後の会話となった。
そしてエリルとドレイクは禁術に落ちた。
「ん?」
「どうされましたか、ヒーリア様」
「エリルの精霊が消えた」
「それってエリル様が禁術に掛けられたんじゃないか」
「ま、まだわからないよ」
「あたしがエリル様を助けないと、ナイア援護するから頼んだからね」
「も、もちろん、もしかけられたのなら僕しか解けないんだよね」
「見えてきたぞセインヅカ帝国、兵士が戦闘準備しているな。全軍、第一の目的はエリルの奪還だということを忘れるな」
セインヅカ帝国内部、何も知らないミストリア姫は朝起きた。
「何事ですか」
「ヨガン魔術師団が進軍してきています、セイン様を筆頭に迎え撃ちます」
「なぜヨガン魔術師団が…同盟を破棄したということですか?」
「進軍してきている以上そう考えるのが妥当かと」
「これはわたくしも真偽を問う必要があります、ホーリーを出してください」
「しかしミストリア姫、危険です。相手は唐突に同盟を破棄する汚い軍なのですよ。狙いはミストリア姫かもしれません。ここはセイン、ライラ様に任せた方がよろしいかと」
「ライラは無事だったのですね」
「そのようです、命からがら逃げきったとの報告を受けております」
「ですが見ているわけにはいきません、わたくしも撃って出ます」
「ミストリア姫、危険です」
ミストリアは自分の白い愛龍、ホーリーを呼び出す。
「全軍、参りましょう」
ついにヨガン魔術師団とセインヅカ帝国はお互い戦闘態勢に入った。二国の戦闘が今始まる。
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