まもり世代とナチュラルブレイブ
シリウスは訓練場の端で倒れている冒険者に近づいた。若い獅子を思わせる金髪が砂にまみれている。
「おい、大丈夫か。」
「だい・じょ・・うぶです。」
大きな外傷は見られないが、意識は朦朧としている様子だ。
「なかなかキツイのをもらったようだな。仕方ない。」
シリウスが右手をかざし回復魔法を唱えると、白く淡い光が若者の身を包みこんだ。
「うう・・ハッ!」
「気が付いたようだな。」
「イタタタタ、すみません手当してもらっっちゃって。」
まだダメージが残っているようで、座り込んだまま若者はシリウスに深々頭を下げた。顔を上げると照れくさそうに、はにかんだ笑顔を向けた。十代中ごろ特有の幼さを残した顔だった。
「気にするな、もともと乏しい私の魔法力が底をついただけだ。それよりも何故こんなところで地べたにキスをしていたんだ?大方、訓練と言う名の可愛がりだろうが。」
「おっしゃる通りです。ここに着いて早々にやられてしまいました。」
「よくあることだ。いい経験になったと思うことだな。ところで君の職業は?」
「お恥ずかしながら、勇者です。」
「ほう、それは賢者よりはるかに珍しい。若いからてっきり新人かと思ったが、転職組か。ちなみに前職は何を?」
「前職はありません。冒険者になろうとアストレア大神殿でに行ったら、勇者になれるといわれまして。」
アストレア大神殿は冒険者の就職全般に携わっており、転職のほかにも新人が会社に登録する際に訪れる場所である。新人が職業を決める際、アストレアの大天秤で自分の適性に合った職業が判断され、その中から選ぶこととなっている。力の伸びを期待されるものは戦士や武道家、魔力の素質があるものは魔法使いや僧侶と言った具合にリスト化される。そこから一つの職業を極めんと成長していった者はランクアップの資格を得られる。ランクアップによりブロンズやシルバーといったクラスとは別の階級であり、戦士はウォーマスタ、魔法使いは魔導士というように肩書とともに昇進していく。転職はランクアップ済みの者だけが許されることで、勇者も通常は転職でしかなれない。しかし、非常にまれなことだが、勇者の素養を持って生まれるものが出てくる。彼らは他の冒険者から尊敬とそれ以上の妬みの視線を浴びることとなるが常だ。
「君はナチュラルブレイブということか。私も長いこと仕事をやってきて色んな冒険者に会ってきたが、生まれながらの勇者は一人しか知らなかった。実に興味深い。君の生まれは?・・・いや、なんでもない。余計な詮索は無粋だな。失礼した。」
「気になさらないでください。それにしても、ずいぶんお強いのですね。」
「さっきの魔法か?見ていたのか。あんなものただのブラフ、ハッタリだ。」
「ハッタリ?」
「そう、現在の魔法力で何とか使える低レベルの風魔法を訓練場の砂に拡散させて派手に砂埃を捲き上げただけだ。当たっても、さほど痛くもない。この小瓶も中身はただの水だ。彼らが見た目にビビらず立ち向かってくるタフさを持っていたら負けていたよ。もっとも、彼らのような『まもり世代』でタフな奴は魔人よりはるかに少ないがね。」
「まもり世代ってなんですか?」
「まもり世代を知らないのか?やはり少しだけ出身を聞きたくなったぞ。まぁいい。」
今から十年前に起きた事件、英雄カインが七大悪魔王の一人ルシファーと契約して魔王となり、人々を恐怖のどん底へと落としたカインズショック。カインは力を結集させた人間とそれに協力する天使や神々との長きにわたる戦いの末に討伐され、依り代を失ったルシファーを魔界へと帰還させたことで決着を迎えたが、その代償はあまりに大きく人々の心にも多くの傷を負わせた。それから長い間、人間同士でも相手が魔人にならないかと相互不信に陥り、政治的経済的に混乱期が続いた。それは冒険会社法の整備により収束を迎えていったのだが、リスク回避思考が広がり最前線で体を張って戦う戦士系前線ジョブ志願者の減少を引き起こした。代わりに一歩引いたところで戦う後衛ジョブの人気が上昇した。彼らは負傷を避けるために、危険度の低い調査クエストを積極的に受けるため、まもり世代と揶揄されるようになった。
「増えすぎた後衛ジョブと調査クエストの人気のおかげで魔人討伐のような高難易度クエストは減っていき、私の給料も下がった。法整備が進み、平和になればなるほど、我々古参の戦士たちが追いやれて行くというのは皮肉とは思えんか。」
「古参と言うほどの年齢には見えませんが・・・」
「フッ、私は見た目ほど若くないよ。それよりも君はパーティーを組んでいないようだが、よかったらどうだ。」
シリウスの見た目は二十代中盤から後半と言ったところだが、確かに彼の立ち振る舞いは見た目よりずっと大人びていた。むしろ老獪さすら漂っていた。
「よろしいのですか。クエストを受けるのも初めてで実は戸惑っておりました。あなたのようなベテランと組めるとなると心強いです。」
「交渉成立だな。私も転職したてなので、パーティーを組んだ方が楽になる。私はシリウス。このリングの通りホワイトクラスの賢者だ。」
「僕はレグルス。レグルス・ア・・」
「待て、冒険者が名乗るのはファーストネームまでというのが鉄則だ。呪いの中には名前を用いたものも少なくない。名前を知られたばかりに命を落とした者も私は多く知っている。だから、たとえパーティーメンバーでもフルネームは教えてはならないのだ。そして、昨日の仲間が明日の魔人となりうるということは決して忘れてはならない。」
「すいません。勉強になりました。」
「次からは気を付ければよい。もう立てるかレグルス。」
差し出された手を握り、レグルスは立ち上がった。シリウスが彼をパーティーに誘ったのは勇者だったからだけではない。出身地の話題をだしたとき、可愛がりを受けても腐らない純粋な瞳の奥に、ゆらゆらと燃える炎を見たからだ。決意の炎、戦う者の炎。今どきの若者たちには、なかなか見ることが出来ない強い意志を秘めた彼にシリウスは惹かれたのかもしれない。
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