訓練場に吹く風
別館の裏口から出た目の前に訓練場はある。訓練場といっても本館のように設備が整っているわけでも常駐の医療班がいるわけでもなく、使い古された武具と砂地があるだけだった。サラサラした砂は舗装された地面よりは叩きつけられた時のダメージを若干和らげる程度だ。シリウスが到着する前にも、ひと悶着あったのだろう端の方で一人の冒険者が倒れていた。
「おっ、逃げずに来たな。」
「百を超える魔法を操る一方で、高い体術をも駆使する万能武闘派魔導士とも呼ばれたプラチナクラス、黎明の大魔導士シリウス様。指導部に異動してからもスタイルは変えず新人たちにもそれを押し付けた。後衛ジョブに魔力より先に体力向上を求めるなんて、はっきり言って時代遅れの指導でしたよ。」
「その時代遅れの指導についてこられなかったから、君たちの名前すら私の記憶に残っていないのだよ。」
「転職したてが大きな顔をすんな!俺はオーティア社ブロンズクラス魔法使いペール!」
「同じくブロンズクラス僧侶ハイフ!賢者としてのあなたのキャリアに最初に泥塗る者たちです。もう二度と忘れさせませんよ!!」
シリウスは大きくため息をついてから二人の顔をよく見た。その顔には2対1という数的優位と相手がホワイトクラスという状況からくる余裕が見えた。
「後衛ジョブは常に冷静であれと私の指導ではまず教えるはずなのだがな。そして戦いは向き合う前から始まっている。いついかなる時も油断はしてはならないのだよ。ハッ!」
シリウスが右手を前にかざすと、それに呼応して空気が揺れ、瞬く間に風が訓練場に吹き込んできた。やがて砂地に大きな竜巻が生まれ、砂と小石を捲き上げだ。竜巻はシリウスと彼に相対する二人の間の十数秒間吹き荒れて消えていった。
「ふむ、ホワイトクラスに落ちると魔法のコントロール制度も下がるか。まぁ良い、大体わかった。次で仕上げとしよう。」
「な、なんですか。今の魔法は⁉」
「少なく見積もって風の中位魔法、いやあの効果範囲だと高位魔法かもしれない。そんな魔法を詠唱破棄で使えるホワイトクラスなんて聞いたことないぞ。」
明らかに二人は動揺し、顔を見合わせていた。その姿を見てシリウスは深いため息をついて首を振った。
「教わったはずだろう。転職した者はリングによって力は制限されるが、覚えた魔法や技は忘れないと。当然私の頭には百を超える魔法が刻まれたままだ。」
「じゃ、じゃあヤバイんじゃないのか。」
ハイフとペールの二人は顔を見合わせた。
「う、うろたえないてください。あれ程の魔法をホワイトクラスは何発も打てるほど魔法力は無いはずです。次の一発にあなたの魔法をぶつけて威力を少しでも相殺し、僕の回復魔法で体力を戻して持ちこたえることが出来れば、勝つことが出来ます。」
「戦いの場では悠長に考えている時間なんてないぞ。次の一手というのは、常に行動しながら考えているものだ。」
シリウスの足元には小さな小瓶が転がっていた。その注ぎ口から数滴の液体がこぼれ落ちていることから、つい先ほど飲み干したことがわかる。そして、その小瓶と同じものは何本もシリウスのベルトホルダーにささっていた。
「あれは魔法力を回復させるアイテム、魔力の泉!いつの間に飲んだんだ⁉だとすると奴はあのレベルの魔法を何発も打てることになるぞ!」
戸惑う魔法使いペールはすがるような視線を僧侶ハイフに送った。そのハイフも額に大粒の汗を浮かび上がらせていた。
「し、仕方がありません。こんなところで怪我をするのもバカげています。ここは引きましょう。」
二人はくるりと反転し、シリウスに背を向けて一目散に逃げていった。その背中を見て、シリウスは今日一番のため息をついた。
「私には人を教育する才能が無いということが今一度証明されたな。」
考えても仕方がないので、気持ちを切り替えてクエストを受けることにした。だがその前にそこで伸びている冒険者を起こしてあげようと足を向けた。彼もまた、新人狩りか転職者狩りで迷惑をこうむった仲間に違いないのだから。
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