転職賢者、元教え子になめられる
「さて、転職も済んだことだし会社に向かうとするか。斡旋部に行きクエストを受注しないことには何も始まらないからな。」
冒険会社法が施行されてから、様々な制約が冒険者に課せられた。その一つが「自由冒険禁止の原則」である。自由な冒険を繰り返し力をつけていくと、やがて私利私欲のためにより強大な力を求めるようになる。その行き着く先は悪魔との契約である。冒険者が魔人となり人々の脅威となった手痛い教訓から学び、法律で会社から斡旋されたクエストのみを行うように定められたのである。
アストレア大神殿をから徒歩で数分、シリウスは巨大な城にたどり着いた。この城こそが彼の所属するオーティア社の本社である。その正面玄関には門番が立っており、その横を通り抜けようするシリウスの行く手を遮った。
「本館に入れるのはシルバークラス以上だ。クエストを受けたいんだったら、別館に行け。」
威圧的に話す門番の口調はホワイトクラスを嘲る気持ちが見え隠れした。シリウスはその態度を気にも留めなかった。転職したての人間が侮られるのはごく普通のことだからだ。それよりも長年本館にしか訪れたことが無かったせいで、ブロンズクラス以下用の斡旋窓口が別館にできていることを知らなかった自分がいつの間にか世間に疎くなっていたのか、シリウスと苦笑した。
「これは失礼した、門番たちよ。君たちのような屈強な男がいるから本館は守られているんだな。」
「そうだ、お前のような低クラスの奴らが寄り付かんようにな。なにかあった時にはこの腕でねじ伏せてきてやったのさ。」
「自慢の腕力は迷子や酔っ払いには効果的だったというわけか。モンスターの現れない城下町での門番はさぞ大変だろうな。私には出来そうもない。」
そう言い残すとシリウスは本館を後にした。しばらくして、シリウスの言葉の意味が分かった門番が怒鳴り声を上げたが、門の前からは動くことは出来なかった。
荘厳な造りの本館とは違い、別館は小さく建物も少々傷んでいた。門番はもちろん立っていない。扉を開けると正面に窓口があり、中年の男が座っていた。本館であれば綺麗な女性が座っていたはずだが、こういったところでも差別化されているのだ。自分の立場をわからせようとする会社の徹底した姿勢にシリウスはかえって好意すら覚えた。甘い考えの初心者は早めに見切りを付けさせるのも優しさである。
「おっ、賢者だ珍しい。」
別館に入ったシリウスの姿に若い魔法使いが反応した。賢者を示す紫色の魔法石をリングにつけているホワイトクラスはほとんどいないので、目立ったのかもしれない。
「ホントだ、賢者だ。あれ、その顔はもしかしてシリウス様じゃあないですか?」
若い魔法使いの連れの僧侶が声をかけてきた。
「・・・君は?」
「お忘れですか、僕らが入社したてのころシリウス様にご教授頂いた僧侶と魔法使いです。」
「私は指導部にいたころのルーキーか。すまんな、あまりよく覚えていない。」
シリウスの無関心そうな表情に一瞬顔をゆがめたが、若い僧侶は遠慮なく話を続ける。
「それは残念です。ところで、賢者に転職されたのですね。」
「つい先ほどな。」
その一言を聞いて、若い僧侶は何かひらめいた表情をした。意地悪な笑みが口の端に浮かんでいた。
「もしよろしければ賢者のお手並みを見せていただけませんか。」
「それはいい!ぜひ、俺にも。」
僧侶の後ろで静かにしていた魔法使いも活き活きとした声を発した。こういった手合いは転職直後の者の前によく現れる。以前は逆立ちしても敵わなかった相手が、転職を機に急に力を失ったのをいいことに、勝負を吹っ掛けてくる。要は体のいい憂さ晴らしをしようというのだ。
「わかった、面倒だから二人同時でいいか。」
「なんと!よろしいのですか!」
シリウスは引かない。この場から抜け出すことが賢い行いだ。しかし、それは誇りを汚す行いだ。くちばしの黄色いヒヨッコどもに背を向けるくらいなら、ドラゴンに丸呑みされた方がマシだ。そう考えるのがシリウスという男だ。
「お前ら!ケンカするなら裏の訓練場でやれ!」
窓口の奥から受付の男が声を張り上げた。
「いやですよ、オヤジさん。ケンカじゃなくて稽古ですよ。」
「そうそう稽古稽古。また訓練場借りるよ。」
弾むような足取りで先を行く二人の後を、シリウスはゆっくりと付いていった。
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