大魔導士、賢者に転職する

 アストレア大神殿ではシリウスと大神官の問答が続いていた。

「シリウス様は当然ご存じと思いますが、あえて言わせていただきます。会社法で冒険者は右手にリングを付ける義務が課せられています。リングの色によって社員はランク分けされており、上からプラチナ・ゴールド・シルバー・ブロンズ・ホワイトとなっています。リングには魔法石がはめてあり、それが職業によって色が変わります。」

「そして会社に功績が認められていない者は、リングによってその力を制限される。また、ランクの低い者は高性能の武器や防具を装備することを許されていない。通称ルーキーと呼ばれるホワイトクラスには町人と変わらないレベルの装備しかできない。要は強くなるためには出世しなくてはならない、法の下の平等とは言え厳しい世の中だ。」


「そうです、転職することによってどんなに高いランクにいる人でも、一気にホワイトランクに落ちるのですぞ。今の十分の一程度も力を発揮できなくなるとわかっておいででしょう。」

「プラチナクラスを侮ってもらっては困りますな。ホワイトクラスに落ちれば、いいとこ今の三十分の一ってところでしょう。数々の冒険で手に入れたレアアイテムも宝の持ち腐れだ。見てくれまえ、高レベルの法衣やローブを着て転職時に装備法違反になるのを避けるために簡素すぎる服装にしたものだから、冒険よりもたまの休みに女性のショッピングに付き合わされるのがお似合いの男に見えませんか。」


 シリウスが身に纏うのは防御力の低い布の服にカテゴリーされる装備だ。戦闘に向いているとは決して言えない。清潔なボタンダウンのシャツの下には筋肉質の体が隠れているが、転職すればその腕力も発揮できなくなるのだろう。

「そこまでわかっていらっしゃるなら、なぜ転職しようとするのです。」

「法整備が整い、世の中が平和になるにつれて危険な魔人討伐が無くなり、治安維持を目的とした都市周辺でのモンスター討伐や薬草採取と言った平易なクエストが主流となっているでしょう。魔王という現実から目を逸らして、魔界の手に落ちた土地を禁足地と呼び、近づこうともしない。それで得られる束の間の平和にすがる日々。それはそれで良い。平和には違いないのですから。だが、そのせいで私のような高レベルで高給取りの冒険者に回ってくる仕事が少なくなった。皮肉なものとは思えませんか。」


「シリウス様ほどの方であれば、ダンジョンやモンスターの生態を調べる調査部でも後進を育てる指導部でも希望を出せば転属できるはずです。」

「何度も踏破したダンジョンに入って何が面白いといえるのでしょうか。それに私に指導力がないのは知っている。一時期頼まれて講師のまねごとをしたが、その期間で学んだのは出来る人間というのは出来ない人間のことを理解できないものだということだけですよ。」

「と申されましても・・・」

「プラチナクラスというのは税金も保険料も高い。そこに家賃も加わったら、金はほとんど手元に残らない。クエスト報酬なしでの生活と言うのはわびしいものなのですよ。にも拘わらず、私くらいの高レベルの冒険者ともなると悪魔たちのラブコールも激しくてね。毎晩のように枕元に来られるのもコリゴリなんですよ。悪魔との接触を疑われて会社から魔人候補認定をされるのはごめんです。力が封じられればそれも無くなるでしょう。まったく、私のベッドに来ていいのは美女だけだと決まっているというのに迷惑な奴らだ。それに何より私は根っからの冒険者なんです。命のやり取もがスリルも無いクエストを繰り返すくらいなら、いっそ力を失って一から始めた方が楽しいとは思えませんか。」


 大神官との押し問答に飽き飽きしてきたシリウスは大きくため息をした。もういいだろうとその目が語っていた。

「さぁ、大神官殿。そろそろご自分の仕事をしてもらえないでしょうか。あなたの仕事は迷える子羊に新たな一歩を踏み出させることでしょう。カウンセリングはあなたの領分ではないはずだ。それともアストレアの天秤は私に賢者の資格が無いと判定しましたか。」

「・・・わかりました。覚悟はおありの様ですね。」


 大神官は小さく咳払いをしてアストレアの大天秤に触れた。この天秤は神具を模して人間の手で作られた宝具のひとつだ。宝具とは神具まではいかないものの高い魔力を秘めた道具で、アストレアの大天秤は真実を見極める力を持ち、職業に就くのにふさわしい能力を持つものかを判断することが出来る。

「迷える子羊よ、汝新たな人生を歩むことを望むか。」

「はい。」

「では、進むべき道をここに示せ。」

「私は賢者としての道を進み、エウロペ大陸の民とオーティア社の発展に身を捧げます。」

「女神アストレアよ!この者の望みを聞き入れ新たな人生を祝福を与えたまえ!」


 アストレアの大天秤から光が降り注ぎ、シリウスの身を包んだ。その右手にはめていたリングからはプラチナの輝きは失われ、魔法石は魔導士を示す赤から賢者を示す紫色に変わった。同時に体がズシンと重たくなるような感覚を覚えた。

「ほう、これが転職か。確かにレベルが1に戻ったようだ。だが、生まれ変わったという表現もあながち間違いではないな。清々しさすら感じるな。」

「さあ、新たな一歩を踏み出した者よ!信じる道を進むがよい。」

「ありがとう、大神官殿。世話になりました。カウンセリングはイマイチだったが、決め台詞を言う姿は堂に入っててなかなかのものでしたよ。」

「・・・あえてもう一つだけ余計なことを言わせていただきますと、これからも今まで通りいくと思っていると痛い目を見ますぞ。」

「忠告ありがとう。ですが、領分をはみ出た発言はしない方が良いですよ。評判が下がって神殿への寄付も減る恐れがありますからね。」

「私は忠告しましたよ。」

 シリウスは微笑み、大神官に軽く会釈をしてアストレア大神殿を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る