第2話 冒険の予感

 倉庫は想像を絶する惨憺さんたんたるありさまだった。

 長年人の入っていない倉庫は、かびくさくほこりまみれで、様々な魔法道具がちらかっていて、しかも中に何が入っているのかわからない木の箱がたくさん置かれていた。ちょっと怖い。


 コレットは恐る恐る先生にたずねる。

 「あのー、どれくらい綺麗になったら終了ですか?」

 「後で見に来ますから、それまで掃除しておきなさい」

 「はい……」


 コレットはこうなった際仕方ないと思い、掃除を開始した。

 先生がいなくなったころを見計らって、先生から渡されたほうきとちりとりを投げ捨てると、体内で魔力を起こした。本当は学生のうちは先生の許可なく魔法は使えないのだが、この際仕方ないと言うべきだろう。だって普通に掃除していたらどれほど時間がかかるかわからない。魔力が高まるにつれコレットの髪の毛が、マントが風にれ出した。


 じゅうぶん魔力は起こした。コレットがさけぶ、

 「クリエイト、ウィンドスピア」

 コレットの体内に充満じゅうまんしていた魔力が形となり、突風のかたまりが遠くの方にあった箱に直撃し、ばらばらにくだいた。


 ばらばらに。


 あれ、こんな魔法だっけ? 風でほこりやちりを払おうと思ったのだけど……。

 コレットは本来なら違った用法に使う魔法で不本意ながら破壊はかいしてしまった箱と、飛び散っている魔法用具らしきものを半眼で見やる。


 先生のちゃんと授業を受けろという言葉が脳裏のうりに浮かんだ。だが、今はそんなことを考えても仕方がない。

 とにかくこわしちゃった箱をなんとかしないと。

 そう思って、箱にる。

 近くで見ると、色々なものが飛び散っている。コレットにとって判別できるものだけでも、本だとか杖だとか、光り輝く剣だとか。


 光り輝く剣……?


 なんだか神秘的なそれを、そっとにぎってみる。

 目線の高さまで持ち上げてよくよく観察してみる。

 「うーん、これって聖剣なんじゃないかな。きっと私に見つけてもらうためにここで眠ってたのよ」

 「ただの妄想」


 「ひゃあ」

 びっくりして変な声が出た。

 ふりむくと眠そうな顔をした背の低い女子学生がいた。

 彼女はリーナ。人間族であり、コレットの唯一の友達だった。

 彼女いわく、コレットのことだから、どうせさぼって遊んでると思い、見に来たとのことだった。


 「て、それひどいでしょ。人のことを何だと思っているの」

 「本当のことじゃん」

 リーナが以前よりもとっちらかっている倉庫を見る。

 うう、反論したくてもできないが、苦しまぎれに言う。

 「そもそも高貴なエルフの私は掃除なんてしないの。掃除なんて下々しもじもの者がするものなのよ」

 「いつもそんなこと言ってるから友達できない」

 「うるさいわね! 掃除の邪魔になるからあっち行ってて」

 「私も手伝う」

 リーナが散らかったものをかき集め始めた。


 コレットに対する、リーナのなぜか友好的な態度があるから、高慢こうまんなコレットにも友達が一人だけいるのだ。

 倉庫の掃除はリーナの手伝いもあって、そこそこ綺麗になった。

 だが、そのそこそこ綺麗になるまでには長い道のりがあった。


 コレットが何か物珍しい物を見つけるたびに散らかして、これは隠されし伝説の魔法の道具だなんだとか意味のわからないことを言って目を輝かし、その度にリーナは眉をひそめていた。

 コレットは掃除もせず、ずっとはしゃいでいたのだ。

 まったく掃除をしていないどころか、逆に散らかしていると言ってもいい。

 リーナはそんな友人の夢見がちでダメなところが気に入っていたのだった。


 先生が戻って来た時にはとっくに夜になっていて、先生は倉庫内を一瞥いちべつしたが、特に大したコメントもなくコレットは開放された。

 もう就寝しゅうしんの時間だったので、寝るために寮へ向かって歩いていると、リーナがおもむろに口を開いた。


 「それ、何?」

 「え、それって?」コレットは明らかに声に動揺どうようを隠せずにいる。

 リーナのじっと見つめる先、コレットの黒いマントの内側が光っている。

 コレットは観念して先ほど倉庫で見つけた光り輝く剣を取り出した。


 「くすねてきたんだ」リーナがあきれ顔で言う。

 「いいじゃない。掃除までしたんだし」

 「掃除したのは私だけどね」

 「細かいことはいいの! エルフは細かいことは気にしないの」

 他のエルフに対する風評被害を口走りながら、自分を擁護ようごするコレットだが、リーナは慣れたもので、後でちゃんと謝っておきなよとたしなめておいた。


 その後、リーナと寮で別れて、コレットは自室に入ると先ほどの光る剣をながめた。

 これは何か特別な力があるに違いないわ。

 コレットはうっとりと剣を眺めながら、そう考えた。

 コレットはそっと机の脇に剣を立てかけた。剣は光り輝き、もう寝ようと思って、ろうそくの火を消したコレットの部屋をうっすらと見渡せるほどの明るさを出していた。


 コレットはベッドに横になって夢をふくらませた。

 この剣を握ってドラゴン退治とか、ロマンがあるなあと。

 やがてコレットはうとうととし始めた。

 コレットの想像も途切れ途切れになり、体はもう眠ろうかとしているとき、声が聞こえた。


 「私を冒険に連れていけ」

 それは威厳いげんのある、それでいて透明感を感じさせる不思議な声だった。

 コレットはぼんやりした頭でそれを聞いていた。声は続く。

 「私は悪い魔物を倒すために生まれた。膨大ぼうだいな魔力を秘めた私を使って世界を救うのだ」

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