コレットとリーナの冒険

雨森あさひ

第1話 夢と現実

 「よくぞ、ここまで来たな」

 「出たな邪悪じゃあく狡猾こうかつな魔法使い!」魔法学校の卒業試験で悪人退治を引き受けた見習い魔法使いのコレット。

 目の前にいるのは、立派なひげを生やし、杖をついた老魔術師。

 この男の罪状ざいじょう数多あまたにのぼるが、コレットはそんなこと気にしないので一つも内容を覚えていない。とにかく悪いやつと戦う冒険者にあこがれてこの依頼いらいを引き受けたのだ。


 この男の居場所にたどり着くのは並大抵のことではなかった。

 この男が根城ねじろにしている洋館は様々なトラップが仕掛しかけられていて、ここに来るまでに何度も落とし穴に落ちそうになり、吹いてくる炎でかれそうになり、落ちてくる天井てんじょうにぺしゃんこにされそうになったのだ。


 「あなたの悪事もこれまでよ! この魔法を切りく聖剣で、あなたの髭ごと切り裂いてあげる」

 コレットが手にした剣をかまえる。

 老魔術師のしわがきざまれた顔は無表情で、コレットの威勢いせいのいい言葉も特にいていないようだった。


 「クリエイト、ファイアーストーム」老魔術師が静かに呪文をとなえる。

 すると竜巻状たつまきじょうの炎が老魔術師の前に現れた。炎はぐるぐる回りながら、コレットに向かって飛んでくる。

 その速度は速く、目でとらえるのも難しいほどだ。

 しかし、コレットはとっさに剣を構え、横向きにしてるう。

 すると炎が真ん中で切れてコレットの体をぎりぎりのところで上と下にかすめて行った。


 「ぬう」老魔術師が目を見開きうなる。

 コレットはその一瞬いっしゅんすきをついて、距離をめると、老人が次の魔法を唱え終わる直前に剣を首に突き立てた。

 「ふふふ、私に目をつけられたのが運のきね」

 コレットは満足そうに笑う。広い洋館にこだまするようにコレットの笑い声が響いた。

 しかし、そんなこと現実にあるわけがなく……。


 コレット……。コレット!

 アンナ先生の声に目を覚まして、あわててがばりと体を起こしたところに、飛んできたチョークがひたいに直撃した。

 「あいたたたた」

 教室がどっと笑い声に包まれる。

 どうやら、老魔術師との戦いは夢落ちだったらしい。


 ここは国に一つしかない魔法使い養成のための学校。名前はグリーンフォレスト。森の中にできた学校だからこの名前なのだそうだ。

 しかし、学校を取り囲む木々は秋になれば茶色くなる。だからコレットは学校の名前が実態にそぐわないような気がしていた。


 先生が腕を組んで、ため息をつく。

 「またあなた居眠りしていたでしょう。これで何度目ですか。授業をちゃんと聞かないと立派な魔法使いにはなれませんよ」

 負けじとコレットも反論する、

 「でも、先生。室内で勉強しててもしょうがないです。実践じっせんしなくちゃ。実際に活躍かつやくできるかどうかは酒場で仕事の依頼を受けて初めてわかるって。魔法の勉強、つまり座学をやってても……」


 これには先生もカチンときて

 「いいですかコレット。魔法は体系的に理解しなくてはいけませんし、その場の思いつきで修得出来るものではありません。それにここで学ぶことは、どのような必要があってその魔法が生まれたかです。基本的に魔法は人を助けるために発展してきました。その歴史を学ぶ必要が一人前の魔法使いになるには必要だと先生は思います」

 先生の眼鏡がキラリと光る。

 「罰として今日の放課後、倉庫の掃除を命じます」


 「えー」

 コレットの心底嫌そうな声に、教室でまたどっと笑い声が起きる。

 そう、そうなのだ。コレットが嫌がるのも無理はない。先生の言うこの学校の倉庫とやらは、すごく大きくて長年手入れされていないのだ。それゆえ、汚くほこりっぽい。どんな虫が住んでいるかわからない。それに、コレットが嫌がる理由は、掃除が大変なことだけではない。倉庫の掃除なんてしてたら、コレットお気に入りの黒いマントも白いワイシャツも、輝く金色の髪の毛も、自慢じまんの長耳さえ、みんなほこりまみれになってしまうのだ。


 そんなの嫌だった。

 放課後、何とか掃除をサボれないかとそっと教室を抜け出そうとしたが、だめだった。先生に目をつけられていたコレットはすぐに見つかり、コレットお気に入りのマントをつかまれ、倉庫へ引きずられていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る