20 お粗末なラブレター
ミリ研は学内でもかなり大きなサークルに分類される。故に、教室展示で割り当てられる講義室も、中央校舎の下の階、それも一番大きな場所が与えられていた。
「素晴らしい展示だと思いませんか?」
ミリ研の副代表が気取った口調で両手を広げた。雰囲気作りだろうか、迷彩柄の上下でビシッと決めている。眼鏡の向こうの切れ長の瞳が陽に向けられ、得意げに細められた。
「僕たちのサークルは全国の博物館に太いパイプを持っていますからね。毎年この時期は皆々様のご協力もあって、数多くの資料が集まってくる」
「す、すごいですね……」
「たかたが大学の学祭のために、大袈裟だけどな」
そんな副代表ともともと知り合いだったらしい塩崎が、冷めた視線でガラスケースの展示品を見下ろす。ちなみにこの人も
「外国からの物も多いな。銃弾の通ったメット、塹壕戦で使ったスコップ……このあたりは第一次世界大戦の頃のものか」
「へぇ、これなんか当時のラブレターみたいですよ」
そのあたりの世界史のことはよくわからない陽が、唯一自分でも読み解けそうな資料に目をつける。ボロボロの封筒の上に置かれたボロボロの便箋には、割かしはっきりと文字が残っているように見受けられた。
「If this World War Ⅰ ended《もしこの第一次世界大戦が終わったら》……兵士が故郷の恋人に送ったものですかね」
「イギリス兵が
副代表がフフンと鼻を鳴らす。
「ちなみに、博物館勤めの卒業生に
「なるほど、そうか」
口元に手をあてながら、塩崎が副代表に振り返る。
「真夜中組関連の情報が欲しい。そのあたりのツテなら、ミリ研にいくらでもあるだろう」
「塩崎さん、それはちょっとお願いが唐突過ぎるよ……」
副代表が眉間を寄せ、周囲に視線を走らせた。あまり大きな声でしてほしくない話らしい。人気企画なのだろう、辺りにはそこそこの人数の来場者がいるのだ。
「というか、ライフルのレプリカを強奪していったかと思ったら、次は何なんですか? 僕にもサークル内での立場ってものがあるんです」
「強奪っていうなよ。借りてるだけ」
「だいぶ無理やりでしたよね? 乱暴に扱ってないでしょうね」
「すまん」
「塩崎さん……」
「うちのサークルが今年の学祭で営業停止を食ってる。でも断じてうちのせいじゃない。真相解明のために協力してくれ」
塩崎が副代表に向き直り、急に殊勝な態度を見せながら彼の両肩をつかむ。つかまれた副代表は胡乱げな顔を隠そうともしない。
「それって僕にとって得あるんですか?」
「うちのカレーが食えないだろう」
塩崎が何の
「少なくとも僕は初日に食べましたよ」
「毎度ありがとう! でも初日だけじゃ満足しないだろ」
「また来年食べられたら満足なんでそれは……」
シンプルにいい人だな、という感想が陽の中に浮かんだ瞬間、塩崎が仕方ないとでも言いたげに彼から手を離した。
「わかった。無理言って悪かったよ。お前にも色んな事情があるもんな。暇でもないだろうし」
「わかってくれたら問題ないのですが……」
「ところで一点、気になることがあるんだがな」
塩崎が陽のそばに置いてあるガラスケースをコンコンと軽く叩いた。イギリス兵のラブレターが入っているケースだ。
「If this World War Ⅰ ended《もしこの第一次世界大戦が終わったら》……情熱的なラブレターだな。これが
「え?」
「え!」
副代表と陽が同時に声をあげた。一瞬、周囲の人たちの視線がこちらに集まるのを感じて恥ずかしい。しかし、モノホンなら、とは?
「簡単な話だろ。第一次世界大戦の最中にいる人間が、この大戦が『第一次』であるなんて知ってるはずがない。知ってるのは未来人くらいのもんだろ。よってこの手紙はあまりにもお粗末な
「あ!」
陽は再度声をあげ、今度は口を押さえた。考えてみればそうだ。『第二次』があったから、先の戦争が『第一次』になったのだ。
「な、なんと……」
当の副代表は気づいていなかったのか、唇をわなわなと震わせながら塩崎を見つめている。
「展示品の文面くらい確認しておきゃよかったのになぁ……それで、なんだっけ? 博物館勤めの先輩? に頼んで取り寄せたのがそんなガラクタだったわけだが……他に取り寄せたものもこうなると怪しくなってくるよなぁ。あるいは全国の博物館に太いパイプがあるってのもお粗末なご冗談ってか? 権威あるミリ研の沽券に関わるなぁ副代表!」
「わかった、わかりましたってば!!」
副代表が猛烈な勢いで塩崎の口を塞ぐ。
「太いパイプは嘘じゃない、嘘じゃないんですけど、そんなこと大声で言われるのは困る……真夜中組の件ならなんとか根回ししておきますから、どうかこの件は内密に……!」
塩崎の耳元で、副代表が焦った小声で告げる。
彼の手の上で、塩崎の目元が上機嫌に細められるのがわかった。
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