第1話 その5
とりあえず私たちは二手に分かれて探すことにした。
麗奈は先ほどよりも範囲を広げて聞き込みを続け、私は索敵魔法(範囲も狭いし長く持たないけど無いよりはましだろうと思って)と遠視魔法を使いながら猫そのものを、あるいはせめて手掛かりになりそうなものを探すことにした。
普段から猫を見かけるような心当たりのある場所を巡ってみたり、見つけた別の猫にこっそりついて行ったりと色々と方法は試してみたけど、なかなかうまくいかない。
そもそもどんな手掛かりを見つけたら探している猫に近づく情報になるのだろうか。
わからない。考えようとしていろいろとそれらしき考えは浮かんでは来るが、それが正解だという自信は少しもついてこない。結局私は、誰かが「これが正解だ」と言ってくれなければ前に進めない。そもそもどれが前かすらも、わからない。
自分に自信が無いからだろうか。それとも自分で選んだ道に責任を持ちたくないのだろうか。
それとも、ただ独りになるのを怖がってるだけなのだろうか。
中学三年生にもなると当然、「自分で決めなさい」「自分のやりたいこと」「自分の進みたい道」といった文言を聞かされる機会が多くなってきた。
そんな言葉を聞くたびに私は、つないでいた手を離された子供のように、目を向けてもらえなくなった子供のように、誰にも打ち明けられない寂しさを感じていた。
だめだ。一人きりになるとすぐこんなことばかり考えてしまう。
いや、本当は考えなくちゃいけないんだろう。ちゃんと自分で向き合うべき問題なのだろう。
でも「今は」それどころじゃない、と自分に言い聞かせて捜索に戻る。
その「今は」で先延ばしにしてきたから、今悩んでるはずなのに。
私はずっと、「今」から逃げている。
未来に向かって逃げている。
未来が一番怖いのに。
結局何の手掛かりもないまま、待ち合わせをしていたあの駄菓子屋で麗奈と合流した。麗奈も大した情報は得られなかったみたいだ。そんなことよりまた飴増えてないかい麗奈ちゃん。
そういえば、麗奈はどうなんだろうか。自分一人で正解を決められているのだろうか。
麗奈は優等生だ。少なくともみんなにはそう思われている。もちろん私はそれ以外の部分だって知っているけど、麗奈が私より成績が良くてしっかりしているのは確かだ。最近は受験生向けの本を買ったり、いろんな高校のオープンスクールの日程を調べたりしていた。
やっぱり麗奈は、今後のこともちゃんと考えているのだろう。
麗奈はきっと、一人でも前がどちらかを決められる。
私には踏み出せない一歩を、迷いなく踏み越えていける。私が恐れている世界に、勇敢に立ち向かっていける。
そんな麗奈が眩しくて、怖かった。
私がうじうじしていたら、いつか麗奈にまでおいて行かれてしまう。
そんなの、どんな孤独より耐えられない。
「みっちゃん?」
麗奈が話しかけてきた。
「なに?」
「大丈夫?」
「どうして?」
「うーん、なんか凄く怯えたような顔してたから」
どうして、彼女の声を聞くとこんなにも安心するのだろう。
麗奈が私を見てくれた、それだけのことなのにどうして。
こんなにも、胸が温かくなるのだろう。
さっきまでの不安が消えるわけじゃない。でも肺を握り潰されるような焦りは、ひとまずどこかへ行ってくれたようだ。
一度深呼吸して体の力を抜く。思ったより全身に力が入っていたみたい。
「大丈夫だよ。ちょっと猫が心配になってきて」
きっと麗奈には、何かを誤魔化したことなんて気づかれているだろう。でも、無理には聞いてこない。そんな部分にも、私は甘えてしまっているのだろうか。
「それは…そうだね。でも今日はもう遅いし続きはまた明日にしよう。大丈夫!猫さんたちみんな、きっと無事だよ」
猫が心配なのは本当だった。だからその言葉にも少し励まされた。
時刻は六時を過ぎたあたりだ。小さな島だし行く場所も限られているからお互い門限は特にないけど、遅くなりすぎると流石に心配されるので、結局いつも七時までには帰るようにしている。
六月にもなれば六時でも暗くはならないが、空はもう焼けるような茜色に染まっていた。
空だけではない。町も海も、私たちもきっと、あの空と同じ色をしているのだろう。
「今日は疲れたね。明日も頑張ろう」
「まさか休日が丸々つぶれちゃうとは」
「行方不明の猫さんを探すんだよ。超素敵な休日じゃない?小説みたい」
「まあそれもそうだね。それじゃあ明日も…」
その時、猫の鳴き声が茜の空に響いた。
昼間、魚屋のおばちゃんに教えてもらった鳴き声と、同じ声だった。
麗奈と目を合わせ、無言でうなずいた。
今日はきっと二人とも、帰りが少し遅くなるだろう。
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