第1話 その3

 猫を探すことになった私たちは部室で作戦会議をしていた。

 どちらかの家でもできることだけど、なにせお互いの家にはエアコンが無い。なんということでしょう。

 だから私たちは部活動の時に限らず、休日にはこの部室でほぼ一日中快適に過ごすことが多かった。二人で延々ととりとめのない話をしたり、宿題をしたり、ゲームをしたり、各々で黙々と読書をしたり、もちろん魔法の研究なんかもしたり。お互い全く違うことをして過ごすことも少なくなかった。

 こうして部室で二人で過ごす時間はとても幸せで、いつだって私の中の何かを満たしてくれて、同時に石化させていった。


「猫探しってまず何すればいいんだろう」

「えさ場を見張るとか?」

「そのえさ場に来なくなっちゃったから探すんだよね?」

 またも麗奈に的確なツッコミをされた。もちろん冗談だった。いや、ほんとだから。忘れてたとかじゃないから。

「やっぱり探偵と言ったら情報集めだよね」

 それらしいことを言って誤魔化した。絶対誤魔化せてない。

 麗奈は一瞬その綺麗な顔にいたずらな笑みを浮かべた後、私にもギリギリ聞こえる声で「まあいっか」と呟いた。ちくしょー。

「情報集めかぁ、聞き込みでもしてみる?」

「おお、なんか探偵っぽい。興奮してきたな」

 麗奈が小声で「ういん」といった気がしたけど、このまま続けてしまうとまたいつものように二人で「お笑い芸人のコント完コピトーク」を始めることになってしまう(仕掛けたのは私だけど)。別にそれでもよかったけど、今は珍しく部活動らしい部活動ができているのでここは我慢する。話を戻そうとすると、麗奈が先に口を開いた。まだ少しにやけている。

「それか近所の猫さんに視覚共有魔法使ってみる?」

 視覚共有魔法は他の動物が見ているものを、VRのように自分も体験できる魔法だ。幼い頃二人でよくそれを鳥や猫に使って遊んでいたが、野生の動物の視点は、虫を食べたり生ごみを漁ったりとなかなかにショッキングな映像が多く、ある程度遊んだ後すぐに私たちのブームは幕を閉じた。

 昔ならおそらく人間にも使うことができただろうけど、それはしてはいけないと言われていたので一度もやったことは無い。当たり前だ。プライバシーをゴリゴリに侵害する行為だ。

「うーん、でももう今はそれも長続きしないよね。魔法使用中に運よく猫と出会う可能性も低そうだし、見つけたとしてもそこがどこかわからないかもしれない」

 索敵魔法が使えない以上、こちらに送られてくる猫の視点の映像だけで場所を見極めなければならない。

 そして猫の生活圏にはもちろん私たちの知らない場所があるだろう。この島で生まれ育った私たちですら行ったことのないような場所が。

「確かにそうだね。猫さん同士が出会ってくれた後も、都合よく相手の猫さんについて行ってくれるのかもわからないし」

 視覚共有魔法はあくまで猫の視点を一方的に体感するだけなので、猫の行動まで決めることはできない。何より、いきものの動きを自由に操作するのはなんだか気が乗らない。

「うん。じゃあやっぱり聞き込みだね」

「というか、まずは魚屋のおばちゃんの所に詳しい話を訊きに行ってみる?」

「それがいいね。それじゃあ、探偵団しゅっぱつ!」

 麗奈は楽しそうにそう言いながらその場で飛び跳ねる。彼女の黒くて綺麗な長髪と、天使の羽のように白いワンピースがふわりとなびく。これから外に出るから、きっとあの麦わら帽子もかぶることになるだろう。まるで夏を題した絵画の中から出てきたような格好だ。

 そして麗奈は、そんな格好がこの世の誰よりも似合う女の子だ。

 もちろん私が誰よりも贔屓目に見てるのもあるけど。

 そんな天使が私の目の前で振り返って微笑んだ。

 私は見惚れていることを悟られないように尋ねた。

「楽しそうだね」

「楽しいよ。みっちゃんは楽しくないの?」

「もちろん楽しい。探偵ごっこなんて憧れだったもの」

「それもあるけど…」

 少し間があった気がした。

「またこうして二人きりの思い出が増えるのって、なんだか嬉しいなって」

 麗奈は最近、こういうことを言う。

 思わせぶり、というのだろうか。言葉で伝わる意味以上の何かを伝えようとしている、そんな気がした。手を差し伸べて、私がその手を取るのを待っている。手を取る覚悟ができるのを待っている。

 そのことはきっと、私にとっても好意的なことのはずだった。むしろ私の方だって、それを望んでいるかもしれないことだった。

 でも、私はまた、変化を恐れていた。

 これを言葉にしたら。名前を付けたら。理解したら。その手を取ったら。

 きっと私たちの中で、何かが大きく変わってしまう。今までの私たちではいられなくなってしまう。

 それがとても怖かった。

 だから私は、麗奈が差し伸べてくれた手を、ただの握手かのように何食わぬ顔で軽く握る。麗奈が仕掛けた何かを、まるで気が付かなかったふりをして跨ぐ。

「そうだね」

 本当に子どもだ。救いようのない臆病者だ。そんな自分が嫌になる。

 でもその原因は結局、自分のことを甘やかしているからだ。

 自分を嫌う権利すら、私は持っていないのかもしれない。

「それじゃあ行こうか」

 麗奈は今どんな顔をしているんだろう。

「…うん」

 どんな顔をしていたとしても。

 私はまた、きっとひどいことをした。

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