第7話 襲撃 2

 三大派閥のひとつ、ツィーネ派には他の二派と明らかに違う特徴がひとつある。来る者を拒まないという点である。


 フィリア派やオルフ派は基本的に精鋭を揃え、派閥の人数が無闇に膨れ上がることを嫌う傾向にあるが、ツィーネ派は違う。リーダーのツィーネに付き従おうという意思さえあれば、誰でも加入することが可能だ。


 当然、所属する生徒の質は玉石混合……というより明確に石が多いが、ツィーネ自身はそれを問題と考えていない。


 その理由のひとつは、まずツィーネ本人が当代の学内最強と言われるほどの戦闘力を有していることだ。魔法戦、肉弾戦を問わないその力は、現会長のフィリアや話題の天才児・メリアと比較しても上回ると噂されるほど。いかなる奇襲や謀略を用いても、武力で彼女を屈服させることはできない。


 もうひとつの理由は、この派閥の至極単純な運営方針にある。ツィーネ派は学内きっての武闘派である。


 他の派閥は、暴力をある程度最後の手段と位置付けている。いくら学院において「課外活動」による勢力争いが合法化されているといっても、理由なくやたらに暴れていては生徒たちからの支持を失う。それは「女王」やその側近を目指す女生徒の姿として好ましくない。


 が、ツィーネはそのようなことを些事として気にしない。


「ここは魔法学校。武力を是とする学び舎だろう? シンプルだ。強者こそ正義。ならば私達は、ただ強くあればいい」


 背筋を伸ばして凛と立ち、鋭い眼光で周囲を威圧しながら彼女は言い切る。


 戦いにおける数の重要性を彼女は重要視している。路傍の石であっても、かき集めてぶつければ戦力として十分であると知っている。武力を是とするならば、当然人数は必要になる。


 ツィーネ派は実力を問わず生徒を集めては、他の派閥の有力な人材を相手に奇襲を繰り返している。戦果を上げた者がいれば、派閥内での地位を与える。乱暴な派閥運営であるが、わかりやすいゆえに内部からの不満は殆どない。


 勿論そんなことをしていれば、相手から報復される危険は常につきまとう。「チンピラ」「下品なテロリスト」と揶揄されることもある。だがツィーネはそれでいいと考えている。

 いかなる武力抗争も受けて立ち、相手を叩きのめす。それがこの学院の生徒として求められる姿だと信じている。だから奇襲行為をやめるつもりはない。


 今日この日もそうだった。一年生でも最有力と目される二人を相手に、二班に分けた部隊を組織して襲撃を決行させた。今は既に出発した部隊からの結果報告を待っているところだ。


「しかし――本日の部隊編成、あれで良かったのでしょうか」


 ふと。下級生の一人が疑問を口にした。


「何かおかしいか?」

「ええ。『ゴーレム』のところに向かわせた班より、あの二番目の子……何という名でしたか……とにかく、そちらに向かわせた班のほうが戦力は上です」

「まあ、そうだね」

「あれでは十中八九『ゴーレム』は取り逃がします。逆に、二番目のほうに対しては過剰戦力です。アンバランスでは?」

「いや、そこは私なりの優先順位がある」


 ツィーネはショートカットに切られた髪の耳まわりをかき上げつつ、目を細めて側近を見た。


「真に始末すべきは『既に他人のものになっている』ほうさ」

「……なるほど」

「ゴーレムのほうは、力を測りたかっただけだ。だから、ぶつける戦力も調整した。面白そうなら、次は私が出る」

「承知いたしました」


 ◆


 教室を出て、所属派閥の本拠地である生徒会室に向かう予定だったエリィだが、ふと思い立ち、あえて生徒会室のある第一新校舎を出た。


 下校して寮に向かう生徒たちで人通りの多い構内をあえて選んで通り、そのまま第一実技グラウンドへ向かう。いつも授業で、メリアと戦っている場所である。だだっ広くて見晴らしがよい白砂の校庭だ。


 グラウンドの中央に向けて少し進んだところで、エリィはくるりと背後を振り返った。周囲を観察する。数人の生徒が近辺をうろついているようだ。多すぎると思った。放課後にグラウンドに用がある人間など、日頃そうそういるはずがない。


 エリィはハァー、と大きく息を吐き、人差し指を上向きに二、三度折り曲げた。


 ――明確な挑発である。

 己をここまで尾行している相手への。


「もういいでしょ? 用があるならさっさと来なさいよ。ここなら思いっきりやれるし、邪魔も入らないわ」


 エリィがグラウンドを選んで移動した理由は明確だった。開けた場所であれば敵は隠れることができず、奇襲の計画は失敗する。それだけで明確な不利をひとつ除くことができる。


 が、本命の理由はそちらではなかった。彼女がここを選んだ理由とは。

 敵対者を、正面から徹底的に叩きのめすためである。


「見えないとこからの奇襲じゃないと、怖くてかかって来れないかしら。そんな腰抜けが相手なら、わざわざこんなトコまで来なくてもよかったかも――」


 挑発を続けたエリィの言葉が、そこで途切れる。グラウンドの白砂が突如として舞い上がり、集まり、拳大の球体となってエリィの顔面めがけて飛来した。


 しかしエリィは避けるそぶりすら見せない。彼女の足元から発生した炎の鞭が、砂の球体を思い切り叩く。球体は軌道をずらされて落下した。

 エリィの炎の鞭は、ただ鞭の形をした炎そのものではない。魔力を凝縮して作った炎の紐を何重にも編み上げており、強度も十分にある。


「……それでいいのよ」


 エリィは得意げにふふんと鼻を鳴らした。

 同時に、十二本の「鞭」が地面から次々に生え、中空をうごめいた。


「どんどんきなさい」

「……調子に乗るな!」


 ようやく、敵からの返事。それが合図だった。

 グラウンド周辺をうろついていた四人の生徒が、いっせいにこちらを向いた。


 エリィは走りだした。複数人を相手にするのだ、止まったまま的になるのは良くない。そのまま、先ほど声を出した一人に接近する。


 咄嗟に、その一人は両手を合わせた。準備していた魔法が発動する。再びグラウンドの白砂が舞い上がり、凝縮され、今度はうず高い壁の形を成した。自身は防御に回り、残りの三人に攻撃を任せるつもりか。

 だが、エリィを相手にそれは悪手であった。すぐさま、壁を迂回してきた二本の鞭が砂使いの背中を強烈に打ち据えた。


「うっ……!?」

「はい、まず一人」


 エリィはすぐに背後を振り返る。敵が数の利を活かすのなら、この隙に背後から攻撃されていなくてはおかしい。身を低くして地面に小爆発を起こし、爆風によってその場を跳び離れる。


 案の定、直後、彼女のいた場所に小規模の竜巻が発生した。さらに渦を巻いた水流が、まだ着地体勢から立ち上がっていないエリィへと迫っていた。水流の先端は尖った円錐の形を成しており、炎を防ぎつつ相手を串刺しにしようという意図が見て取れる。


「砂に強風、水……炎対策としては定石だけど、安直よね」


 エリィが人差し指を上向きに動かす。炎の鞭が同じく渦を巻いて水流にとりつき、蒸発させて敵の攻撃をかき消した。水蒸気が立ち上り、エリィの小柄な体躯を覆い隠す。


 エリィは魔法の「性質変化」については突出した実力を持たない。それは彼女の魔法が「炎」関係に一本化されている事からも明らかである。


 魔力をいかにして「魔法」とするかは術者の性格や精神状態に大きく左右されるが、エリィの場合は、己の魔力を炎として出力するのが最も楽で、幼い頃から扱う事が出来た。炎とそれ以外ではコストパフォーマンスも全く違う。ただそれはつまり、魔力の変化先が炎でさえあれば、少ない魔力でも高度な魔法が使えるという事でもあった。


 そして一方で、魔力の「形状変化」については彼女は突出した実力を有していた。

 ただ炎を吹きかけるだけの魔法など、戦場では殆ど役には立たない。だからエリィは炎を圧縮して紐状にし、螺旋を描き、多層に編み上げ、鞭の形をとらせた。


 この鞭は速度も軌道も自由自在。高温かつ強靭。水を蒸発させ、鉄を両断する。単に火をかき消す方法というのは数多あれど、彼女のこの魔法を防ぐ方法というのはかなり限られる。


 そうした形状変化の職人的な技量を以って、エリィは一年生不動の第二位と位置付けられている。この学院でいえば、一年生や二年生で教わる範囲の技術ではとても敵うものではない。単純に魔法のぶつけ合いだけをしたとしても、三年生や四年生の優秀な生徒でやっと勝負になるレベルだろう。


「……死にたくなかったら、ちゃんと防御するのよ!」


 忠告しつつ、五本の炎を水使いへと差し向ける。速度と軌道をバラして着弾させる乱打攻撃。水蒸気の中から唐突に飛び出したそれらの攻撃を避けられるはずもなく、水使いは全身を叩かれた。生身で受ければ一本一本が致命傷となる温度だが、水の魔力で相殺すれば、ここから逃げ帰るくらいはできるだろう。


 同時、再びその場に竜巻が発生し、水蒸気をすべて吹き飛ばした。視界が晴れる。「砂」と「水」は行動不能にした。「風」がまだいる。残りの一人は何だ? エリィは周囲に視線を走らせる。視界の端に、こちらへ接近する白刃が見えた。


 ――やはり「鉄」!


 敵の手にした刀剣が伸び、エリィの喉元を狙っていた。その刃先を、炎の鞭で払う。ギィン、と硬質な音が響いた。剣が溶けなかっただけでも評価するべきだろう。この金属は魔力で生成された、鉄のようで鉄でない何かだ。


 敵の刃は一旦戻り、再度伸ばされて今度はエリィの太腿を狙った。遠距離から削る心積もりのようだ。エリィを相手に接近しない、その方針は正しい。だが足りない。


「魔力比べ……してみる?」


 炎の鞭のうち三本が絡まりあい、一本にまとまって巨大な炎の蛇と化した。蛇は敵の刀身の腹に噛みつき、食らい、溶かし、そしてついには折ってしまった。キン、と音をたてて刃先が地に落ちる。


「な……バカな……っ」

「努力賞ならあげるわ」


 刃を食らった蛇を、最高速度で撃ち出す。炎のレーザービームが敵に迫り、突如として中空に三枚出現した鉄の盾を貫通して鉄使いの身体を焼いた。


「あああ……っ」

「烏合ね」


 三人を片づけたエリィは残る一人に視線を向けようとした。命乞いをするなら情報と引き換えに助けてやってもいい、という考えもよぎり始めていた。理想的には、捕らえてフィリア派に連れ帰るのがいいだろう。この炎の鞭は生け捕りには向かないが、意図的に温度を下げれば――。


 という一連の考えは、無から発生した暴風によって遮られた。


 四人の敵のうち、一番遠くにいたはずの風使いがいつのまに接近していた。風魔法の使い手なら当然、機動力も他とは違ってくる、という事をエリィは意識しておくべきだった。危機を察知したエリィは、急ぎその場を逃れようとした。


 だが遅かった。足元から発生した竜巻が、彼女の身体の自由を奪った。右へ左へ重心をずらされ、四肢は風圧に押さえられ、エリィは小さな身体をその場に留まらされた。接近した敵の制服の色が目に入った。五年生のものだった。


 エリィは炎の鞭を引き戻して防御しようとした。間に合わなかった。敵の接近を意識した時にはもう、風使いの拳がエリィの細い胴体へとめり込んでいた。

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