第6話 襲撃

「……ねえ、エリィ」

「えっ!?」


 その日の授業を終えてすぐ、突然メリアが話しかけてきたのでエリィは腰を抜かしかけた。メリアの側から話しかけてくるというのは極めて稀なケースである上に、この天才児は日頃から気配というものがないので、突然声を出されると必要以上に驚いてしまう。


 だがこの日に関しては、真に驚くのはこの後であった。


「わたしは……」

「……な、何よ」

「エリィのことが好き?」

「は???」


 質問の意味がわからず、エリィはものすごいしかめっ面でメリアを睨みつけた。表情だけでティツィーリア女学院の生徒失格の烙印を押されかねない、生理的不快感を顔面に張り付けたような恐るべき顔であった。


「な……何言ってんの? ワケわかんないし、それ、こっちに聞くこと?」

「そっか。あれ。そう……だよね」


 メリアはメリアで、己の質問の意味を理解しているのかいないのか、いつもの無表情のまま首をかしげた。

 だがこれは彼女なりに必死に自分の感情を整理した末に出力された、切実な問いでもあった。


 以来、胸のざわつきは消えていなかった。


 校舎裏で泣きじゃくり、知らない先輩に抱きしめられるエリィを見てから、メリアの中には正体不明の感情が渦巻いていた。その感情が何という名なのか、彼女なりに一生懸命考えても上手く表現できないままだ。


 ひとつ間違いなくいえることは、今日のメリアは、何がなんでもエリィに話しかけたかった。彼女と会話がしたかった。その気持ちだけは本当だった。


「あ、の、エリィ」

「……だから、何よ」

「エリィは、この後、時間が……空いてる?」

「は?」

「……あれっ」


 またしても鬼のような顔になったエリィを目の前に、メリアは自分で自分に対して、首をかしげた。今のは意図した発言ではなかった。

 理屈ではなく、ただただ感情が言葉として口から出てしまった感じだった。


「空いてないけど。あたし、生徒会の手伝いとか始めて忙しいし……」

「そ……うなんだ」

「いや、まあ、時間が空いてたとして、あんたと過ごすのは断るけどね」

「ええっ」


 メリアの口から思わず残念そうな声が出る。それを聞いたエリィはますます眉をひそめた。


「いや、あんた、何するつもりか知んないけど。あたしとデートでもできると思ったわけ? あんたのどこに、あたしから好かれる要素があんのよ」

「えーと……」

「あのね。空き時間があったら、あたしは、あんたをブッ殺す算段立てるのに使うわよ! 勉強して、特訓して、策を練って!」

「それは、そっか」

「そーよ。だから、何だか知らないけど諦めなさい。話は終わり?」

「あ、うーん」

「ハイ時間切れ!」


 エリィはバン、と机を叩いて立ち上がった。


「じゃ、また明日ね」

「う、うん」


 そうしてエリィはメリアの中で何らかの答えが出るより先に、大股で教室を出て行ってしまった。

 結局メリアは胸の内のモヤモヤを抱えたまま、自分も教室を出るしかなかった。


 ◆


 わたしにとって、エリィとは……なんなのだろう。

 寮に戻る気にもなれず、校舎の外をあてどなく歩きながら、メリアはそんなことを考えていた。


 自分にとってのエリィを表す言葉は、存在しないように思える。

 友人、などと言ったらエリィに殴られそうだ。実際、日常的に会話もほとんどしないし、そんな関係を友達とは呼ばないだろう。


 かといってライバル、というのも違う気がする。別にメリアはエリィと競いたいとか、彼女を倒したいとか思っているわけではない。


 メリアはエリィと関わる時に、どちらかというと快の感情を得ている気がするが、エリィからメリアへの感情はおそらく真逆である。

 どうにも一方通行な関係だった。およそ双方向的な関係ではない。


 しかし、だからといって、まさか片想い……だったりするのだろうか?

 メリアには恋愛の経験はなかったが、噂に伝え聞く恋愛感情というものと、今の胸の内が同じであるとは考えにくいし――


 メリアの思考はいったん、そこで打ち切られた。彼女の頭部の右斜め後方から、風をきって小さな氷塊が飛来する。

 メリアは氷塊が自らの後頭部に激突する一瞬前に、己の魔力を変化させた光の粒子によってその氷を存在ごと消し去った。


「……誰?」


 彼女は振り向いて問うが、当然のごとく答える者はない。

 かわりに、少女の頭上から降り注ぐ刃の雨が、返事となった。


 氷塊による狙撃と同時に、周囲の校舎の二階からいっせいに飛び降りた軍勢が、短刀を構えてメリアに襲いかかった。いずれも揃いの制服姿――その数、四人。


「――死になさい」


 敵の言葉はそれだけだった。メリアは不満そうな表情を作り、首を大きく傾けた。これで一人目の短刀をかわしている。

 それと同時に二人目の手首を強打し、短刀を落とさせる。


 続けて思い切り身を沈めて足払いし、三人目は足を刈る。

 転んだ三人目の少女の頭部は、ちょうど四人目の短刀の軌道に重なる。

 四人目は躊躇して刃を止めた。ここまでで既に奇襲は失敗している。


「……もう一度、聞くよ。誰?」


 メリアは再度問うた。だが敵は答えなかった。

 体勢を立て直した一人目が再び短刀を振りかぶる。同時、他の三人の短刀が宙を舞った。

 短刀は各人の装備品と思わせてから、魔法による操作で裏をかく。敵も策を用意している。計四本の刃がまた襲い来る。


 が、メリアにとってはまったく問題にならない。


 いつの間にか、光の粒子があたり一面に展開を終えていた。メリアが小さな手をぐっと握る。

 それが合図だった。光の粒子は針へと姿を変え、女生徒たちの四肢に容赦なく突き刺さった。


「きゃっ……!」

「ぐうっ」

「あッ」


 襲撃者たちが膝をつく。宙を舞っていた四本の短刀も、力を失ったかのように地面に落ちた。

 さらに一つだけ離れた箇所、隣の校舎の屋上からも悲鳴があがる。氷塊を放った狙撃手だろう。


 メリアは生来の、人形のような感情のない瞳で哀れな少女たちを見渡した。


「そろそろ教えてね。誰?」

「…………っ」


 敵は答えない。制服のラインの色から察するに、地上にいるのは一年生が二人、二年生が二人。狙撃手も二年生かもしれない。

 いずれにせよ、女学院始まって以来と言われる天才児を止めるには数も力も足りなかった。


 ぽたり。ぽたり。

 年端もいかぬ少女たちの汗と血が、神聖な学び舎の地面に染みを作る。


 最後の意地だ、とばかりに歯を食いしばって黙る襲撃者たちを見下ろし、メリアはぽつりとつぶやいた。


「――『課外活動』なら、殺してもいいんだっけ」


 その言葉が止めとなった。

 地に伏した一年生たちが肩を震わせる。

 リーダー格とおぼしき二年生が、両手を上げて投降した。


「……待って。待ってください。降参します」


 メリアは感情のない瞳をそちらに向ける。


「もう同じ質問はしない。答えて」

「……ツィーネ様の命で動いている、……者です」


 いよいよ襲撃者は観念した。この場で嘘をつく余裕は彼女らにはなかった。


 メリアは顎に手を当てた。ツィーネ派。学院の三大派閥のひとつだ。派閥闘争に疎いメリアでも、そのくらいは聞き及んでいる。

 それが自分を襲う理由も、まあ考えればわかる。


 メリアは、入学してほどない頃にオルフ派とツィーネ派からの勧誘を断ったことがある。「手に入らない力ならば、他に拾われる前に消してしまおう」と彼女らが考えたとしても不思議ではない。


 ――と。そこまで考えた時点で、メリアはある可能性に思い至った。

 彼女は再びリーダー格に問うた。


「……他にこういう、人を襲う計画はある?」

「……っ」

「答えないならあなたは終わり。他の人に聞く」

「……!! ……あ、あります」

「今日、動いている?」

「は……い」

「やっぱり」


 メリアは顔を上げた。もはや襲撃者たちに対する興味は失せていた。

 それよりも差し迫った問題があった。

 彼女らの目的が「手に入らない優秀な生徒の排除」だとしたら、同時に狙われていなくてはおかしい人間がいる。


 メリアは地を蹴った。探さなくてはならない。別の襲撃地点を。

 彼女は思わず口に出した。


「エリィ……危ない……!」

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